第六計 部隊は精鋭を中心に編成す



 南雲さんに、送別会の日取りは26日水曜日で良いかと確認を取ったら、結構喜んでくれた。

「悪いわね、ささやかでいいから」

 と優しい笑顔を向けてくれたが、決して社交辞令ではない。それが証拠に、いままで見たことないくらい、その頬が綻んでいたから。



 玄徳は2レジにもどり、まずはそのことをシボーさんに報告する。

 それにしても、いまはバイト中である。そして玄徳の所属は1レジ。いまは担当である新書の新刊納品をなんとかしないといけないのだが……。


「あ、シボーさん。あと南雲さんが言ってたんですが、飯山さんって昔いた社員の人しってます? なんかそのひとも参加したいから、加えくれって」


「飯山? ああ、あの群馬の姉ちゃんか。大宮店に異動になったんだよな。南雲が呼べってんなら、断れないな」

「ええ、じゃあ、よろしくお願いします」

「バカモン。名簿はお前が作れ。幹事だろう」

「いや、そうですけど」

「しかし……」シボーさんは顎をこすって考え込んだ。「送別会の情報があちこちに飛び交っている気がするな。あんまり参加メンバーに増えられても、指揮官が玄徳じゃあ制御できなくなるぞ」

「お願いしますよ、軍師ぃ」

「うむ」


 なにやら考え込んでいるシボーさんは、生返事を寄越してた来た。

「とにかく、玄徳。今日の昼休み、おまえ休憩が一便なら、一緒に出たやつら全員に送別会の誘いをかけろ。26日水曜日、18時スタート。場所は池袋。会場は未定だ」


「会場未定でいいんですか?」


「人数が出なければ、会場は決められない。前回使ったとかいう『豆蔵まめぞう』は、15人が限界なんだろう? もし万が一、人数が増えて20人になったら、別の会場を手配する必要がある。いまの段階で、人数の概算、すなわち宴会のスケールを把握する必要がある」


「はあ。じゃあ、名簿作りますね」


「声掛けは、おまえ一人でやれ。いま手分けしてやると、だれを中心に情報を集めていいのか、みんな分からなくなる。特に、外部から口コミで参加要望が集まってきている今は、あたしとおまえとで動いたら、却って見落としがある。いまは名簿も仮の物で、公表はするな。参加者一覧は、明日、いや明後日に公開しよう」


「参加一覧を公開する必要あるんですか?」


「あるよー」シボーさんは悪魔的な笑顔を浮かべた。「まず、誰が来るか分からない宴会には不安がつきまとう」


「たしかに」自分がそうだった。それが理由で前回ドタキャンしたのだ。しかも連絡もせず。


「逆に具体的な参加メンバーが分かっていると、みんなそれを見て期待を膨らませるものだ。ただし、その名簿!」びしりとシボーさんは玄徳を指さして、声をひそめた。「名前が書かれている順番が、超重要だ」


「え、そうなんですか?」


「YES。よって、あと2日で人数を出せ。そのあとで、参加者名簿公開だ」





 猶予は二日もあったので、店の全員に聞いてまわることができた。


 面倒見がよく、人望の厚かった南雲さんの送別会ということで、みなが二つ返事で参加を承諾してくれる。日付が26日と聞いたら都合が悪いという人も若干名いたが、うち何人かは、悪い都合をなんとか良くして参加してくれるとも言ってくれた。


 これもすべて、南雲さんの人徳だろう。

 まずは道。南雲さんの送別会を開くことは、人の道としてやはり正しかった、やるべきことだったのだと、玄徳は自信を深めた。


 出来上がった参加者裏名簿を持って、玄徳が2レジを訪れたのは、3日目の朝。朝礼前の早い時間帯だった。


 まだ出勤している人の少ない売り場で、シボーさんは一人、レジ内で書き物をしている。

 玄徳が近づくと、ちらりと一瞥して、すぐに作業にもどる。


「裏名簿はできたか?」


「はい」


 玄徳は参加者リストのメモをシボーさんに渡す。


 ざっと一瞥したシボーさんは、眉を顰めた。


「多くないか?」


「多いですよ。さすが南雲さん」


「まあ、仕方ないか。来るなとも言えないしな」シボーさんは苦笑する。たしかにその通り。来るなとは言えない。


 シボーさんは、『南雲さん送別会のお知らせ』とマーカーで書かれた下に、まず南雲さんの名前を書いた。つぎは松山玄徳(幹事)と書き加える。


 ここから下は、一般参加者。シボーさんは、玄徳が渡したメモ書きの名簿から、名前を綺麗な字で書き写し始めた。


「え? なんでガンタからいくんですか?」


 シボーさんは、上から五番目にあったガンタの名前を一番上に書きだしたのだ。

 ガンタとは、インフォ所属の岩田くんのことで、専門学校生。声が大きく、明るい性格。比較的若手の部類になるが、彼のことを嫌ったり、疑ったりする人は少ない。


「三国志の英雄曹操が言うにはな、部隊の編成は精鋭を中心に行えと言うことだ。ま、言われてみれば当たり前の話なんだが、それにならってここではまず岩田を中心にそえる。こいつがトップなら、みんな安心する。これが大道寺だったりしてみろ、みんな不安になる。で、次は……」


「え、飯山さん?」

 異動になった社員の人である。


「あいつも、人望が厚い。それに、飯山が来てくれると知れば、出たいという人も増える」


「でも、人数が多くなってきているんですよね?」


「それはなんとかしよう。で、ここに筒井ね。可愛い女子で男を釣る。あとは大道寺でもオータニでも書いておけばいいや。あ、毛塚主任も来てくれるのか。主任は下の方な。社員主体にしちまうと、堅苦しいイメージになる」


「はあ」


「まあ、こんなもんでいいだろう」


 シボーさんが書きだした名簿一覧は、バインダーに挟まれ、マグネットのフックで休憩室の壁に吊るされることになった。現在決まっているメンバーは実に18人。居酒屋『豆蔵』を会場にすることは、すでに難しくなってきていた。


「どこか、会場、探さないとダメですね」


 休憩室の壁にぶら下げた『送別会のお知らせ』を眺めながら、玄徳はぽつりとつぶやき、手にした二枚目の名簿に目を落とした。


「そうだな、……って、おい、玄徳! それなんだ?」


「ええ、未連絡リストです。みんなから声かけてくれって言われた、昔いたバイトの人とか、他店に異動になった社員の人とかのリスト」


「おい、ちょっとまて、それ何人いるんだ」シボーさんは、玄徳の手からレポート用意を奪い取った。

 細い指を走らせて、書かれた名前を素早く数える。


「……おいおい、冗談だろ。全部で100人以上いるじゃないかっ!」


「いや、全員来るとは限りませんから」


「限りませんが、じゃあ、何人くるんだよっ! このスカポンタンがあっ! これじゃあ、参加者の人数が18人から120人の間になっちまってるじゃないか!」




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