第二十計 軍師、戦場に立つ、つもりらしい



 休憩が終わって売り場にもどると、にやにやしながらシボーさんが近づいてきた。

「まんまと幹事やらされてるな」


「聞いてたんですか?」

 さっき休憩室にもシボーさんがいて、ソファーの端っこで文庫本を読んでいた。そのくせ玄徳と島崎くんの話には聞き耳立てていたらしい。


「島崎のやつ、自分じゃ人を集められないから、玄徳の顔と名前をつかってメンバーを集めるつもりだろう。ま、ゲームは人数が多い方がいいから、その判断は正しい。それに、人を集めようと思ったら、大事なのは信用だからな。最後は人間、信用だよ」


 とても人からの信用を大事にしているとは思えないシボーさんに言われても説得力がない。


「まあ、いいじゃないですか」玄徳はちょっと笑っていった。「こんなの大した幹事でもないですよ。サバイバル・ゲームだから、4人くらいいればいいわけですから。チラシには最大30人って書かれてますけど、2人からプレイできるらしいですから、4人くらいでいくつもりです」


「ま、そうだな。島崎も、面白そうなゲームだが、自分ひとりじゃ行けないから、玄徳に頼んでいるだけだろうから、適当に手を抜いてやっとけよ。どうせ、たかがお遊びなんだからさ」


 玄徳もそのつもりだった。

 だが、このときシボーさんの言った信用という言葉が、このあと彼をとんでもない状況に追い込む。このとき玄徳は、事態があんな風に進行するとは、まったく想像していなかった。


 つぎの休憩時間。午後3時。休憩室にいった玄徳は、すでに出社していた遅番のガンタを見つけて、声を掛けた。

「もし、学校が早く終わる日で、バイト入ってなかったら、行ってみない?」

 『レイ・ザー』のチラシを見せた。


「お、面白そうですね。行きます行きます。つぎの木曜日、どうですか? 俺、空いてるんで」

「んじゃ、そうしようか」

 これで3人。あと一人いれば、いいか。それ以上増えたらそれはそれでいいけど、確保は4人。つぎの木曜日。


 玄徳は手堅く、大道寺さんに声を掛ける。

 休憩室に入って来た彼に、チラシを見せて「行きませんか?」と聞いた。


「おー、いいね。だれが行くの? 何人くらい?」


 別に何人で行こうが関係ないと思うのだが、玄徳は、メンバー4人の名前を彼に伝える。


「じゃあ、もっと誘おうよ。こういうのは多い方が面白いって」


 大道寺さんは大乗り気。だが、自分で誘ったり人を集めたりする気は皆無の様子。前回の零花歓迎会の痛い思い出があるからだろう。

 だから、玄徳の力を利用してメンバーを大勢集めようと画策している様子が、その表情にありありと浮かんでいる。


 だが、これはお食事会とか飲み会とか、ましてや送別会とは全然ちがう。ただ単に、仲間で集まってアミューズメントに遊びに行こうというだけの話だ。大勢集める必要はないし、興味のない人間は参加しないだろう。


「まあ、行きたい人がいたら、連れて行きましょうよ。でも、大勢で行く必要はないですよ」

 いちおう玄徳は釘を刺しておく。そうしないと、また大道寺さんのことだから、変にしゃしゃりでて、引っ掻きまわされないとも限らない。


 玄徳はその予防線の意味もふくめて、前回シボーさんがやった、メンバーを紙に書いて張り出す方法を取ることにした。

 そんなに集まらないと思うが、いちおう日付と現在の参加メンバー4人の名前を書き、休憩室の壁にバインダーでつるす。その横に『レイ・ザー』のチラシもセロテープで貼っておいた。


 そのチラシを眺めながら、缶コーヒーを飲む大道寺さんが、隣に座る島崎くんに話しかけている。


「サバイバル・ゲームに近いの? 俺ってけっこうベトナム戦争の本とか好きでさ、よく読むんだけど、ああいうバトルって、結局はその場の状況判断なんだよな。冷静に敵の陣形を把握して、あとは敵の弱いところに攻撃を集中するんだ。いわゆる、各個撃破だな。俺はこのゲーム、たぶん強いと思うぜ」


「へー、だったら当日は俺と大道寺さんでチーム組みますか? そうしたら相手は松山くんとガンタだから、相手にとって不足なしってところですね」


「まあ、ガンタは高校のころラグビーやってたらしいから、動きも早いし、手強そうだな。でも、松山くんはスポーツやってないんだろ?」


 ちょっとバカにしたように、玄徳に話をふってくる。

「やってませんけど、いいじゃないですか。だたのゲームですよ。負けても死ぬわけじゃなし」


「いやいや、ゲームなんだからさ。勝たないと意味ないよ」

 なんか勝つ気満々で笑う大道寺さん。その態度が気に入らなかったのだろうか。

 ソファーの端っこに座って文庫本読んでたシボーさんが、ふいに立ち上がった。


「このゲームって、女子でも参加できるんだよな?」

 目の座った表情で玄徳に訊いてくる。

 やばい。なにかのスイッチが入った感じだ。でも、まさか、シボーさん。あなた、サバイバル・ゲームに参加するつもりなんですか?

 ぎょっとして玄徳は、彼女のことを見上げる。

「ええ、参加できますけど……」

「じゃ、あたしも参加ね」


 胸ポケットからペンを取り出して、参加メンバーの一覧表に名前を書き込んだ。


 いや、シボーさん。いくら兵法に詳しいからって、サバイバル・ゲームに参加して、アラサー女子のあなたが戦力になるとは思えないのですが……。


 シボーさんはメンバー表に自分の名前を書き込むと、だまってソファーの端っこにもどり、ふたたび文庫本を開く。

 大道寺さんと島崎くんが、そんな彼女の姿をぽかんと眺めていたが、声を掛けたりはしなかった。


 玄徳は玄徳でこのときは、メンバーが5人だと奇数だな。

 そんなことを暢気に考えていたのだ。

 彼がぎょっとなるのは、その日の帰りのことである。


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