第二十七計 計画に近づく者は……


 シボーさん送別会は、10月28日の日曜日に開催する予定だ。


 その日、シボーさんを食事だと誘いだし、お好み焼き屋『豚ちんかん』の席に着かせ、そののち八重垣さん率いる本隊を突入させて取り囲み、逃走のチャンスを封じてから送別会を開始する。


 難易度が高いのは、その瞬間までこちらの計画をシボーさんに勘付かせないこと。


 そのためには、迂闊なメンバーを誘うことは厳禁だった。


 また、当日太公堂書店が入っている百貨店10階フロアに、本隊のみんなが集合することは言語道断。休憩室あたりでみんなして待ち合わせしていたら、これから何かあるとシボーさんに勘付かれてしまう。なにせ、他人に口を割らせことに関しては、天才的なシボーさんだ。下手な言い訳が通用するはずもない。


 そこで、参加メンバーみんなには、速めに仕事をあがってもらって、ワンフロア下の9階催事場に集まってもらう。ここからは、お好み焼き屋『豚ちんかん』に突入するまでのあいだ、彼等の姿がシボーさんの視界に入らないよう、細心の注意を払って行動してもらわねばならない。


 そのため、当日休みであり、送別会のためにだけ池袋に来ると言っている宮園零花には、絶対に売り場に顔を出さないよう釘を刺しておいた。

 彼女に、「こんにちはー」とか売り場に来られては、勘のいいシボーさんのこと、なにかあると気づくかも知れない。そこまで気づかれては、零花はもちろん、玄徳自身ですら、シボーさんの追求、もしくは計略から逃れることは困難だろう。


 はなから疑わせない。これが玄徳の選択だった。


 本日は、送別会決行のちょうど1週間前。

 シボーさんを誘うタイミングとしては、本日がぎりぎりの線である。


 速すぎては怪しまれる。が、遅すぎても予約が取れなかったり、計画が進まないというデメリットが生ずる。とにかく28日の日曜日でシボーさんに食事の約束をとりつけ、今日のうちに『豚ちんかん』の予約を取りたい。


 早目に出勤してきた玄徳は、事務所のパソコンで各売り場のシフト画面を見比べていた。


 まだ始業まで30分ちかくあるため、出社している人もまばらだ。結構早く来る事務所所属の内藤さんという舌ったらず系アラサー女子が「おはようございましゅー」と通り過ぎていく。


 玄徳は素早く各売り場のシフト画面をスマホで撮影すると、それらを閉じ、出勤簿の画面に切りかえた。そうしておいて、自分を出勤にすると、パソコンの前から離れる。そして、本の仕分けや返品作業をするバックヤードに行くと、撮影した画像を確認した。


 来週の今日、すなわちシボーさん送別会当日の出勤者を確認したかったのだ。


「おはようっす」

 オータニくんが出勤して来て、バックヤードの納品段ボールをチェックに来た。

 玄徳は画面を見ながら、迂闊にもオータニくんにたずねてしまう。


「大道寺さんって、毎週日曜日は休みだよね。来週も休み?」


「そうですよ」

 オータニくんは肯定し、しばらくしてから玄徳にたずねた。

「日曜日、なにかあるんですか?」


「え?」

 玄徳は言葉に詰まってしまった。何もないよ、そう言うには、間が開き過ぎたのだ。


 ここで無理に「いや、何もない」と言って、もしオータニくんが他の誰かに尋ねたとしよう。


「松山くんって、来週の日曜日になにか計画してるんですかね?」

 そんな質問が店内を巡りでもしたら、もうお終いである。


 もし計画に少しでも近づくものがいたら、そいつには計画に参加してもらう。それがこの極秘計画を遂行する上で玄徳が決めた方策である。迂闊に誤魔化して、シボーさんに勘付かれたら元も子もない。


 玄徳は黙って、ポケットに入っていた極秘計画書をオータニくんに差し出した。


 B5判の紙に目を通したオータニくんは、はっとした表情になり、掠れた声でたずねた。


「マジですか?」

「マジです」

 玄徳はさっと周囲に視線を走らせ、人がいないのを確認すると、オータニくんに「黙っていろ」という意味で、人差し指を唇にあてて見せる。


「参加しますか?」

「いいんですか?」

「その代わり、秘密は厳守。大道寺さんと滝沢くんには絶対秘密ね」

「大道寺さんはまだしも」口を開いたあとでオータニくんはさっと周囲を見回し、声を潜める。「滝沢くんにも秘密ですか?」


 玄徳は重々しくうなずく。

「滝沢くんは大道寺さんと仲が良すぎる。子分といってもいいくらいだ。彼の口から大道寺さんに伝わる可能性は否定できない。滝沢くんは、呼べない」


「他は誰が来るんですか?」

「秘密。メンバー同士で会話されても怖いし。みんなお互い、誰が来るのかは知らない。だから、この話は、他の人とは絶対にしないで。いっそ、その方が気楽だし、安全でしょう」

「松山くん」オータニくんは声を潜めて、玄徳の目をまっすぐ見つめてきた。「凄い計画だね」


 玄徳はひとつ頷くと、もう一度人差し指を唇にあてて、その場を去った。

 二人してこそこそ話しているところを他の人に見られたくなかったからだ。それに、そろそろシボーさんが出勤してくる頃合いだった。朝一で話しておかないと、タイミングを失う可能性が高い。


 玄徳は、まだ人のいない売り場に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る