魔王の能力は瞬間移動

荒い息を吐く者が1人、否、1体いる。


対する者は5人、男が2人に女が3人、皆息も乱さず、その1体を注視している。


「さぁ、そろそろ終わりにしようか魔王」


男の1人が言う。


「お前のスキルは魔王という以外、結局分からず仕舞いだけど、まぁ、仕方ないか。実力差がありすぎたな」


「あぁ、そうだな・・・」


深く息を吸い、呼吸を整えてから、魔王は静かに言う。


「そろそろ終わりにしよう、勇者。この下らない茶番劇に幕を下ろそう。驕り囀る勇者に正義の鉄槌を下そう」


そう言って、魔王は男の1人、勇者に冷笑する。


勇者は魔王の言葉に、わずかに青筋を立て、ミシリと剣を握る。


「へぇ、魔王なんてものにも正義があるのか。に相当未練があるらしいな」


勇者が口の端を歪ませて凄む。


そんな姿を見て、やはり、魔王は冷笑した。


「鏡を見たらどうだ勇者?お前の方が余程魔王だぞ?」


勇者の上がっていた口角が下がる。


勇者はゴミを見るような視線で魔王を見たまま、口を開こうとして、しかし、言葉は別の者の口から出た。


「いい加減にしてもらおうか魔王。どれだけこちらを揺さぶろうが、貴様の終わりは確定している」


そう言い放ったのは、勇者の隣にいる男。


確かスキルは魔術士だったか。


「ふん、事実を言っているだけなのに、勝手に揺らいでいるのは貴様らだろうに」


魔王は冷笑を崩さない。


魔王と勝手に決めつけられ、その運命に翻弄され、死を定められてからも、必死にかつ強引にその定めから逃れようとしてきた者としての矜持がその笑みを絶やさせない。


「のうのうと、余裕綽々と、生を謳歌していた貴様らにはその程度で揺らぐほどの精神しか持ち得んよ。児戯にも等しいやりとりしか経験してこなかったのだろう?」


冷笑を顔に貼り付けたまま、魔王は言葉を続ける。


「後ろの女たちは、勇者がこうまで言われているのに、何1つ言い返さないのだな」


魔王の言葉にビクッと肩を震わせる女3人に、魔王の笑みはさらに深くなる。


口から緑色の瘴気を放ち、牙を輝かせながら魔王は冷酷に笑う。


「クック!なんだ、言い返さないのじゃなく、言い返せないのか!」


魔王の言葉に、女たちは獲物を抱えて後ずさる。


攻めているのは勇者たちなのに。


魔王はあと少しで死にかけているのに。


女たちはまるで自分の身を守るかのように、獲物をで体を隠す。


そこまでして、魔王は冷笑を消して、静かに女たちに問う。


「・・・なぁ、シャイン、モードモール、アイン姉さん、そんなに俺が怖いかい?」


かつての妹に、かつての同僚に、かつての初恋の人に、魔王は優しく問いかける。


呆然と、女たちは魔王を見つめる。


覚えているとは知らなかったのだろう。


記憶が残っているなんて知らされていなかったのだろう。


思わなかったのだろう。


かつての俺と彼女たちの絆の浅さに、少しだけ悲しくなった。


その表情を読み取ったのだろう。


勇者は再び醜く笑う。


「アハハハハ!魔王でも悲しいなんて思うのか!滑稽だな!憐れだな!」


先ほどからの言葉を聞いていれば、どちらが勇者でどちらが魔王なのか分からなくなる。


それでも、神から授かりし絶対のスキルは、今の立ち位置で良いと、当たり前のようにそこに存在している。


『なんで魔王のスキルを神から貰うんだろうな?』


きっと魔術士やかつての妹たちはそのことに疑問すら持ったことがないのだろう。


そうだろう、そう言う風に造られたのだから。


そうだろう、この勇者がそう言う風に造ったのだから。


「さぁ、お喋りは終わりだ魔王よ!ここで果て、人々を解放するがいい!」


そう言って、勇者は神から与えられし聖剣を強く握る。


先ほどの動揺からとは違う、殺意を込めた握りだ。


『俺がいつ人々を閉じ込めるようなことをしたのだろうな』


対する魔王は、静かに自然体でその姿を見ている。


「諦めよ、魔王!」


魔術士が援護とばかりに魔法で魔王の足を拘束する。


かつての妹たちは、どうしたら良いか分からないように、魔王と勇者を何度も見比べていた。


『それでいい、そのままでいてくれ。君たちを殺したくはない』


魔王の目の前で極限にまで溢れた聖剣の極光をしばし眺める。


心の醜さをその聖剣が反映させてくれたら滑稽なんだがな、と自分の嘲りに苦笑をこぼしてから、全力で己が身に宿る魔力を解放する。


これが魔王のスキルに与えられた能力、ただ、魔力が無尽蔵なだけ。


特別な魔法が使えるわけでもない。


特殊な行動がとれるわけでもない。


だが、対魔法防御アンチマジックにはもってこいの能力だ。


だから、足を拘束する魔法が、内側から溢れた魔力に耐えきれず、決壊する。


「ぐっ!流石は魔王!」


「ああ!だが、もう終わりだ!」


そう言って極大まで膨れ上がった聖剣を振り下ろそうとする。


それを見て、なお、魔王は冷笑を浮かべる。


「だから言ったろう?茶番劇に幕を下ろそうって----」


ズドン、と衝撃が広間に走った。


それは、勇者が聖剣を振り下ろしたがために生まれたものではなかった。


魔王の手元、いずこからか取り出した普通の剣がだった。


「--------え"」


濁った声を出し喀血する勇者に対し、魔王は握った剣を90度返した。


グジャッと嫌な音を立てながら、勇者の心臓が終わる。


勇者が大量の血を吐きながら、聖剣を落とす。


乾いた音に吸い込まれるように、勇者の「なんで」と言う声が聞こえた。


「驚いたな、これで即死ではないとは。伊達に勇者のスキルをもっているだけあるか」


そう言って、差し込んで捻った剣を真横へ力任せに振り抜く。


大量の血が吹き飛び、かつての妹たちの服や顔を汚した。


血だまりに沈む勇者を冷静に見下ろし、そして、魔術士の方を向く。


「ヒィッ!そ、そんな!これは何かの間違い----」


魔術士の言葉は突如魔術士の目の前に現れた魔王の姿に消えていく。


「た、たすけ----」


首が吹き飛ぶ寸前にそんな声が聞こえてきたが、気のせいだろうと首を鳴らす。


その時、背後で身じろぎする音が聞こえた。


女たちではない。


驚いたことに、勇者からであった。


「魔王かよ」


かつて人間だった頃のような口調でそう言ってしまう。


そのことと自分の言葉に自嘲しつつ、勇者に近づいていく。


「ガボッ・・・ま・・・おう!ゴボッゴボッ・・・・・・おま・・・えののう・・・りょく・・・は」


「折角死の間際に見せてやったのだから、きちんと把握しておけよ勇者」


勇者の元へ近づき跪きながら、勇者に冷笑を浮かべて言葉を綴る。


「折角だ、もう一度味わいながら死ね。おっと、教えといてやらねばならんな、俺の本来のスキルは伝令、能力は瞬間移動だ」


そう言って勇者に触れると、勇者の姿が消え、広間の天井付近に現れる。


空中を落ちていく間、勇者は何を思ったのだろうか。


少しは自分の行った悪行を悔いただろうか。


死を恐怖しただろうか。


女たちに助けを求めただろうか。


自分の過ちに気づいただろうか。


そんなことを思いながら、魔王は落ちてくる勇者に剣を振り下ろす。


上半身と下半身が分断され、それぞれが勝手な方向へ飛んでいき、潰れた。


その瞬間、魔王の体が光に包まれる。


暖かく、優しい光だ。


およそ、が身にまとうはずのない光だ。


光が広間に満ち、そして、魔王のいたところに現れた青年へと収束する。


「ああ。ようやく。ようやく終わった。終わったんだ」


剣を零し、両膝をついて天に握りこ拳を掲げる。


「やったんだ!!!」


こうして、勇者の伝説は幕を閉じた。


実にくだらない茶番劇だと、神も嘆くだろう。


だが、これでいい。


勇者の伝説に悲しい結末で終わる物語は存在しない。


故にこの物語もある意味正しく勇者の伝説だ。


この結末に悲しむ者は誰もいないのだから----

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