第三十四計 乱れる場
やがて、記憶にある地下鉄入り口にたどりつき、玄徳は階段を降りた。後ろからはシボーさんたちがお喋りりしながらついてきている。が、玄徳は緊張のピーク。油断なく周囲に目を配りながら、慎重に地下道に入り、一度左右を確認してから、前方に見えるお好み焼き屋『豚ちんかん』の入口へ進む。
もしここで先行したり、追いついて来たりした本隊と遭遇してしまったら、元も子もない。とりあえず、地下通路に本隊らしき人影は皆無。
玄徳は、今度は店内の様子に気をつかいながら、店の入り口に立つ。
「ここですか?」
フーちゃんが楽しそうに店頭のメニューに顔を近づけている。
「そうだよ」
言いつつ、首を伸ばして、ちょっとお洒落な内装の店内をうかがう。
たぶん大丈夫だと思うんだけど……。
玄徳は勇気をもって店内に踏み込んだ。
入り口近くのレジにいた斎藤さんが声をあげる。
「いらっしゃいましー!」
心なしか機嫌が良さそうだ。
「予約した松山です」
「お待ちしておりました、松山さまー」
案内してくれる斎藤さんについて、奥のテーブルへ向かう。一瞬で店内を確認するが、見知った顔はない。問題なし。本隊はまだ到着していない。もう安心だ。一度中に入ってしまえば、ここからシボーさんが逃げ出すことは不可能。もう、袋のネズミだ。
ほっと安心して、奥の壁際に並べられた4人分の席につく。
オッケー!
こちらの要求通り、4人分のテーブルが離されて置かれ、その隣に残り5人分のテーブルが用意されている。そしていずれのテーブルにも、そこが予約席である証のように、紙おしぼりと割りばしが並べられていた。
玄徳はシボーさんを壁際奥の席に促し、フーちゃんをその隣に座らせようとしたが、シボーさんが上手に内藤さんを誘導し、フーちゃんを玄徳の隣りに配置換えする。こういうコントロールは本当にうまい人だ。
みんなの着席を待って玄徳は、「ちょっと一本電話いれてきます」と告げると、そのまま店の外まで移動し、スマホを取り出しながら左右を見回す。
呼び出し音は鳴るが、零花は出ない。
なにしてるんだ? 玄徳は焦るが、零花は出ない。このまま呼び続けることも考えたが、シボーさんをあそこに放置するわけにもいかない。
「くそっ」
悪態をついて玄徳はスマホをポケットにしまい、急いで店内にもどった。
とりあえず着席し、玄徳はみんなに「おつかれさまでした」と一礼する。きっと零花たちはこちらに向かってくれていると、そう信じて。
「なんでも好きな物頼んでください。まずはビールからいきますか? フーちゃんはサワーにする?」
「あたしはねえ……」
みんなでメニューを見ていると、若い女の店員さんがやってきた。
「いらっしゃいませ。松山様、9名様でよろしかったですか?」
ははは、冗談だろ。
玄徳は引き攣った笑いを浮かべて、立ち上がる。
「いいえ、4名です!」
思いっきり主張してしまった。
「あ、申し訳ありませんでした」
一礼した店員さんは、慌ててもどってゆく。
ばっかやろぉー。だから何度も言ってるじゃん! 一人騙して連れて行くからって!
玄徳は去って行く女の店員さんを追いかけて、レジまで走った。
そしてそこにいた斎藤さんに声を荒げて伝える。
「だから、予約は9人なんですけど、一人騙して連れて行くんで、4人ってことにしてくれって、何度も伝えたでしょう! 聞いてないんですか!」
「申し訳ありません」
焦った斎藤さんは頭を下げるが、玄徳も冷静でいられない。
「とにかく、この場は4人ということにしておいてください」
はあはあ息を荒くしながら言い放って、テーブルにもどろうとすると、目の前にシボーさんが来ていた。
えっ! もしかして、いまの会話聞かれた?
一瞬青ざめる玄徳だが、どうやらそれはなかったようで、シボーさんはこんなことを言った。
「おい、玄徳。もしかして、あそこに座ってたらまずいんじゃないか?」
「いえ、そんなことないですよ」
「そうかぁ?」
「とりあえず、始めましょう」
とテーブルに近づくと、さっきの女性店員が、
「松山さま、こちらに新しいテーブルをご用意いたしました」
女性店員が手で示す方向を見て、玄徳は軽いめまいを覚えた。
そこには、バーン!とばかりに、4人用の新しいテーブルが用意されていた。当たり前だが、本隊が着席するはずのテーブルとは、通路二本分くらい離れている。4つ並べられた新たな紙おしぼりの白がまぶしかった。
こ、この野郎ー。てめーら、よってたかって、人の計画を邪魔しやがって……。
玄徳の手がぷるぷると震える。
「いいえ、あっちでいいです」
玄徳はきっぱりと拒絶して、さきほどのテーブルを指さす。
「いや、こっちでいいよ」
シボーさんが新しいテーブルをさした。
「いえ、あっちがいいです」
玄徳は頑なに拒否。
「でも、あっちは狭いぞ」ちょっと口調がきつくなったシボーさんだが、さきほどのテーブルについてこちらを心配そうに見ているフーちゃんや内藤さんに目をやり、何かを察したようにうなずいた。
「じゃあ、あっちにするか」
と元の席におとなしく着いてくれた。
このときの玄徳は、自分が顔面蒼白であったことを自覚していた。思考停止し、萎えた頭でなんとなく考えていた。今回のこの杜撰な作戦が、思いっきり失敗してしまったことを。
「でも、あれじゃないのか?」シボーさんは、乱れた場をとりなすように口を開く。「別の予約の松山と勘違いしているのかも知れないぞ。松山なんて、よくある名前だから。次からは
玄徳はそれに応えるように、何か適当なことをしゃべっていたはずだが、何をしゃべっていたのか全く記憶がない。そして、本隊は、待てど暮らせど来なかった。
いつまで待っても、影も形もなかったのである。
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