第四部 軍師送別の秋(とき)
第二十五計 軍師を騙そう作戦、計画される
まずは、道。
シボーさんは、送別会を開く前に、それをもう一度考えろと教えてくれた。
シボーさんの送別会を開くことは、人の道として正しい事なのか?
玄徳はもう一度考えてみた。
──開こう。
そう結論した。
だれが何といおうと、シボーさんのために送別会を開いてあげたい。これが玄徳の意志だった。そして南雲さんも、是非出席したいと言っている。じっさい都合がつくか分からないが、少なくとも送別会を開いて、その話だけでも聞かせてあげたい。
だが、シボーさんは自分の送別会を開くことに反対している。ならば、騙してその会場に連れ出し、強引に送別会を開く。その計画で行く。
だが、今回は、おそらく前代未聞の、主賓を騙してつれてくる送別会。しかもその相手は名軍師シボーさん。果たして玄徳に、あの勘の鋭いシボーさんを見事騙せるか否か? そこが最大のネックになるだろう。
となると、玄徳ひとりでは、この計画は実行できない。
もう一人、頼りになる協力者が必要だ。
勤務中、シボーさんが昼休憩に出たことを確認した玄徳は、十分に周囲を警戒しながら、レジの中で、お客さんが切れた瞬間を狙って隣に立つ八重垣さんに計画を打ち明けた。
「実はシボーさんの送別会を開こうと思っているんですが、あの人、自分の送別会はやらなくていいって言い張っているじゃないですか。そこで、こっそり送別会の計画を進めて、シボーさんを騙して連れてきちゃおうと思っているんですが、八重垣さん、この計画、どう思います?」
前を向いたまま、八重垣さんはにんまりと笑った。今はレジの中でお客様が来るのを待機している状態。面と向かって二人して会話しているわけにはいかない。
「それ、いいね。それしかないでしょ、彼女の送別会を開くには」
よし。玄徳は心の中で快哉を叫ぶ。
「でも、松山くん。シボーさんを騙すのは、一苦労じゃないの? 彼女、勘が鋭いから」
「そうなんですよ。で、ですね」
玄徳は計画のあらましを語った。
まず玄徳が、相談があるとかなんとかいって、シボーさんを食事に誘う。
いろいろ考えたのだが、居酒屋では怪しまれるから、食事が出来て酒も呑め、送別会も開けるお好み焼き屋にする予定だ。
で、二人で食事しているところに、その他の参加者をあとから入店させる。これなら、シボーさんが慌てて逃げようとしても、間に合わない。
「いいね」八重垣さんはにやにやと口元を緩めた。「それ、いつやるの?」
「シボーさんが本店にいってからは予定が立たなくて難しいと思います。が、勤務最終日では怪しまれるかもしれません。シボーさん最後の日、10月31日の3日前。日曜の夜なら、どこのお店も
「分かった」
「で、八重垣さんには、他の参加者を連れてきてもらいたいんです。ぼくがシボーさんを連れていくんで」
「うん。任せて」
「あの、今夜あたり、ちょっと飲みに行って、計画立てませんか? ここで話していて、誰かの耳に入ると、噂になってシボーさんに勘付かれるかもしれません」
「いいね。じゃ、今夜ちょいと一杯行くか」
「はい。これ以降、この話は二度と売り場ではしないように、お願いします」
「よし」
八重垣さんはここで初めて玄徳の方を振り返る。二人の目が合い、お互い同時に小さくうなずいた。
その夜、知らんふりして仕事をあがった玄徳は、裏通りのビルの二階にある小さな居酒屋で八重垣さんを待った。
小さな店の奥にある、窓際の小テーブルについて彼を待つこと二十分ほど。やがて現れた八重垣さんのうしろには宮園零花がついてきていた。
「なんで、宮園さんがいるんですか」
玄徳は口をとがらせる。
「いや、いまそこで捕まっちゃってさ。松山くんと大事な話があるって言ったら、ついてきちゃったんだよ」
「ついてきちゃったんだよ、じゃないでしょ」と呆れた玄徳は零花にたずねる。「で、どこまで聞いたの?」
「え? なになに? なんの話?」
「まだ、なんにも話してないよ」
玄徳はため息をついた。ここで下手に誤魔化して、零花がシボーさんに訊ねたりしたら、計画が露呈する危険がある。玄徳は零花に席へ着くよう促すと、低い声で自分たちが計画している内容を告げた。
「シボーさんの送別会をやるんだけど、本人がやらなくていいって言い張ってるから、シボーさんには内緒で、本人を騙して会場に連れてくるんだ」
「なにそれー。面白ーい!」
宮園零花は、目をキラキラと輝かせた。
「あたしも、その計画に混ぜて。絶対一緒にやりたい」
たしかに宮園零花は、シボーさんに計略を仕掛けられて、芸能活動の内容を自白させられたことがある。これくらいの復讐は果たしたいだろう。いや、案外零花は、シボーさんのことが大好きなのかも知れない。
「とにかく」
玄徳は咳払いした。
「相手はシボーさんだから、こちらが迂闊な動きをしたり、不用意な言動を発したりするだけで、計画に勘付くかもしれない。そこで、以後店でこの計画について話すことは厳禁。まず、ぼくがシボーさんを食事に誘います。で、参加者のみなさんは、ひとつ下の階、百貨店9階催事場に集合していただいて、ぼくとシボーさんが店を出た後、会場に向けて出発してもらいます。先に会場にいて待っていると、シボーさんのことだから、その場で回れ右して逃走するかもしれないので、席についたところで、入り口から取り囲む計画です」
ぷぷぷぷと零花が笑いを洩らす。取り囲まれたときのシボーさんの様子を想像して楽しんでいるようだ。
「ぼくたちの移動途中で参加者のみんなに鉢合わせというのも、マズいです。なので、ぼくたちの後を追うように9階催事場を出発していただきます。こちらの本隊を誘導する係を八重垣さん、お願いしますよ」
「わかった」
いい大人が大真面目にうなずく。
「で、ほくたちは、従業員用入り口から地上を歩いて会場まで行きますので、途中の鉢合わせを避けるために、本隊は地下を移動してください」
「うん。いい計画だ」
「あとは、誰を呼ぶか、なんですけど……」玄徳は八重垣さんと零花の顔を交互に見やる。「まず条件は、口の堅い人です。来てほしい人ではなく、口の堅い人だけ誘います」
「うん」
八重垣さんと零花が同時にうなずく。
「人選は、ぼくに任せてくれますか」
「わかった」八重垣さんはにやりと笑った。「これは、なんとも楽しいことになってきたね」
「もう、ドキドキする。あのシボーさんを騙すなんて」
零花はすでにご満悦といった様子。
「じゃあ、さっそく明日から人選して、メンバーをそろえます。が、会の性格上、あまり大勢は呼べません。有志で開催という体でいきますから」
「大道寺くんは呼ぶの、やめとこうよ」と八重垣さん。
「だいじょうぶです。はなから呼ぶ気ありませんから」
玄徳と八重垣さんは、頷き合って、二人で意気投合のサムアップ。
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