十七
[キリト目線]
救護室の隊員達には取り敢えずの箝口令を敷き、その夜幹部会を開く。
ミズキはまだ自室で目を覚まさない。
俺は皆に昼間の出来事を伝えた。
「―――という事だ。…そろそろ頃合いだと思う。全隊員にミズキの正体を明かして、吠狼隊全員でアイツを護る。いいかタケヤさん」
「あぁ。今日の事もあるし、隠しておくにはもう限界だ。ここ等で隊内の意を纏めておかなきゃ、いざって時に浮足立っちゃ堪らんからな」
うん、と頷く一同の後、コウが口を開いた。
「しかし…歌で傷を癒やしちまうとはな…何ともミズキらしいな」
タケヤさんが続いた。
「そうだな。俺は元気だが、実に癒やされた。まるで風呂にでも入っているような心地だったよ」
確かに、気持ち良すぎて全身が総毛立ったのを思い出す。
ライタが頭に手を当てた。
「俺も聴きたかった〜!」
それに、現場に居なかった全員が大きく首を縦に振ったのをケイキさんが抑える。
「今のミズキの様子を診ると、とても多用は出来ないよ。おいそれと唄をねだらないようにね。それじゃ、各班員を呼んできてくれ」
昼間、何やら騒がしかったのと、緊急幹部会議で皆も何かを予測していたのか、思いの外早く集まる。
そこで俺は、昼間の出来事と合わせてミズキが"導き"である事と"女"である事を告げた。
見渡せば皆一様に驚いてはいたが、反発的な空気はない。
「皆いいか!これは重要機密事項だ!漏らした者はその命をもって贖ってもらう!」
ざわめく広間にケイキさんが更に付け足す。
「事は一隊、一国の問題じゃない。この世界の命運がかかっている事を重々承知してもらいたい」
タケヤさんが締めた。
「皆、導きと聞いて慄いてるかもしれんが、ミズキはミズキだ。対外的には今まで通り対応して貰いたいが、いいか。導きと呼ばれる女を護ってる事に誇りを持って従事して貰いたい!」
一同は、その咆哮でもって応えた。
その後、報告の為にミズキの部屋を訪れる。
目を覚ましてはいたが、起き上がるまでに回復はしておらず、その身体をグッタリと横たえている。
隊員達に正体を明かした事を短く伝えると、ミズキは不安そうにその瞳をまたたかせた。
「…怖いか?」
逡巡した後、コクリと首を動かす。
「…俺…これからどうなるんだろう…」
「安心しろミズキ。お前の事は俺達が…吠狼隊が護る」
俺が、と言えなかったのは、まだ自身の中で迷いがあったからだ。
何があっても護り切る自信はあるが、それをミズキに伝えられずにいるのは己の弱さ故だと解っていた。
クタニの事も、気になってたのは事実だ。
アイツは想いを告げたのか?お前はどう答えた?
こうして話していても、胸の内では別の事でいっぱいだった。
(…俺は恐れているんだな…)
ミズキを受け入れる覚悟もないくせに、誰かの物になってしまうのを…。
そうだ…俺はミズキを離したくないと思ってる。
離したくないんだ!クタニにも誰にも渡したくない!
その時、ミズキの瞳から零れ落ちた涙を、我知らず拭っていた。
「…お前は、俺の前ではよく泣いてるな…」
「ごめんなさい」
「構わない…」
むしろ、その心弱さを見せるのが俺だけであるようにと願う。
「…もう少し寝ろ。まだ夜は長い」
ミズキは右手を少しだけ出してせがんだ。
「少しの間だけ…手を…」
「………」
今迄見せたことのない甘えに胸が疼く。
緊張からか、冷えた手は酷く心細く感じた。
[キリト目線終わり]
私はいつもの様に身支度を整えて、いつもの様に台所に向かう。
しかし、当番の3人は何処か余所余所しかった。
原因は解っている。
昨夜、キリトから私の正体を聞いたせいだろう。
皆、導きである私への対応に悩んでるようだった。
その内以前のように戻れる事を願って、私はいつもの笑顔で仕事に当たった。
でも、自身も変わらなければと思う。
私が導きとして此処に居るならば、ただ護られる為だけの存在として居たくなかった。
昨晩、必死に考えた結果、私は常に鼻唄を歌う事に決めたのだった。
医療の勉強はしつつも、いざという時に疲れて唄が歌えずに誰がを失ったとしたら、それこそ導きで居る意味が無い。
私の癒やしの力に許容があるとして、訓練で大きくしていけば、より多くを助けることができるかも知れない。
兎に角、1節歌って息切れなんて私自身が納得出来なかった。
より大きな効果を期待して楽器を購入するのもいいかも知れない。
護られるばかりではなく、私も吠狼隊の皆を…キリトを護りたいと思った。
不安がってるだけじゃ駄目だ。それが私がここに在る意味だ!
朝食の片付けが終わった頃、3人の隊員が突然頭を下げた。
「ミズキさん!すみませんでした!」
「へ?」
「…俺達…ミズキさんを…は、華屋なんかに連れてったりして…」
「あ〜。平気だよ。結果、何もなかったんだし」
「それでも…すみませんでした!」
3人は真っ赤になりながら頭を下げたと思ったら、脱兎の如く去っていった。
(…目も合わせなかったな…。人間関係、いちからやり直しか…)
やはり、男世帯に女1人というのは異分子なのだ。
キリト達が私を男として隊に留めたのは、ある意味正解なのだと改めて思う。
そして、私には片付けなければならない問題が1つあった。
見回りから帰ってくるクタニを待ち伏せて声をかける。
「クタニ…少し話があるんだ…」
「…いいよ。向こうに行こうか」
クタニは何かを感じたのか、人気のない方へと促した。
暫くの沈黙も、何も言わずに待っていてくれる。
「あの…クタニ…。俺、クタニの事は好きだけど…その…恋人としては見れないというか…だから、ごめんなさい。でも、ありがとう」
「これからも希望は無いのかな?」
「…俺には好きな人が…居る…」
「その人に想いは告げるの?」
私は首を振った。
「どうして?」
「…俺は導きで…その人は導きの俺しか必要としてないから…」
自分で言ってて涙が出そうになる。
「…だから…俺は導きでいようと思うんだ」
「それは、逃げてるだけじゃない?」
「!!」
「想いを告げる前にどうしてそんな事が解るのさ。…想いを言葉にするのは怖いよ。でも、好きな人には好きって伝えなくちゃ」
クタニはいつもの穏やかな笑顔でいる。
「俺はミズキが好きで、その隣に居たいと思ってたけど、ミズキの幸せも願ってるんだ。自分を卑下して遠慮してるミズキは見たくないな。前にも言ったけど、導きだからって何?ミズキはミズキじゃないか。ちゃんと1人の女の子として想いを告げてごらんよ。そして、フラレたら俺の所においで。慰めてあげるから。勿論、下心有りだけどね」
茶目っ気溢れるウィンクをしてクタニは去っていく。
キリトにフラレたらクタニに、なんてズルい女にはとてもなれなかったけど、本当に良い人に好いて貰っていたんだと思う。
私はクタニの広い背中に、感謝と謝罪を込めて深々と頭を下げた。
(…逃げてるだけか…確かにそうかもしれない…。私は拒否されるのを恐れてるだけなのかも…)
クタニは、また新たな難題を私に投げかけたのだった。
それから私は掃除や洗濯中等、可能な限りで鼻唄を歌うようにした。
最初の内はたかが鼻唄でも多少の倦怠感を覚えたが、5日もするとそれもなくなってくる。
そして6日目の休日、コウにお願いして楽器を見に出かけた。
見回りに出ている皆に比べれば少ない方だが、私にも給料は出ていた。今迄使い道もなく貯まりに溜まったお金の使いどころだ。
コウと並んで歩いている時、私はずっと引っかかっていた事を告げた。
「コウ…ごめんなさい」
「何だよ、いきなり」
「…アツキの事…俺が歌ってたらアツキは…」
「…過ぎた事だ。あの時はお前も俺達もその力を知らなかったんだしな。…気にすんな」
優しく頭をポンポンしてくれる。
程なくして楽器店に到着すると、私は早速自分が扱えそうな楽器を見繕う。
日本でストリートミュージシャンをやっていた時はクラシックギターを弾いていたので、私はかなり軽い気持ちで店を覗いた。
が、有るのはモンゴルの馬頭琴や二胡のような2本だけの弦を弓で弾くものが主で、軽く絶望する。
そして、店の奥の片隅でホコリを被ったある物を見つけたのだ。
琵琶のような形の6弦の楽器である。
店主に聞けば、異国からの渡来物で誰も弾くことが出来ずに置きっぱなしになっているとの事。
手に取って弾くと、ギターよりも軽く、涼やかな音が響く。
形は琵琶のようだが、造りはギターに近いモノを感じて、私はこの名もない楽器を購入する事に決めたのだった。
店主の好意で弦を張り替えて貰い、売れ残りだからと負けて貰えたので、手持ちでなんとか足りた。
持ち帰って早速弾き始める。部屋にはコウとライタが居たが、宿所に響き渡る音色に何人かが集まりだす。
初めはドレミを弾くのも戸惑ったが、音と指の位置はやはりギターのそれと似ていたので、直ぐに要領を得る。
音は琴や三味線に近い。
久しぶりの音楽に私の気分は高揚し、我知らず歌い出していた。
1節を歌い終えても息切れをする事がなかったのは、やはり日頃の鍛錬のおかげだろう。
すると集団から拍手が沸き起こった。
いつの間にか数十人に増えていた観客に、私はストリートをやっていた時の喜びを思い出していた。
ライタが興奮気味に詰め寄る。
「おいスゲーなミズキ!何かこうふわふわって身体が浮き上がるような感じだったぞ!」
「そ、そう?ありがとう」
「ホント、何処の旅芸人にも負けないよね」
いつの間にかクタニも居たが、以前と変わらない態度がありがたかったので、私も笑顔を返す。
こうして、宿所ではたまにワンマンライブが行われ、私の唄の許容量も徐々に増えていった。
この空の下で君に詠う ハル @ha_ru_
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