第十七計 零花歓迎会



 夜、玄徳のスマートフォンに無料通話の着信があって、表示を確認すると、なんと南雲さん。玄徳はテレビのついている部屋からあわてて退出しながら、通話ボタンを押した。


「おひさしぶりー、旧姓南雲でーす」嬉しそうな南雲さんの声が流れてくる。なんかすごく懐かしい。


「お久しぶりです。名古屋はどうですか?」


「味覚が合わないわぁ」


「それは、大変ですねえ。ご愁傷さまです」


「そっちはどう? 亮子とは仲良くやってる?」


「そりゃーもう。だいたい付き合い方は分かりましたから」


「送別会やるの?」


「本人がやるなって言ってますからね。ちょっと難しいですね。主賓抜きでやるって手も考えてます。あるいは、会を催して、シボーさんを騙して連れてくるってのもアリかな?と」


「あははははは。それは面白いねえ」南雲さんは快活に笑った。「亮子を騙して送別会につれてくるの? 是非その場にいたいわぁ。それ、本当に開催するなら、絶対呼んで。いまはまだ仕事も決まってないし」


「どんな顔するか、見てみたいですね。あ、それから毛塚主任なんですが……」


 そのあとも玄徳は南雲さんと他愛のない会話を続けた。が、このとき彼の心の中で、こんな考えが固まりつつあった。


 ──シボーさんを騙して、送別会に連れてゆく。それ、本当にやってみたら、どうだろうか?


 もし、南雲さんが『絶対に呼んで』と言わなかったら、冗談で済ませてしまったかも知れない。いや、南雲さん本人も、冗談で言っているのだろう。だけど……。


 ──それ。面白くないか? あのシボーさんを、騙すなんて。


 玄徳の心の中で、じわじわとひとつのアイディアが形作られていった。





 その日は久しぶりに宮園零花の出勤日だった。

 そういえば、今日は彼女の歓迎会当日だったなと玄徳は納得した。


「今日、歓迎会だね」

 と声をかけると、零花は、え?という顔をした。

「今日か! 忘れてた」


「え? 忘れてたの?」


「忘れてたよぉ。うっかりしたなぁ。本当にやるの?」


 ほ、本当にやるの?って当人が言うなよ、と思うが、玄徳は冷静に返す。


「え、出られるんだよね?」


「何時までだっけ? 七時くらいまでなら、だいじょうぶだけど」


「あー」

 集合は従業員用入口に18時。そこから店まで移動してだから、七時というと19時なので、主賓は一時間もいない計算になる。


「それ、大道寺さんは知っている……、わけないか」


 いま玄徳に言われて零花は歓迎会を思いだしたわけであるから、当然大道寺さんは零花に確認していないはずだ。


 仕方ない。一肌脱ぐかと、玄徳は大道寺さんのところへ走った。

 彼は、裏の通路でスマホを耳にあてて、どこかに電話している様子。通話が終わるまで待つつもりで、玄徳は足を止めた。

 聞き耳を立てていたわけではないが、大道寺さんの話す声が流れてくる。


「……ええ、本日なんです。8名なんですが、なんとか席ありませんか?」


 ええー、と思った。今夜の歓迎会の会場を、いま探しているのかよ。


「ええ、ええ、あー、はい。わかりました。ありがとうございました」


 大道寺さんは電話を切った。


「ごめんごめん。なに?」


「なに?って、あの、大道寺さん? もしかして、まだ今夜の歓迎会の店、決まってないんですか?」


「それなら、だいじょうぶだよ。すぐに見つけるから」

 胡散臭い笑顔でそういわれた。

「それより、なにか用?」


「ああ、宮園さんが、今日は七時くらいまでしか参加できないみたいだけど」


「ああ、そう」大道寺さんはちょっと上の空で答えると、すぐに作り笑いを浮かべた。「まあ、なんにしろ、だいじょうぶだから。あとで連絡するよ」


「はあ」

 なにがどうだいじょうぶなのか、玄徳には皆目見当もつかなかったが、大道寺さんがそういうのなら、まあ、信じて見ようかと、ここは黙っておいた。




 夕方、集合時間少し前に、百貨店従業員用入り口にいくと、すでに何人か集まっていた。


 時間前には全員集合したが、零花がいない。そして大道寺さんからは「宮園さんは、ちょっと遅れるから」とだけの説明で、ぞろぞろ案内されて、みんなは駅から結構離れた店まで徒歩で移動した。


 到着したのは、半地下にあるお洒落なバー。「B、A、R」とい書いてバーである。


 どっしりとした木の扉を開いて入った店内は薄暗く、ここが北海道ならカウンターの隅に探偵さんでも座っていそうないい雰囲気だった。そして、そこにずらりと入店した玄徳たち若造どもは、ものすごく場違いだった。


 案内されて奥のテーブル席につき、おしぼりが出され、おしゃれなフルーツ小鉢が並べられる。

「なんでもいいから、どんどん注文してよ」

 大道寺さんに言われて、テーブルの上のメニューをちらりと見た玄徳は、「げっ」と思った。


 一番安いビールで900円。あとはほぼカクテルで、1100円からスタートして、1500円くらいがほとんど。たしか会費はプレゼント代込みで3500円だから、……2杯しか飲めない計算だ。


 が、そんなこと気にせずに、オータニくんも滝沢くんも聞いたことある飲み物、『モスコミュール』とか『ジントニック』とかを頼んでいる。

 さらに大道寺さんは、「じゃあ、つまみはチーズ盛り合わせとピザでいいかな」なんて機嫌よくオーダー。


 玄徳は、ええーーっと思ったが、

「松山くんは何にする?」

 と聞かれ、やむなく一番安いビールを。


 このあと零花がくれば、彼女の分はみんなの驕りになるから、会計はさらに厳しくなるはず。これどうなるんだ?




 その30分くらいあとに、宮園零花が合流してきて、場は盛り上がる。みな結構酔ってテンションはあがっていたし、やはり零花は華がある。女子が彼女ひとりというのも、盛り上がった理由かもしれない。


 大きめの花束が贈呈され、「零花ちゃん、ようこそー」とみんなで盛り上がり、歓迎会自体は楽しくて、成功したといえた。


 そして、恐怖の会計。


 レジで支払いを済ませてきた大道寺さんはみんなに言った。


「じゃ、零花ちゃん以外、男どもは3500円でいいから」


 玄徳は、え?と思った。

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