第二部 盛り上がること火の如く

第十一計 兵は詭道なり

 


 そこに映っていたのは、おそらく百貨店の屋上かなにかのステージでポーズを決める5人の女の子。だたし、全員が、まるで劇団四季のミュージカルみたいな格好をしている。


 中央の子がライオンで、その左右がキリンとシマウマ。両脇が、ゾウとチーターだった。


 全員がどぎつい色のカツラをかぶり、頭の上に耳をつけ、顔には作り物の鼻、左右に伸びたヒゲとかキバとか。毛皮のような質感のレオタードに、お尻から尻尾が垂れ、指には爪、ブーツにも爪。コスプレというには、あまりにも着ぐるみ的な衣装だった。


「あたしは、このシマウマです」


 ばっとシボーさんが手で口を押えた。危うく吹き出すところだったのだろう。ここからの切り返しが凄かった。

「おおっ、可愛いなぁ!」


 吹き出して爆笑しかけていた玄徳は、えっ!とシボーさんの切り返しに目を瞠る。

 か、可愛いか? これ!


「なあ、玄徳!」

 テーブルの下で玄徳の脛を蹴ってくる。


「か」声が裏返った。あわてて咳払いして「カワイイです!」


 棒読みになってしまったが、宮園さんは気づかない。


「ほんとに?」

 口をとがらせて、上目遣いに聞いてくる。これは本当に可愛かった。


「可愛いよ」

 今度は感情がこもった。

 可愛いと思ったのは事実。ただし、シマウマの方ではない。

 いかん、シマウマと思うと、吹き出しそうになる。ぐっとこらえるが、ぷるぷると肩が震えてしまう。


「そうかぁ」シボーさんが心の底から感心したような声を出す。「こんな活動してたのかぁ。結構このグループ、人気あんの?」


 シボーさんが微笑みまじりの優しい目で見上げ、宮園さんの表情が柔らかく緩む。

「最近は結構知名度もあがってきて、追っかけてくれるファンも増えて来たんですよぉ。今度、テレビのコーナーで取り上げられる事になったんです」


「凄いじゃないか。どうして秘密にしてたんだよ」


「え? だって、事務所の指示でやってるんですけど、メンバー全員、これってどうなんだろう?って疑問に思ってて。なんか、この格好、ちょっと恥ずかしいし……」


 恥じらう宮園さんは超可愛い。このシマウマは別にして。……また笑いがこみ上げてくる。


「おっと、いけね」シボーさんは急に立ち上がった。「そろそろレジに行かなきゃ。じゃあな、宮園、動物アイドル、可愛いから頑張れよ。あたしも応援するから」


 と彼女の肩を叩いて出ていくシボーさん。

 が、宮園さんの死角に回った瞬間、両手で口を押えて大爆笑を堪えている。さては我慢できずに撤退する気らしい。玄徳のことを残して。


「気にし過ぎちゃったかなー、あたし」

 なにか憑き物でも落ちたみたいな笑顔で、宮園零花が笑っていた。

「ねえ、その紙、なあに?」


「あ、これは南雲さんの送別会の告知だよ」


「ああ、南雲さんって、あたしが初日のときにいろいろ教えてくれた人だね。あの日が最後だなんて知らなかったから、お礼も言ってないんだ。送別会っていつやるの?」宮園さんは紙をとりあげ、目を通した。

「あ、この日の夜なら、出られるかも。みんな来るんだね。あたしも参加していいのかな?」


 ちらりと上目遣いに訊ねてくる。これは彼女の癖らしい。

「もちろん」

 玄徳が答えると、彼女は嬉しそうに玄徳の筆記用具からペンを取り上げ、細く白い指で自分の名前を名簿に書いた。


「じゃ、参加します」


「はい」

 玄徳はにっこり笑ってうなずいた。


 南雲さん送別会参加予定人数。

 現在シボーさんの予測がぴたりと当たって、42人。たしかに彼女は名軍師だった。





「シボーさん、これで良かったんですよね?」

 玄徳は壁に吊るされた送別会参加者名簿、……の下に貼ってあるポスターを見てたずねた。


 そこには奇怪な野生動物たちの着ぐるみを身にまとい、珍奇なポーズを決める女性アイドル五人組が写っていた。そのうちの一人、というか一匹、シマウマが赤い丸で囲われ、そこに矢印で「レイカ!」と註が入れられている。そして一番下に赤マジックで次のイベントの日時と場所。さらには、みんな来てね♡の文字。


 どうやらまだ売れていないので、イベントごとの告知ポスターとかはないらしい。


「うーん、まあこれで一人の女性の心の悩みを解消してあげられたと思えば、良かったのかも知れんな。しかし孫子の言う通り、『兵は詭道』だ。人を騙す道だなと、つくづく感じたよ」


「なに他人事みたいに言ってるんですか」


「でも、彼女。送別会には来るんだろ?」


「はい」


「なら、いいじゃねえか。あのままだったら来なかったよ。そしてしばらくしたら、やめていってたろう」


「シボーさんのおかげですね」


「んなんじゃねえよ」

 ちょっと照れ臭かったのだろう。シボーさんはくるりと背を向けて売り場にもどっていってしまった。




 そんなシボーさんと玄徳が、初めて衝突したのは、翌日の昼休憩のときだった。日付は送別会を3日後に控えた23日。シボーさんは玄徳に、「みんなから金を集めろ」と言い出したのだ。


「会費ってことですか?」


「そうだよ」

 当たり前だろという表情のシボーさん。


「あの、その会費って、たとえば当日休んだりしたら、返還するんですかね?」


「するわけないだろ。そのための会費だ。ただし、前日までなら、人数の変更が利くから返還する。問題は当日いきなり休む奴の料金だ。それは店から請求されるから、当然返還しない」


「あ、でも、急に風邪ひいたり、都合が悪くなったりすること、ありますよね? その場合は……」


「急に風邪ひいたり、都合がわるくなったりで、店が料金を請求しないってんなら、当然返還するさ。だが、人数の変更は前日まで。当日は認めない。それが常識だ。よって、事前に金を集めて、当日急に休んだ奴には返還しない。これも常識だな」


「はあ……」


 玄徳は肩を落とした。


「あの、シボーさん、実はぼく……」玄徳は申し訳なさそうに首をすくめた。「前回、南雲さんが開いた送別会、行くって言っといて、当日急に休んでるんですよ。でも南雲さんは何も言わなくて、当然料金の請求も無くて……」


「それ、どういうことか分かるか」

 シボーさんは冷静だった。

「お前が払うはずの料金を、南雲が払ったか、参加者全員で頭割りで払ったかだ。それはおかしくないか? なんでおまえが責を負うはずの損害を、他の人が肩代わりする必要がある。今回もそれをやるか?」


「うーん」玄徳は唸ってしまった。

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