第三部 軍師、戦場に立つ

第十九計 軍師は名前だけで受験生の高校が分かる、らしい




 その日、玄徳が休憩からもどってレジに行くと、ちょうど大学受験模試の受付を終えた高校生が帰っていくのと入れ違いだった。


「なんですか、いまの受験生。もしかして模試を6つも受けるんですか?」


「おんなじ模試の受験票を6枚買ってもしかたないだろう」シボーさんは呆れて肩をすくめた。「身体はひとつなんだからさ。6人分の申し込みだよ。同級生の分を、頼まれて申し込みに来たんだ。申込用紙の名前が全部ちがう。お、これ。玄徳見てみろよ」


「は? なんですか?」

 シボーさんに見せられたのは、今帰った受験生が残して行った申込用紙6人分だった。

「これが何か?」


「名前をよく見ろ」



『赤坂さくら』

『水野香奈』

『木津川大介』

『赤坂こはる』

『水野美香』

『木津川信介』



「……? これが?」


「こいつらが通う学校を答えろ」

「いや、生徒の名前で、どこの高校に通うかなんて、分からないでしょ」

「おまえ、それでも学参担当か。よく見ろ」


「……なんか、同じ姓が多いですね」

 並べ替えてみる。


『赤坂さくら』

『赤坂こはる』

『水野美香』

『水野香奈』

『木津川信介』

『木津川大介』


「双子ですね」

「よく気づいた」

「シボーさん、ぼくのことバカにしてます?」

「そこまで気づけば、こいつらの高校が分かるだろう」

「え……?」

「鈍い奴だなぁ。普通ひとつの学年に、双子が三組もいるか? いねえよ。だが、東京には一卵性双生児を集めている高校がある。この前教えたろう」

「あ」玄徳はぱちんと指を鳴らした。「東大付属」


 人間は、音楽や運動、絵画などに関しては、生まれ持っての才能が大きいといわれている。だ、数学や英語、物理や化学なでの、人間が作り出したものに関しては、教え方でその能力が大きく左右されるのだ。

 そのため、東京大学では、同一の遺伝子をもって生まれた一卵性双生児を一定数入学させて、その教育効果を測る研究が昔から続けられている。そのため、東大付属の受験には「双子枠」というものが特別に設けられているらしい。


「その通りだ」シホーさんはにんまり笑って六枚の申込表をひっくり返す。そこには受験者の高校が記入されている。六枚ともが「東大付属」であった。



 そんなことがあった日の、昼休憩である。

 裏の休憩室にいくと、島崎くんが一枚にチラシをテーブルの上において、玄徳を誘ってきた。

「ねえねえ、松山。こういうの興味ない?」

 カラー印刷された新聞広告みたいなチラシには、光線銃を構えて、だっさいヘルメットとへぼいボディーアーマーをつけた金髪外人の少年が映っていた。

 その隣で、おなじ装備の黒人少年と赤毛少女がにっこりと笑ってポーズを決めている。

 そして、でっかいロゴで書かれたタイトルは……。


『RAY・ZAR』と書いて『レイ・ザー』と読むらしい。


「『レイ・ザー』ってなに?」

 いろいろ含めて、これなに?なチラシである。映画とも舞台ともちがうようだが。


「モンジャ・タウンにできた新しいアミューズメントなんだ。いま流行ってるんだよ」

 島崎くんが自慢げに話し出す。

 彼の説明によると、室内でレーザー光線で打ち合う、一種のサバイバル・ゲームらしい。ただし、弾がでるわけではなく、レーザーだから怪我もないし安全なのだとか。


「へー」

 玄徳は興味なさそうなリアクションをした。じっさい興味がない。

「そうなんだ」

 そんな言葉しかでなかった。


「なあ、みんなを誘って行かない? チーム戦もできるし、これ、いま大人気らしいんだ。松山もやってみない?」

「うん、まあ、……いいけど」

 あまり興味はないのだが、誘われて断られるほどの拒絶感もない。行くだけ行ってみてもいいかもしれない。

「よし、じゃあ、今度行こうよ。俺の方でも何人かに声かけるから、そっちでも人あつめてよ」

 そういうと島崎くんは、チラシを玄徳に手渡した。

「人数とか、日付とか決まったら教えてよ。予約は俺がするからさ」

 そういって、その話は終わった。



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