第十八計 幹事をやりたがるやつに、名幹事はいない

 



 3500円という会計を聞いて、玄徳はえ?と思った。

 彼の計算では、一人3500円では絶対足りないはずなのだが……。


 が、カクテル三杯ペースで飲んで、機嫌よく酔っぱらっているみんなは、なんの疑問ももたずに財布からお金をだして大道寺さんに渡している。首をかしげつつ、玄徳も言われた金額を払った。


「じゃあ、二次会の席も用意してあるから。ガンタとかも合流するし」


 時間を少し過ぎてしまったが、宮園零花は会計が済んだあたりで退席した。

「あたしも払いましょうか? 楽しかったから、構わないですよ」

 と素敵な笑顔でいってくれた彼女を、みんなで「だいじょうぶだから」と拍手で見送り、そののち一次会は解散して、元気な人たちだけで二次会へ。


 ただし、玄徳以外のメンバーは、かなり酔っぱらってしまったし、零花はいないしで、一次会で帰って行く。


 ということで、結局二次会まで行くのは、会計にビビってビール二杯しか飲まなかった玄徳と幹事の大道寺さん二人だけ。


 大公堂書店の遅番連中と池袋駅北口で待ち合わせ、二次会の居酒屋へ。

 ガンタが「あれ? 零花ちゃんは?」とたずねると、大道寺さんは、

「ああ、ごめん。明日朝早いから、もう帰ったんだよ」

 と、ちょっと済まなそうな顔。


「そっすか。じゃあ、ただの飲み会ですね」

 とガンタは笑う。まあ、彼は飲めれば理由はなんでもいいのかもしれない。玄徳としては、遅番の美少女、大澤さんがいるから、できればちょっと仲良くなりたい下心で参加した。


 会は静かながらも、案外盛り上がり、玄徳は大澤さんの隣りに座ってずっとおしゃべりすることができた。結構酔っぱらっていたこともあって、ついつい饒舌になってしまう玄徳。自分のことも随分ぺらぺら話したが、大澤さんのこともかなり聞かされた。


 大澤さんは、下の名前は風子というらしい。

「フーって呼んでいいですよ」

 と結構、砕けたキャラだった。

「来月は学校の関係で早番で入ること多いんで、よろしくお願いしますね」

 とフーが言うので、玄徳は「じゃ、乾杯! フー!」と訳分からんリアクションで返していた。



 時間も遅くなり、じゃあそろそろ行きましょうか、会計お願いします、という流れになって、急に大道寺さんがその場にいたみんなに頭を下げた。


「すみません、みんな。じつは一次会で二万円くらいの赤がでちゃってるんだ。で、それをぼくが自腹を切って払ったんだけど、ちょっときついんだ。悪いんだけど、ここの会計でそれを埋め合わせてくれない?」


 一瞬みんな、何のことか分からず、しんとなった。


「はあ?」大きな声を上げたのは、ガンタ。「それちょっと納得いかないなぁ」


 酔っぱらった玄徳も、すぐに頭が回りだした。

 やはりあの一次会、一人3500円じゃあ全然足らなかったのだ。そして、足らない分をこの二次会の会計で埋め合わせて欲しいと大道寺さんは言っているのだ。


「なんで、一次会の会計の赤を、行ってもいないぼくらが補填しなきゃならないんですか!」


 もっともな意見である。

 というか、なんでそれ、一次会のときにみんなにお願いしないで、ここでお願いするのだろう?


 大道寺さんは年上で身体も大きい。が、身体の大きさならガンタの方が上。年下だが、ガンタは高校時代は柔道部で鍛えていたため体格も良かった。

 そのガンタに強く言われて、大道寺さんは縮こまり、

「ああ、すみません、やっぱ、だいじょうぶです」

 としおれて引き下がった。


 おかげで、二次会はへんな雰囲気で幕を閉じる。


 玄徳は大道寺さんのことを、「なにやってんだろう、この人」と思ってその場は見送り、無事公平に会計後、居酒屋を出たタイミングで彼に声を掛けた。


「一次会のみんなに言って、明日お金を集めたらどうですか? 場合によっては零花ちゃんからも貰ってもいいかも知れないですよ」


「いやいや、いいよいいよ、そういうわけにはいかないから」


 何が、そういうわけにはいかないのか、玄徳には想像もつかなかった。

 とにかく大道寺さんは、いいよいいよの一点張りだった。



 とにかく、全く理解できないので、翌日、玄徳は、シボーさんに事情を話して意見を聞いてみた。


 始終嬉しそうな笑顔で聞いていたシボーさんは、にやにやしながら言った。


「大道寺も、ほんとバカだよね。あいつはみんなの中心に居たいんだ。ただしあいつが欲しいのは友達じゃない。自分を取り巻く子分さ。子分が欲しい。そのくせ、みんなに嫌われることを極度に恐れてもいる。だから、みんなにいい顔して、いい思いさせて、自分についてきてもらおうと必死になっている。南雲送別会で、玄徳がみんなを引っ張って盛り上げたのをみて、自分もアレをやりたいと思ったんだろうな。だが、それはみんなのためを思って行う奉仕活動ではなく、結局自分の自己顕示欲を満足させるための利己的行動だった。玄徳、おまえ以前、自分が幹事なんてやるタイプじゃないって言っていたろう。幹事をやるのに相応しい人間は、本当はお前みたいに考えているやつだ。自分が幹事をやるタイプなんだと思っているような奴に幹事をやらせると、こういうことになる。覚えておくといい」


 といったあとで、シボーさんはスマホで本日の星占いを調べ、どうやらその結果が良かったらしい。にんまりと笑った。


「いやー、今朝は面白い話を聞かせてもらったわ。こりゃ、おかげで今日一日楽しく過ごせそうだぞ。ありがとな、玄徳」


 くくくくと、喉を鳴らすシボーさんは、極めてにこやか、且つさわやかな表情で仕事場に向かって行った。


 玄徳は半ば唖然とし、この人が社員になったら、その下で働くバイトは大変なんじゃないかと、いらぬ心配までしてしまった。

 そして、玄徳はシボーさんの細い背中を見て決意する。


 つぎは、あなたの送別会ですよ、と。



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