第八計 敵を知り己を知れば、宴会の人数これ危うからず
「参加人数だ」こともなげに答える。「確実に出る人を1・0とする。出る確率が50パーセントの人を0・5とする。その調子で、一人ひとり確率的参加人数を出すんだ」
「あの、
「ああいう、おっさんは信用ならん。人生経験豊富な分、自分の利害であんがい人を裏切る。若い奴の方が、ずっとまっすぐで正直だよ」
「あと、大道寺さんって0・5なんですけど、低すぎません?」
「あいつ、あれで病弱だろ? すぐに体調悪いとかいって、いきなり休んでるじゃないか」
「ええ、まあ」玄徳はうなずくが、一応いつも世話になっている大道寺さんなので、ちょっと弁護してあげる。「でも、新刊書は激務ですし、あの人結構がんばって残業とかもしているし。いろんな雑用みたいなこと、みんなから頼まれて大変だって言ってましたよ」
「大道寺の言うことなんて信用するな」シボーさんは呆れて肩をすくめる。「『論語』にこうある。『言をもって人を挙げず。人をもって言を廃せず』とな」
「はあ」
「人を判断するのに、そいつが何を言ったかで評価するなということだ。そいつが何をやったかで評価しろという教えだよ。言動ではなく、行動で評価しろ。大道寺が何をした? 幹事をやろうとするお前を手伝って、具体的になにか動いてくれているか? 偉そうに出席者名簿に書いた自分の名前を○で囲んだりしているが、お客様みたいにふんぞり返って、『飲み放題のところがいいよ』とか『始まる前に何人かでちょっと飲みに行こうよ』とか、『会費にすこし色をつけて南雲さんにプレゼント渡そうよ』とか、偉そうな態度で意見だしているばかりじゃないか。もう一度言う。人を評価するのに、そいつが何を言ったかではなく、そいつが何をやったかで評価しろ。事実、みんなのために一生懸命やってくれていた南雲の送別会をやろうとしたら、行きたいという人が120人も集まっている。ちがうか?」
「はあ、たしかに……」
大道寺さんは南雲さんの送別会に対して、ああしよう、こうしようと意見を出してくるが、実際になにか動いてくれているわけでもない。もっと言うなら、最初のプレゼント計画を台無しにした張本人でもある。
「だが、『論語』の中で孔子は、この言葉に下の句をつけている。『人をもって言を廃せず』だ。ここが『論語』の、ひいては孔子の凄いところだな。それが、信用ならない奴が口にした言葉であったとしても、言葉自体の価値は一切下がらないぞ、とそういうわけだ。だから、大道寺が言ったからといって、『飲み放題がいい』とか『プレゼントを出そう』とかいうアイディアが決して悪いということにはならない。玄徳、そこは偏見を廃して一考しておけ」
「はい」
なるほど、奥が深い。
「玄徳、夕方からは毛塚主任にたのんで、店の電話を連絡に使わせてもらおう。じゃないと、みんな出てくれない」
「あ、それいいアイディアですね。分かりました。そうしましょう」
シボーさんと手分けして、リストにあった全員になんとか連絡を取り終えたのが、2日後。昼休憩のとき。
最後の人の参加確率人数を書き込んだシボーさんは、電卓を片手にすべてのメンバーに振られた数値を合計していった。最大1・0、最低0・1。トータル122人分。その数値を合計した人数は……。
「42・2?」
シボーさんは首を傾げた。
「42人……」
玄徳も反芻する。122人の参加者リストのうち、実際に参加する人数の予想数値が、42だ。感覚的にこれは随分少ない人数に見える。これ、正しいのか?
「よし、45人で予約をとりにいこう」
シボーさんが決断する。
「マジすか」 玄徳は息を呑んだ。
もし大幅に予想を外して、たとえば参加人数が80人とかになったら、どうするのだろう?
「これが、現状叩きだせる参加人数だ。いまはこの人数で会場を確保するしかない」
「最悪の事態って、やっぱ会場が確保できなくて、送別会がなくなるってことですかね」
「もちろんそうだが、それはないだろう」シボーさんはひとつうなずく。「たとえば、前日になって急に参加したいって人が20人いれば、その場合は参加を断ればいい。全然問題ないよ。常識の範囲内だ。というか、断るべきだ。事前にきちんと『参加します』と確約している人を優先するのだから問題ない。ここからはもう、この作戦ラインで突き進めないと、どうにもならん。人数が変わるたびに、会場変えたり、日時を変更はできない。26日、会場は45人入る場所で決定。それでシンプルに行こう。みんなにもそう伝えるんだ」
「調整はしないってことですか?」
「しない。すれば混乱する。120人いるんだぞ」
「ですね」
玄徳はうなずく。
シボーさんはシニカルに笑う。
「『孫子』にいわく。『激水の石を漂わすにいたるは勢なり』だ。川底の石が動くのは、水の流れに勢いがあるからだ。もうみんな、そのつもりになってきている。この勢いにのって、送別会を開くぞ。兵はすでに動き出している。止まらないからな」
シボーさんは、すっと立ち上がって仕事にもどっていった。
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