第十三計 集団、動かざること山の如し
「でも、当日休む人が大勢いたらどうしましょう?」
南雲さんが帰ってから、玄徳は思わず弱音を吐いてしまったのだが、シボーさんは涼しい顔で指摘した。
「そのために、会費に色がつけてあるんだろ」
「そうですけど。でもあれは、南雲さんに贈るプレゼントのお金のつもりだったんですが……」
会費は2500円のコース料理と1000円の飲み放題がついて3500円のところ、これに南雲さんへのプレゼント台として400円が乗っかり、3900円と休憩室に吊り下げられた参加者一覧には書いてある。もちろん金額の内訳は秘密だから、「プレゼント代こみ3900円」とだけ書かれているのだが。
「42人もいる。ひとり400円だと一万七千円のプレゼントになるが、そんな高いもん、やらなくていいだろう。プレゼント代を五千円くらいにおさえて、残りの金をプールしておけ。浮いた金はあたしたちで山分けしてもいいし、良心が痛むっていうなら、みなに返却だ。その場で安くなる分には、だれも文句は言うまい。そのために、会費に余裕がもたせてある」
「なるほどー」玄徳は感心した。「もしかして、こうなること、予想してました?」
「それが軍師ってもんじゃねーの?」
「いつもお世話になります」
玄徳は恐れ入って頭を下げる。
「じゃ、プレゼントの用意。よろしく頼むぞ。やっと使える金額が分かったから、なんかテキトーな物、買っといてくれ」
「え? そこはシボーさん、意見聞かせてくれないんですか?」
「女子へのプレゼントなんて、あたしに聞くなよ。あたしはあたしで、本日は買いに行くものがある」
「んじゃまあ、一人で探して来ますけど」
「たのんだよ」
その翌日、翌々日はとにかく興奮していた。
人数の最終確認と全員への伝達。ミュンヘン館への予約の確認。そして予約人数を45から42への変更。
直接ミュンヘン館へ行くという人もいるのだが、基本的に百貨店の従業員入り口で待ち合わせて、時間に間に合うように出発するのがシボーさんの計画。そしてその参加者集団を率いるのが玄徳の最初の仕事だった。
26日水曜日。送別会当日。
早番の仕事は17時に終わる。その日朝からシボーさんに注意されたのは、「仕事を残して残業したりするな」ということ。「おまえが遅れたら、みんなが動けないからな」と。
それを言われた玄徳は、それもそうだと気づき、慌てて現役メンバーの間をちょこちょこ走り回り、簡単に、本日17時20分に従業員入り口に集合すること、そして残業したりして遅れないよう伝えて回った。
本日昼間は営業に回っている宮園零花へはメッセージを送っておく。事前に連絡してはあるが、釘を刺しておかないと、なんか彼女、平気で遅れて来そうな気がする。
あとは外部からの参加者だが、これはもう来てくれると信じるしかない。
とかなんとか、仕事中も休憩中も、参加メンバーの間を右往左往して1日を過ごした玄徳だが、ふと見ると、休憩室で缶コーヒー片手に漫画を読んでいるシボーさんが目に入る。
優雅なもんだ。もう自分の仕事は終わったとばかりに、涼しい顔である。
「シボーさんも、ちゃんと集合時間に来てくださいよ」
「いくよ。17時20分な」
「よく覚えてましたね」
「あたしが決めたんだから、当然じゃん」
「でも、ずいぶん早くないですか? ここからミュンヘン館まで10分かかりませんよ。予約は18時からだし」
「余裕をもって行動する」シボーさんは漫画から目も上げない。「それと、10分じゃいかないぞ。従業員用入り口に20人以上集まるんだろ? その人数を動かすのは大変だ。歩いて10分なら、15分以上見るのが正解。がんばれよ、羊飼いの少年」
「はいはい」
玄徳は仕事にもどる。
夕方。
玄徳は急いで仕事をあがって、従業員用入り口に行ったのだが、すでに三人ほど人が集まっていた。
本日休みの八重垣さんが手を挙げて近づいてきて、「おつかれさん」と声をかけてくる。
「すみません、休みの日に送別会開いちゃって」
「ぼくは構わないよ。それより、よくここまで漕ぎつけたよね。大したもんだよ」
「いえ、八重垣さんがシボーさんを軍師に推挙してくれたおかげですよ。で、そちらの
「あ、紹介するね。こっちは磯部くん。むかし文庫の担当をやってたんだ」
「どうも、磯部です。きょうはよろしくね」
「あ、磯部さんですか、どうも。はじめまして、幹事の松山玄徳です」
「いろいろ大変だと思うけど、よろしく頼むよ」
磯部さんは感じのいい男性だった。
玄徳はとりあえず、出席者名簿にチェックを入れる。本日この場所にあつまる人数は二十数人。それをチェックして時間までに会場へ向けてスタートをしなければならない。
そうこう言っているうちに、人が中から外から集まりだす。女子はかたまっておしゃべりしだすし、だまって壁に寄りかかっている人とかもいて、一応声を掛けてみなければならない。知り合いがいるといいのだが、なにせ南雲さんは職歴がながい。昔いたバイトの人も大勢くるのだが、横のつながりがあまりない、今この場にいるメンバーに知り合いがいない、なんて人もいる。そしてそれらの人たちを玄徳は直接しらない。
が、そこへふらりとシボーさんが姿を現した。
ワインレッドのブルゾンに、ロングスカート。なんと、ちょっとお洒落な格好に着替えてきている。
「おまたせ」
「遅いですよ、手伝ってください」玄徳はほっとして思わず微笑む。「スカートなんて持ってたんですね」
脳天に空手チョップがきた。
「いいから、名簿見せろ」
シボーさんは名簿のチェックリストを一瞥すると、この場にいる人数を数えた。
「そろそろ行こう。いないやつはいるか?」
「大道寺さんが、すこし遅れるって言ってました。場所は分かるらしいです」
「南雲は?」
「直接会場に行くと連絡がありました」
「あいつが来なかったら、事だな」
シボーさんが悪魔的な笑顔をにやりと浮かべる。
「よして下さいよ。そんなことになったら、ここにいる全員からぼくが袋叩きに合う」
「ま、みんな子供じゃないんだから、時間までには来るだろう」シボーさんはあっけらかんとしたものだ。
「このままここに大集団でたむろしているわけにもいかない。少し早目だがスタートさせろ。みんなにそろそろ行くって言って回ってこい。この規模の集団は、なかなか動かないから、注意しろよ」
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