少女機甲戦記プリンセス・ブライド

甘味亭太丸

第1話 プリンセス小隊、前へ

「あーあ。運命の王子様ってどこに行けば出会えるのかしら」


 綺透姫子はまた無意識に口癖を呟いていた。

 鋼鉄のコクピットと称するにふさわしい灰色の空間、唯一の光源であるメインモニターに照らし出された少女の白髪が無重力にふわりと浮かぶ。


 ぱちくりと大きな瞳は活発さを連想させるが、強調の激しい胸元はパイロットスーツのせいで、ぴっちり気味でキツイ。

 しかも息苦しいのが嫌だ。でも緩めると、色々と跳ねて痛い。

 それを仲間に相談するとものすごい形相で怒られる。

 なんでだろう?


「王子様ー!」


 それはそれとして、姫子の切なる叫び声がコクピットに木霊する。

 しかし宇宙空間である外には響かない。

 それでも、叫びたいのだ。私は王子様と出会いたいと。

 だって、それは女の子の夢だ。誰だって一度はそう思うはずだ。きっとそのはずだ。


「運命の王子様はどこにいるのー!」


 コクピット内部と同じ灰色の可愛げのない装甲を持った自分の機体の中で、少女はもう一度叫んだ。

 名前も可愛くない。


『うるさい、《グレイアッシュ》』


 こんな名前なのだ。

 グレイにアッシュだ。何だそれ、灰色に灰色をかけても灰色じゃないか。女の子が乗る機体にそんな薄暗い名前つけるなんて信じられない。他の子たちはかっこよかったり、なんか可愛い名前なのに、私だけ灰色だなんて、酷い。


 しかも見た目も酷いのだ。人の形をしているのは良い。西暦二二〇八年、人類の剣たるマシーンは基本的に人型を取っていた。自分としてはなんでそんなことになったのかはよくわからない。軍事評論家たちは武器が持てて、人と同じ行動が出来て、なおかつ機械の特性を持ってるからとか言ってた気がする。そういうものなんだろう。


 姫子的には軍事兵器がどんな形をしていようとも構わない。例え球体だろうが、うさぎさんの人形みたいな形だろうが、どうでもいいことなのだ。

 でも、全長三十メートル、両肩から肘、指、爪先に至るまで妙に刺々しく、鎧武者のような頭部、その内側には煌々と光る赤いデュアルアイ、そして全身を覆う堅牢な装甲である《グレイアッシュ》は、やっぱり可愛くない。自分のような美少女が乗るにはふさわしくないのだ。


『今は作戦行動中でしょ。ほら、戦線合流まで一分よ』


 だというのに小隊長様はずいぶんと頭が固い。

 さらさらと流れる青いセミロングにややツリ目気味な瞳、十六の自分とは一個しか違わない癖にキリッとしてて、大人ぶっている。

 でも胸だけは勝ってる。セラはスレンダーだ。悩ましくびれは部隊の憧れ、ファンも多い。


(おかしい。私の方がないすばでーなのに)


 最近は小さい方が有利なのだろうか。

 さておき、セラは自分の機体だけちゃっかりエンブレムのマーキングをしている。ハート型に飛び散った水飛沫、何ともお洒落だ。彼女は、それを付けることを許されてるぐらいにはエリートだ。


 さらに言えば機体の色は水色で何とも涼しそう。機体の見た目もすらりと細身で、優雅な印象だ。しかも大きさも半分の十五メートル。

 流線形の機体はあらゆる抵抗を軽減する為のものらしい。機体各所に装備されたスタビライザーの放つ光が薄いベールが揺らめいているようにも見える。特徴的なのは尾てい骨部分に装備された大型のテールスタビライザーだ。単純な加速もそうだが、フレキシブルに稼働することで、空間を自在に、それこそ泳ぐように移動できる。


 ちなみに、小隊長が実は乙女趣味。部隊のみんなが知ってることだ。エンブレムがハートな時点でバレバレ。


「むぅ、セラだって本当は王子様との出会いを期待してるくせにー」


 べぇーと、通信モニター越しに舌を出す。


「こっそりスタークイーンレーベルの小説買ってるの見たんだからねぇ!」


 スタークイーン。恋愛小説の最高峰のレーベル。とにかく恋するお話が読みたいなら迷わず選べと言われるぐらいには有名。

 姫子は「読んだことないけど」と内心呟く。


『うるさい!』


 小隊長であるセラの怒鳴り声。


『読書は趣味だ! ほら、そうこう言ってる内に、来るわよ! 《テスタロッサ》、電磁シールドを展開しつつ前へ、《シュネーヴィット》は浮遊砲台を展開、いつでも狙撃できるようにして。前衛は私の《ブルーラグーン》と《グレイアッシュ》が担当する。いつものコンビネーションだ』


 怒っていても指示はしっかりと出す。流石は部隊で唯一士官学校の出だ。しかも飛び級。

 セラの指示で四つの機影が巡るましく動き、陣形を構築する。


『はいはーい、こちら《シュネーヴィット》のアルカだけどぉ』


 いかにも軽そうな声が通信に流れてくる。

 通信モニターにウィンドゥが追加される。そこにいるのは長い金髪ツインテールでまとめた女の子、アルカだった。髪の先端部分は少しだけカールが入っているのがキュートだ。胸はつつましいけど、いつも笑顔を絶やさない姿は愛らしさという点では一番かもしれない。やはり、胸が小さい方が有利か。


『フェアリーテイルを確認したよー』


 しかも目が良い。

 それはアルカ自身の自慢でもあるし、彼女の駆る機体の特性でもあった。長距離支援用の機体ゆえにセンサー及びレーダー性能が高い。本来ならこの機体が部隊の指揮官機となるはずなのだけど、当のアルカにそんな難しいことができるわけがなかった。


 そしてアルカの発見した『フェアリーテイル』。妖精の尻尾、もしくは妖精の話……スペルはさておき、ダブルミーニングな単語。それこそが、敵を示す言葉だった。


 アルカの機体、《シュネーヴィット》から送られてくる映像には暗闇の宇宙空間を漂う白い筋が無数に見えた。

 その数は果てしない。おびただしい量と言ってもいい。白色が黒色を塗りつぶすような勢いだ。


『でもおっかしなぁ……数が報告より多いよー? ま、いっか。取り敢えず、撃つねー』


 誰も止めるものはいない。これもいつものコンビネーションだ。

 《グレイアッシュ》と同じく三十メートル級の巨体を誇る白銀の《シュネーヴィット》のロングスカート型の脚部装甲から七つの浮遊独立砲台が展開する。実弾・光学弾に対応した優れものだ。小さい癖に威力もあるし、手数が多いのは純粋に強いものだ。


 同時に《シュネーヴィット》の肩部に装備された多連装のミサイルポッド、背部に装備された二門の砲台が稼働する。

 ウェポンラックでもあるロングスカートから二丁のライフルを取り出し、銃撃準備完了。


 メンバーへと通信をつなげる前から既に狙撃態勢に入っていたのだろう。展開された浮遊独立砲台は即座に長距離ビームを斉射する。七つの白刃が宇宙の暗闇を切り裂くようにして伸びていく。数秒後、バッバッと遥か前方で光芒が確認できる。


「相変わらず百発百中だね」

『とーぜんよ。美少女スナイパーここにありってね』


 姫子の言葉にアルカはフフンと得意げに笑う。

 それと同時に、赤黒い光の奔流がこちらへと殺到する。敵の反撃、むこうも律儀に高出力の長距離ビームで返してきたのだ。

 だけど慌てる必要はない。


『電磁シールド、展開率八九%。問題ありません、防げます』


 敵のビームはこちらの堅牢な盾によって防がれる。


『うぅん、いつ見てもお堅いけど、レイナっち、大丈夫? 怖くない?』


 霧散していく敵性ビームを横目に、アルカは盾となる機体へと通信。その声には純粋な心配が含まれていた。


『平気。この子の守りは万全だから。それより、数を減らして』


 返答してきた声は小さかった。でも、それは恐怖に打ち震えたわけではない。そういう性格なのだ。

 そして、今もなお敵性ビームを弾くのは、真っ赤な頭部に、巨大なビーム砲台を右腕に、左腕にはクローアームを装備した機体。その頭部に設置された電磁シールドによる防御性能はぴか一だ。


 部隊の中では一番巨大な機体テスタロッサ。その大きさは八十メートル。展開する電磁シールドは全長百メートルにまで広げることが可能だ。

 しかし巨体はいわゆる換装兵装でしかない。《テスタロッサ》の本体は十メートルしかない小柄な機体。上半身を真っ赤に染め、下半身は真っ白な機体だ。それを変形させることで、頭部となり、最大の機体となる。


『撤退する友軍艦隊を捉えました。本機はこれより直掩に入ります。皆さんはどうか落とされないでください』


 だが、その巨体を操る少女は部隊の中でも最も小柄だ。身長はなんと一四〇しかない。一見無表情にも見えるボブカットの茶髪を無造作に二つ結びした少女、レイナ。歳も最年少、十四歳だったはず。


 レイナは次々に撃ち込まれる赤黒いビームを弾きながら、巨大な愛機をゆっくりと前進させていく。向かう先にはボロボロな戦艦が群れをなしていた。その周りには十五メートル級に人型マシーンが敵陣に向かって各々の兵装を撃ち込み、必死の抵抗を続けている。


『よし、友軍の撤退が完了するまでフェアリーを押しとどめる。殲滅は考えなくてもいい。友軍救出だけを考えろ! 《グレイアッシュ》行くぞ!』

「了解だよ!」


 セラの号令と共に姫子は機体を加速させる。

『射線には入らないでよぉ』


 二機の突撃を支援するべく、アルカの《シュネーヴィット》は次なる敵へと狙いを定める。


「そっちこそ、当てないでよ?」


 その軽口を最後に、姫子は唇をかみしめる。集中、ここから先は流石に油断できない。

 背後から伸びてゆくミサイル、ビームが自分たちの機体を追い抜いて敵陣に炸裂する。光芒、爆発、そして……フェアリーテイルの妖しい光。光は真っすぐにこちらへと向かってきている。


 そして、捉える。敵の姿。淡く、白く輝く少女だった。ニコリ、とその表情は笑みを浮かべている。無垢な少女の顔……だが少女は巨大だった。十五メートルの少女。

 羽が生えていた。その羽は薄く、透けて見えていて、羽ばたく度に光の粒子が鱗粉のように散っている。

 その姿はまさに妖精だった。それこそが、人類の天敵、宇宙より襲来した醜悪な化け物……フェアリーだった。


「――ッ!」

 姿を確認した途端、歌が聞こえる。耳障りなノイズ交じり、しかしその奥深くから響く美しい女性の声。思わず聞きほれてしまいそうな、優しい声。フェアリーボイス。


「うるさい!」


 でも、それは聞いてはいけない声。耳を貸さない。

 姫子の目がカッと見開かれる。

 呼応するように《グレイアッシュ》の双眸の光が強くなり、両腕をかざす。


「あっちいけ!」


 レバーのトリガーを引く。同時に《グレイアッシュ》の両腕が展開し、激しい雷光が迸る。雷は広範囲に伸びてゆく。その瞬間、電撃の網に獲物がかかる。

 音が響くはずのない宇宙空間に絶叫が轟く。美しい少女の顔が苦痛にゆがみ、白い肌がぐずぐずに溶け、沸騰し、鮮血をまき散らす。いつ見ても嫌な光景、吐き気がする。


『動けない友軍が多数前線に残っているようだ。行けるな?』


 電撃の網を逃れた数匹のフェアリーを手にしたビームブレードで切り裂く《ブルーラグーン》。マシンガンによる牽制、そして一気に懐に飛び込み瞬く間に切り裂く。それがセラの得意とする動きだ。

 セラの《ブルーラグーン》が舞う度に、漆黒の宇宙に血が飛び散る。


「気持ちわるーい」


 正直な感想を述べる。フェアリーは見た目だけならば、女の子だ。それを殺す。ともかくとして、それは気持ちのよいものではない。そうしなければ、こちらが死ぬことになったとしても、生理的嫌悪感はぬぐえない。


『我慢して。帰ったらアイスでもケーキでも好きに食べなさい』

「フェアリーの顔がちらつくと、食欲無くなっちゃうよー」

『我儘!』


 セラはぴしゃりと言い放つとさっさと現場へと急行していく。

 姫子もそれを追う。こちらに向かってくる敵はアルカによって狙撃されて、近寄ることもできない。

 だから姫子もセラも安心して、進行できる。


 さらに後ろからはレイナの《テスタロッサ》がシールドを展開しながら前進してくるのが見える。危険宙域に残された友軍の盾になるべく動いたのだ。艦隊はフェアリーのビームが届かない距離まで下がったようだ。奇襲でも受けない限りは、死ぬこともないだろう。


『プリンセス小隊、前進!』

『了解』


 セラの号令に三人の声が重なった。

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