第三十三計 密室の5人
「あれ?」フーちゃんが真っ先に声をあげる。
「宮園さん、今日は、お休みでしゅよね」内藤さんも驚いた様子。
シボーさんですら、きょとんとして目を丸くしている。
当の零花も、「えっ」という顔。
だが、5人の中で一番驚いたのは、だれあろう玄徳である。
ば、ば、ば、ばかやろー! なんでこんなところに、いきなり登場するんだよ! しかも、そんな目立つ場所から!
そして、その花束!
まるでこれから送別会に行くみたいじゃねーか!
玄徳にはもう、なにがなんだか分からなかった。必死の思いでシボーさんの目を見つめ、何かを訴える。シボーさんに何かを訴えても仕方ないんだけど。
シボーさんは、玄徳の目を見つめ、ちょっと驚いた表情ながらも、なにか言いかけた。
まずい。さすがにバレたか……?
「玄徳、あのさ、……もう4人で予約しちゃったんだよな? いまから増えちゃマズいんだよな?」
「いや、あの、ですから」
「マズいか」勝手にシボーさんは納得してくれたらしい。どうやら、可能なら零花も誘ってあげようと考えたらしい。案外優しいところがある。
が、そういう訳にはいかないのです! こっちにはこっちの事情があるんです!
そして、ここはもう玄徳としては、シボーさんの出してくれた助け船に乗るしかない。
「ええ、ダメなんですよ。ちょっと無理です」
と言った瞬間、到着したエレベーターの扉が開いた。
なんとなく、乗り込んでしまう5人。
「その花束、綺麗ですね」
フーちゃんが言う。
「仕事でもらったんですよ」
そういうアドリブはうまい零花。
5人をのせたエレベーターがゆっくりと下降を開始した。
ここでエレベーター内のメンバーを紹介しよう。
これから自分の送別会が開かれるとは知らない主賓のシボーさん。
主賓に内緒の送別会を計画し、その幹事を務めている玄徳。
シボーさんによって玄徳とくっつけられそうになっているが、そんなことは露知らない大澤フーちゃん。
ただのお食事会だと思ってついてきちゃっている、まったく無関係な事務所の内藤さん。
そしてその送別会に参加する本隊を、本来ならば引率してこなければならないはずの、そして持ってきた花束をシボーさんにあげるつもりである、宮園零花。
なんてサスペンスに富んだメンバーであることか。
ああ、ぼくたちはどこへ向かっているのか?
が、玄徳は首を振って集中力を取り戻す。パニックになっている場合じゃない。ここが踏ん張りどころだ。とにかく零花をこの集団から引き離し、9階の本隊と合流させなければならない。
玄徳はとっさの判断で、胸ポケットのボールペンを抜くと、メモ用紙がないので、みんなの死角から手早く自分の掌に文字を書いた。
焦っていたし、掌だし、うまく書けなかったが、内容はこうだ。
『9階 みんな 連れてこい 地下とおれ』
位置をずらし、みんなの死角から零花にだけ見えるよう、掌を差し出す。
彼女はちいさくうなずき、唇の形だけで「わかった」と伝えてきた。わかったような顔をしているが、全然信用できねー!
だいたいなんで、なんで従業員用の階段なんかから登場するんだ! しかも、花束持って!
それぞれの目的が実は全然違う5人の乗ったエレベーターの箱が1階に着き、全員が降りる。
従業員用入り口から、警備員さんにカバンの中身を見せて外に出ると、シボーさんが零花に声を掛けた。
「一緒に行かない?」
「ごめんなさい」
営業用のスマイルで嫣然と笑った零花は小首をかしげて断る。
「これから、すっごく大事な用事があるんです。シボーさんって、もうやめちゃうんですってね。じゃあ、もうこれでお別れですね。また、どこかで会えるといいですけど」
冷たく言い放って、つんと背中を見せると、零花はヒールの音を響かせて去って行った。
シボーさんは玄徳の方を振り返り、ちいさく舌打ちする。
「ま、仕方ないとは思うが、彼女には嫌われたな」
「そんなこと、ありませんよ」
一応否定しておく。なぜならそれは、本当に嫌われてなどいないからだ。
零花をちょっとだけ見送った4人は、玄徳の先導で歩き出す。
日曜の夕暮れの池袋は、人が多い。
信号待ちで何度か足止めされながら、玄徳はゆっくりしたペースでシボーさんたちを引率する。
こういう集団は移動が遅いと教えてくれたのはシボーさんだ。
いま玄徳はそのシボーさんを連れて、ゆっくりしたペースで池袋の夜景を見上げながら歩を進めていた。
玄徳にすこし遅れたシボーさんは、事務所の内藤さんと何やらくっちゃべっている。
内藤さんはまだ入社してひと月ほどの新人である。事務所の電話受付として入ってきた。声は綺麗だが、しゃべりは舌ったらず。
そういえば、彼女が入ってきた直後、シボーさんがいたずらして、2レジの内線電話にこんなメモを貼った。
『事務所内藤でしゅ。お問い合わせ、お願いしましゅ』
なんだ、こりゃと思っているところに、内線が鳴る。
出ると、
「事務所内藤でしゅ。外線一番で、お問い合わせでしゅ」
内藤さんだった。
玄徳は思わず、「ぷっ」と吹き出した。
そして、ハッと気づく。
「あの、内藤さん、もしかしてうちのレジで他にも笑っていた人、いた?」
「2レジに内線すると、みんな、笑ってましゅ!」
内藤さんは怒っていた。
結構真面目に見えたシボーさんが、じつはイタズラばかりしていると知ったのは、同じレジになってからであった。そしてその主な被害者は、玄徳と八重垣さんだった。
玄徳が2レジ所属になって、だから八重垣さんはすごく喜んでいた。
「いやー、玄徳くんが来てくれてホント助かってるよ。以前はシボーさんのイタズラのターゲットはぼく一人だったからねぇ」
あのときの情けない八重垣さんの顔を思いだして、玄徳はぷっと吹き出した。
「どうたんですか?」
隣でフーちゃんが楽しそうに笑いかける。
「ちょっと、面白い事思いだしていて」
「え、なんですか? あたしにも教えてくださいよ」
「今度ね」
「えー、絶対ですよ」
そうか、それでシボーさんは、内藤さんに話しかけながら、ゆっくり歩いているのか。
これは、玄徳とフーちゃんをお話させる作戦なのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます