第七計 計数をつかおう



「いえ、でも」玄徳はなんとかこの場を取り繕おうとした。「一応声を掛けるだけで、実際には来ない人が多いと思いますよ。日付と会場が決まったら、連絡くださいって人も多くて、都合がつくかどうかは……」


「玄徳ぅ」シボーさんは、やれやれといった風に首を廻した。「万が一、全員の都合が良かったらどうする? 100人以上が入れる会場は、そうそうない。あるとしても、早めに抑えないと、急には無理だぞ。たとえば26日の1週間前、19日に『100人でした』となっても、その段階で100人入る会場の手配は不可能だ」


「あ、じゃあこうすればいいですよ。いまの段階で、120人だった場合の会場、100人だった場合の会場、80人だった場合の会場って具合に、どんどん抑えちゃって、直前でキャンセルするんです」

 素晴らしいアイディアだと、玄徳は心底思った。


「会場ってのは宴会場だから、料理が出る場所になるな」シボーさんは腕組みした。「そういった場所は、大人数の場合、内金を取られることがある。つまり手付金だな。そうしないと、お前みたいにテキトーに押さえておいて、あとでキャンセルって輩が増える。が、それでは会場となる店舗の経営が成り立たない。内金はどうする? 相当な額になるぞ」


「えーっとぉ」


「問題を整理しよう。人数が決まらないと、会場が決められない。会場を事前に抑えないと、最悪の場合、当日会場がないなんて事態を招きかねない」


「じゃあ、みんなに連絡して、出席できるかどうか確認しましょうよ」


「はっきり返答できるやつばかりだといいが、いま現役でうちの店にいない連中ばかり100人だ。やはり振れ幅が大きすぎるな」


 シボーさんは顎に手を当てて、考え込んだ。


「あの……、すみませんでした。ぼくが安請け合いしましたから。なので、ぼくの方からみなさんにはお断りの連絡をします、よ」


 シボーさんは、ちらりと目をあげた。眼鏡の奥で黒目勝ちの瞳がきらりと光る。

「おまえは、どうしたい? 道として、どうすべきだと思う?」


「そりゃあ、全員呼びたいです。みんな南雲さんを見送りたいって人たちばかりですから。その気持ちはぼくもおんなじですし」


「ふぅむ」

 シボーさんは大きくため息をついた。

「仕方ない。計数を使おう」


「ケースー? なんですか、それ?」


「三国志の智将・司馬仲達ちゅうたつが一度、敵の天才軍師・諸葛孔明を追い詰めたことがある。司馬仲達は孔明の居場所を補足したとき、猛烈な電撃作戦でそれを包囲したんだ。その電撃作戦を成し得たのが、計数さ。つまり数字だ」


「はあ」


「司馬仲達は、孔明すら予想できない速度で軍勢を移動させた。兵士たちに一切余分なものを持たせず、必要最低限の兵糧で超高速進撃を強いた。人が1日に進む距離には自ずと限界がある。すると、移動に要する最低日数がでる。それに必要な最低限の飲料水と兵糧を計算し、それのみを満たせて進軍させたんだ」


「で?」


「孔明は、司馬仲達に包囲される。だが、天才軍師・諸葛孔明は、史実かどうかは怪しいが、『空城くうじょう計』という計略を使って難を逃れた。すべての城門を開き、兵を去らせ、ひとり城壁の上で琴を爪弾かせて司馬仲達に見せたという。この報告をうけた仲達は、これは孔明に策があり、なにかの罠が仕掛けられていると疑い、全軍に撤退を命じたという」


「なるほど。では今回はその『空城計』で……」


「ちがうよ、『空城計』でどうするんだよ。いや、あたしも余計な話をし過ぎた。今回は司馬仲達の使った計数を使う。とにかく玄徳、そこにあるリストの名前全員に、送別会の日付と時間を伝えろ。会場は未定だ。いずれにしろ、池袋以外でやるわけにはいかない。池袋だ、とだけ伝えればいい。この作業を、そうだな、時間帯が夜だけだと連絡つかない奴らもいるだろうから、昼休みと、午後休憩と、仕事が終わってから、一気にやろう。あたしも手伝うから」


「全員呼ぶんですか?」


「そうだ。全員呼ぶ」


「だいじょうぶなんですか?」


「わかるもんか。ただ、数字を信じるのみだ。まあ、なんとかやってみるよ、少しは軍師らしいこともしなきゃならないからな」



 玄徳たちがバイトしている大公堂書店は、池袋の百貨店の10階にある。

 百貨店には社員食堂があり、だいたいの従業員は昼食にここを利用していた。


 社員食堂の一角に席を確保した玄徳とシボーさんは、リストの紙を広げて、参加予定リストにある電話番号に片っ端からかけまくる。


 何件か掛けてみて、留守電につながり、事情説明を録音した玄徳は、シボーさんに訊ねた。


「あの、これ、メールとかラインとかで一斉に連絡ってわけにいかないんですかね?」


 シボーさんはつぎの電話番号をプッシュしながら、目線も合わせず回答する。

「相手の反応を見たい。情報は多い方がいいからな。だいたいアドレスやらIDやらは入力が大変だぞ。──あ、もしもしー、大公堂書店で一緒でした、子房しぼうですけどー。おひさしぶりー」


 シボーさんのよそ行きの声に、玄徳はため息をついて、次のリストにある名前に電話をかけた。


 いきなり知らない番号から掛かってきても、通話ボタンを押す人は少ないんじゃないかと思っていたら、つぎの有村さんという人は電話に出てくれた。


「あ、どうも、初めまして……」


 玄徳は自己紹介し、事情を説明する。気のいい感じの男性は送別会の知らせに喜び、自分に声を掛けてくれたことに感謝の意を表してくれる。が、26日は都合が悪いという返事。


 玄徳はリストに記入。


 次の山岡さんは、出られそうだという解答。

「うわ、ちょっとまだ、予定立たないなぁ」

 やわらかい感じの男性の声。


 玄徳は出席を意味する○を記入した。


「山岡か、どんな調子だった?」


「えっと、『うわ、ちょっとまだ、予定立たないなぁ』って」


「ふむ」

 シボーさんは少し考え、山岡さんの名前の横に0・3と書き込む。


「そろそろ時間だな。もどろうか」


「ええ」


 玄徳は参加者名簿にシボーさんが書き込んだ数字を見渡す。


「これ、なんなんすか?」


 計数を使おうと言い出したシボーさんがやったことは、すべての参加者および参加者候補の一覧を作り、そこに一人ひとり数字を書き込む作業だった。

 参加しますと答えた現役メンバーにはすでに全員数値が振られている。



 いまリストの記載され120人の名前のうち、約3分の1に数値が書き込まれていた。



 玄徳の問いにシボーさんは、ひとこと、こう答えた。


「参加人数だ」



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