2-3

 家に帰ってリビングに入った瞬間、くらりと眩暈がした。

 リビングの真ん中に座布団が四つ敷いてあり、そのうち三つに人が座っている。まずは部屋着の母さん。その向かいに黒澤。そしてその隣に、スーツ姿になったジャージ男。母さんの隣の空きは僕の席だろう。座りたくなさすぎる。

「ヒロくん!? そんなに怪我してたの!?」

 母さんが驚きを露わにする。だからさ、人前で「ヒロくん」は止めようよ。頼むからTPOを弁えて。本当は家でもイヤだけど我慢してるんだからね?

「大丈夫だよ。どうってことない」

 空いている座布団に座る。正面のジャージじゃないジャージ男――確か、木崎とか呼ばれてたっけ――が僕にガンを飛ばしてくる。黒澤がピッと背中を伸ばした綺麗な正座を示しながら、朗々と言い放った。

「それではご子息もいらしたことですし、改めまして」

 黒澤が両方の手を自分の膝の前に置いた。そして額を床につけ、謝罪を告げる。

「この度はうちの若い者がご子息を傷つけてしまい、大変申し訳ありませんでした。治療費は色をつけて全額うちで払わさせて頂きます。当人も深く反省しておりますので、どうか穏便に対処願えれば幸いです。よろしくお願いいたします」

 ――そこまでやるんだ。

 素直に、驚いた。母さんから黒澤と木崎が謝罪のためにうちに来た話を聞いた時は半信半疑だったけれど、こうやって目にしたら信じざるを得ない。確かにヤクザが中学生を病院送りにした傷害事件は表に出たら不味いんだろうけど、もっと脅しを織り交ぜてくると思っていた。今の世の中、僕が思っている以上に暴力団は肩身が狭いのかもしれない。

「あの」母さんが口を開いた。「謝る人と、謝る相手が違いませんか?」

 黒澤が頭を上げた。唖然とする僕の横で、母さんが滔々と語る。

「私、こんな大怪我だなんて思っていませんでした。本当に怒ってます。これはね、ダメですよ。保護者が保護者同士で片付けちゃダメ。その子のためを思うなら、その子が息子にきちんと謝って下さい。そうでしょう?」

 母親モード。ヤクザ相手でも発動するのか。さすがに驚く。

「……その通りですな」

 黒澤が木崎を「瞬」と呼んだ。下の名前だろう。木崎はむすっと唇を尖らせる。

「オレの謝罪なんか、叔父貴の謝罪に比べたら何の価値もないっすよ」

「それは俺たちの理屈だ。今はそうじゃねえだろ」

「でも……」

「俺に恥かかせるつもりか?」

 木崎の肩がビクリと上下した。そしてしぶしぶ両手を僕の前に差し出し、黒澤よりもだいぶ緩慢な動きで頭を下げる。

「……すいませんでした」

 言わされている感全開。まあ僕は謝罪が欲しいなんて思っていないから、誠意が足りないとか面倒なことを言うつもりはない。ただ――

「許してもいいですけど、一つ条件があります」

 右の人さし指を立て、黒澤につきつける。

「黒澤さんとサシで話をさせて下さい。倒れる前の話は、まだ終わっていません」

 木崎が勢いよく頭を上げた。そして敵意剥き出しの目で僕を見る。僕が自分をダシに黒澤を動かそうとしていることが気にくわないのだろう。だけど当の黒澤は顎鬚を撫で、どこか上機嫌な様子だ。

「俺は構わねえが……」

 黒澤がちらりと母さんに視線をやった。僕はすさかず母さんに話しかける。

「心配しないで、母さん。何かあったら連絡するから」

 母さんが僕を見て、黒澤を見て、また僕を見た。はあと疲れたように息を吐き、しみじみと呟く。

「ほんと、カッコつけなんだから」

 母さんが玄関に向かった。黒澤に「瞬」と声をかけられ、単語一つで動く軍用犬みたいに木崎も立ち上がる。そして事務所で見たのと同じ右足を引きずる歩き方で木崎が去った後、黒澤が正座を崩してニヤリと笑った。

「そんじゃ、話の続きと行くか」

「その前に、聞きたいことがあるんですけど」

「あ?」

「どうしてうちの場所を知っているんですか。気絶していた間に持ち物を調べても、名前ぐらいしか分からないはずです」

「ああ、そんなことか。あのよ、お前は今、受験生だろ。家に学習教材のチラシだのパンフレットだのがガンガン送られてきてねえか?」

「来ています」

「どこから個人情報手に入れてるか、不思議じゃねえか?」

 話を理解するまで数秒かかった。そして理解して、背筋に震えが走る。

「お前やあの嬢ちゃんは、ちょいと俺らを舐めすぎだ」

 黒澤が自分の右腿を叩き、少し声のトーンを下げて僕に尋ねた。

「お前、俺と一緒にいた若いのが、歩くとき右足引きずってんのに気づいたか?」

「……気づきました」

「なんでだと思う?」

 考える。この流れなら多分、物騒な話だ。

「抗争で撃たれた、とか」

「違う。ガキん時、車に轢かれた後遺症だ」

 なんだそれ。全然、普通――

「轢いたのは俺。あいつの母親がクズでな。どこの種かも分かんねえ自分の子どもを車に轢かせて、慰謝料をぶんどる当たり屋をやってたんだ。だけどうっかり俺の車に飛び込ませたのが運の尽き。逆に俺が子どもをぶんどって、女を地獄に沈めてやった」

 黒澤がクックッと嗤う。僕は、笑えない。笑えるわけがない。僕だって風俗嬢の息子だ。それなりに黒い話は知っている。だけど、自分の子どもを車に轢かせて慰謝料を稼ぐ母親の話なんて、そんなもの、この世にあっていいエピソードじゃない。

「あいつは今、十七歳。だけどもちろん高校には行ってねえ。つうか、俺が拾った時から学校なんざろくに行ってねえ。だからお前らを見てイライラしたんだろうな。目が潰れそうなぐらい眩しくて、鬱陶しくて、ぶん殴りたくなった。気持ちは分かる」

 身体が冷える。あっちの世界。こっちの世界。その境界線が、僕の中でどんどんと濃くなっていくのが分かる。

「あのケイゴって中坊の親父も、そういう気持ちが分かる側の人間だ」

 ケイゴ。僕たちの友達。カグヤナイツの一員。――あっちの世界の住人。

「お前ら、まだ会って一年ぐらいしか経ってねえんだってな。それじゃあいつが父親に逆らえない理由は分からねえよ。出会った頃にはもう、とっくに『躾』は終わってる」

 黒澤が身を乗り出した。染みついた煙草の臭いが、僕のところまで届く。

「分かったか」地の底から響くような、ドスの効いた声。「ガキがいつまでも、夢見てんじゃねえぞ」

 夢。

 一年前、先生は、「本当になりたいもの」を書けと言った。それは裏を返せば「現実にはなれないもの」ということでもある。叶わないから夢。叶えられないから夢。僕はスーパースターにはなれないし、ソンはスティーブン・ジョブズにはなれないし、カトウは身長一八五センチにはなれないし、ケイゴは高校生にはなれない。

 ――本当に?

 本当に、そうなのか?

 どんな夢でも本気で目指してみれば案外叶うんじゃないかって思うのは、僕がガキだからなのか?

 だとしても――

「――うるせえ」

 顔を上げる。胸を張る。ここで負けたら全てが終わる。そんな気がする。

「ガキだから、夢見るんだろ」

 ずっと猛禽類のように鋭く尖っていた黒澤の目が、初めて大きく見開かれた。僕は眼筋にぎりぎりと力を込めて黒澤を睨みつける。お前がどれだけ現実を投げつけてきても、絶対に夢を諦めてなんかやらない。そういう意思を態度で示す。

 黒澤が、すっくと立ち上がった。

 意外な行動を前に眼筋が緩む。緩んだことに気づいて慌てて入れ直す。そういう忙しい僕を見下ろしながら、黒澤はなぜか、頬を緩めた。

「ヒロト。お前は将来、何になりてえんだ?」

 いきなり名前呼びかよ。馴れ馴れしい。僕は棘のある口調で答えた。

「決まってねえよ」

「か! 人の将来にケチつけてお前はそれか! 情けねえ」

 一番突かれたくないところを突かれた。グッと怯む僕に、黒澤が告げる。

「もしやりてえことが見つかんなかったら、俺んとこ来いや。可愛がってやるよ」

 突然のスカウト。反応出来ず固まる僕を置いて、黒澤が玄関に向かって歩き出す。僕は慌ててその背中に叫んだ。

「待てよ!」

「待たねえ」

 僕に背を向けたまま、黒澤が開いた右手をひらひらと振った。

「ガキと話すのは苦手なんだ。理屈が通じねえからな」

 黒澤がリビングから去った。僕は黒澤を追わず、一人静かに拳を握る。たぶん、この戦いは勝った。だけど、本当に戦わなければならない相手は、別にいる。

 

   ◆


 ゴールデンウィーク、二日目。

 僕とソンとカトウはまた姫の病室に集まり、ソファで会議を開いていた。まずは僕が黒澤とのやりとりについて情報を共有する。全てを語り終えた後の重たい沈黙を破ったのは、ソンの核心をついた一言だった。

「結局、ケイゴが立ち上がらないとどうしようもないんだよね」

 その通りだ。選ばされた未来かもしれない。だけど確かに選んでいるのだ。それをひっくり返さない限りどうにもならないことが、昨日よく分かった。

「あのさ」カトウが口を開く。「おれ、昨日、ヤクザの事務所で一言も喋ってないんだ」

 言われて初めて気づいた。そういえば、そうだったかもしれない。

「情けないけど、怖くてさ。委縮して喋れなかった。ケイゴは生まれた時からずっとああいう雰囲気の父親が傍にいたんだろ。今のおれよりうんと小さい頃から、たぶん、殴られたり怒鳴られたりしてたんだろ。それは――逆らえねえよ」

 ケイゴの幼少期。想像して、気が沈む。黒澤が口にした「躾」は、固い漢字の「躾」だった。ひらがなの柔らかい「しつけ」ではない。それは似ているようで、全く違う。

 父親に対する恐怖心に「高校に行きたい」という想いが勝たない限り、ケイゴが立ち上がることは出来ない。それはネズミがライオンに挑むような絶望的なマッチングだ。少なくとも、ケイゴが高校に行きたい理由が「ヤクザになりたくないから」みたいな否定形ものだったとしたら、絶対に勝ち目はない。

 ――待てよ。

「あいつ、なんで高校に行きたいんだ?」

 コンコン。

 突然、病室の扉がノックされた。全員が目線をそちらにやる。鍵をかけていないスライド式の扉はすぐに開き、ゲストの芸能人が満を持してスタジオに登場するみたいに、渦中の人物がゆっくりと病室に足を踏み入れる。

「ああ。お前らもここにいたんだ」

 ケイゴ。僕は姫の方を向き、姫はふるふると首を振る。「呼んだ?」「呼んでない」。そういうやりとり。

「ちょうどいいや。黒澤さんから聞いたけど、お前ら余計なことしてくれたみてえだな。誰が高校行きたいとか言ったよ。ふざけんなっつーの」

 喋りながら、ケイゴが僕たちの前まで来た。カトウが口をもごもご動かして反論する。

「言っただろ」

「あ?」

「将来の夢、『高校生』だった」

 ケイゴの瞳がわずかに揺らいだ。小さな波紋を大きな波紋で消そうとするみたいに、声が大きくなる。

「将来の夢って、お前が『身長一八五センチ』とか書いたあれ? バーカ。あんなもん本気で書くわけねえだろ」

「冗談ならもっと別の言葉を書くと思うけど」

 ソン。ケイゴがソンを睨みつける。ソンは黙ってケイゴを見つめる。お前に言いたいことがある。だけどお前と戦うつもりはない。そういう瞳。

「……マジうぜえな。ぶっ殺すぞ」

「ぶっ殺してみろよ」

 考えるより先に言葉が飛び出した。顔中の怪我がズキリと痛む。

「ここにいる全員、間違いなくお前より弱いよ。だからぶっ殺せる。やってみろ」

 僕は唇の右端を吊り上げて、嘲りに満ちた笑みを浮かべた。

「お前はこれから、そういう弱いものイジメが大好きなヤクザになるんだからな」

 ケイゴの手が、僕の胸元に伸びた。

 シャツの襟をグイと上に引っ張られ、僕は立ち上がる。吐息がかかりそうなぐらい近くにケイゴの顔がある。真っ赤な頬。震える唇。――泣く寸前の赤ん坊かよ。泣きたいなら泣けばいいだろ。僕たちみんな、それを待ってるんだ。

「てめえなんかに――」

 パーン!

 巨大な破裂音が病室に響いた。顔をしかめて後頭部を抑えるケイゴをよそに、僕とソンとカトウは呆然と音を炸裂させた犯人――姫を見やる。右手のスリッパで左手をパンパン叩きながら、姫が呆れたように呟いた。

「仕えるべき主の前で騎士団が喧嘩始めるとか、何考えてんの?」

 姫がスリッパを履き直し、ソファにドカッと腰かけた。広げた腕を背もたれに回し、芝居がかった口調で言い放つ。

「ヒロト、ソン、カトウ。出て行きなさい」

「え?」

「いいから!」

 主からの一喝。しぶしぶ、僕たちは三人揃って病室から出た。エレベーター前の開けている場所まで行き、東京スカイツリーの先端が見える窓を臨む形で設置された三人掛けの長椅子に、僕、カトウ、ソンと腰かける。

「怒られたなあ。ヒロトのせいで」

 カトウから嫌味。僕はムッと顔をしかめた。

「お前だって原因だろ」

「いや、誰がどう考えてもヒロトのせいっしょ。なあ、ソン」

 反応なし。ふと見ると、長椅子の端で一心不乱にスマホを弄るソン。僕は首を伸ばし、カトウ越しにソンに問いかけた。

「ソン、何してんの?」

「盗聴魔法」

「……は?」

「よし、繋がった」

 ソンがスマホを僕とカトウの前に差し出した。電子ノイズの音がスピーカー機能で周囲に広がる。そしてそのノイズの向こうに、聞き覚えのある声。

『それでヒロトがその人のこと馬鹿にしたの。そうしたらいきなり殴られて……』

 僕とカトウでソンを見やる。ソンがニッと不敵に笑った。

「病室に置いたタブレットから音を拾って、ネット経由でこっちに送ってる」

 さすが、魔法使い。僕たちは三人でソンのスマホを囲んだ。息を潜め、交わされている会話に耳をそばだてる。

『それからその後はわたしもよく知らないんだけど、ヒロトの家に――』

『もういい』

 ケイゴが姫の言葉を遮った。強い口調。あまり機嫌は直っていないようだ。

『話したいのはそんなことじゃないだろ。めんどくさいのはナシにしようぜ』

『そう? じゃあ聞くね。ケイゴくんはどうして高校に行きたいの?』

 ド直球。ケイゴが怯んだのが、少し開いた間と下がった声のトーンから分かった。

『オレは別に高校なんか』

『行きたいんでしょ? めんどくさいのはナシにしようよ』

 強い。さすがだ。ヤクザの親分すら折れさせただけのことがある。

『教えて。絶対に誰にも言わない。話を聞いて、それでも諦めることを納得出来れば、わたしからヒロトたちを説得してもいいから』

 事務所の時と同じ凛とした声。数秒の沈黙の後、ケイゴが呟きを漏らす。

『――そうだな』

 流れが変わった。固唾をのみ、会話の行く末を見守る。

『オレが将来の夢に「高校生」って書いた話は聞いたんだろ?』

『うん。本当は高校生になりたくて、だから書いたんだってみんなは言ってた』

『それさ、違うんだよ。逆。オレは「将来の夢」に高校生って書いてから、高校に行きたくなったんだ。それまでは本当に高校に行きたいなんて考えてなかった』

 チーンという音と共に、エレベーターが僕たちの階に到着した。ソンがスマホのボリュームを少し下げる。

『別にヤクザになりたいって思ってたわけじゃない。でも他にやりたいこともねえし、別にヤクザでもいいかなとは思ってた。親父はオレをヤクザにしたがってたし、オレんちは親父に逆らったら半殺しだし、ぞれ以外の将来なんて考えたこともなかった』

 ケイゴの声が、ほんの少し柔らかくなった。

『でも、あいつらと会ってさ』

 あいつら。その言葉の響きが妙に暖かくて、心臓がきゅうと縮まる。

『最初のうちは「いい奴らだけどオレとは違う」と思って、ちょっと距離置いてた。なんつうか、愛されて育ってきたのが分かるんだ。ひねくれてはいても歪んではいなかった。オレはひねくれてる上に歪んでたから、そういうのにイラッと来ることもあった』

 眩しくて、鬱陶しくて、殴りたくなる。そういう気持ちが分かる側の人間。

『でもどんどん仲良くなって、そのうちイラつきもなくなった。一緒にいて楽しいって思えるようになった。そんな時、授業で「将来の夢」を書くことになってさ。あいつらは普通に高校行くんだろうなとか考えてたら、なんか「高校生」って書いてたんだ。オレが高校に行きたいと思い始めたのは、そこから』

 ケイゴが黙った。生まれた空白を埋めるように、姫が話をまとめる。

『みんなに置いて行かれたくなかったんだ』

 置いて行かれたくない。否定形の理由。ケイゴは――それを否定した。

『そうじゃない』

 答え合わせの気配。僕とソンとカトウが揃って、スマホに少し近づく。

『オレがそれまでつきあってきたやつらとあいつらは全然違って、一緒にいてすごく新鮮だったんだ。こんな世界もあるんだと思った。あいつらと会わなかったら、オレはこういう世界を知らないまま生きて、死んでいったんだろうなって考えた。それでさ――』

 ノイズが消えた。神さまの演出。

『高校でも、会えるかもしれないだろ』

 僕のすぐ傍で、カトウが細く息を吸った。

『あいつらみたいなの、いるかもしれないだろ』

 僕から少し離れたところで、ソンが眼鏡を上げて目を擦った。

『ヤクザの世界にはいないと思う。でも高校には、いるかもしれない。あいつらみたいなのがいて、またオレに新しい世界を見せてくれるかもしれない。そう考えた時、「もったいないな」って思ったんだ。最後はヤクザでもいい。でもそこにたどり着くまで、もっと色んな世界を見たい。オレが高校に行きたいのは――そういう理由だ』

 僕は、立ち上がった。

 ソンとカトウが僕を見上げる。カトウは驚いていて、ソンは察している。そういう二人に向かって、僕は力強く言い放つ。

「行こう」

「盗聴、バレるよ」

「言ってる場合かよ」

「……そうだね。分かった。団長命令に従う」

 スマホをポケットにしまい、ソンが立った。すぐに、カトウも。三人で病室に向かい、ノックもなしに思い切りドアを開ける。

 向かい合ってソファに座っていた姫とケイゴが、弾かれたように僕たちの方を向いた。僕たちはツカツカと二人の前まで歩く。呆けるケイゴに向かって、カトウが勢いよく両手を顔の前で合わせて頭を下げた。

「ごめん! 聞いてた!」

 ケイゴが「は?」と素っ頓狂な声を上げる。ソンがソファ前のテーブルからタブレットを拾い、ケイゴに向かって掲げた。

「これで音拾ってたんだ。ちなみに僕が独断でやったことだから、怒るなら僕。まあ日本の法律だと盗聴自体は罪にならないけど」

 得意げなソン。聞かれていた。その事実に気が回ったのか、ケイゴの目が泳ぎ始める。僕はそんなケイゴの前に立ち、聞いていたぞと分かる言葉を浴びせる。

「いるよ」

 きっとも、たぶんも、つける必要はない。

「俺たちみたいなやつ、高校にもいる」

 ケイゴの動揺が最高潮に達した。どこかに落ちている答えを探すように視線を挙動不審に動かす。だけど僕が瞬きもせず自分を見つめていることに気づき、落ち着く。

 僕は右の拳を固く握りしめ、ケイゴの前に突き出した。

「ぶっ殺してやろうぜ」

 言葉が足りないせいで、高校にいる僕たちのようなやつをぶっ殺しに行くみたいになった。だけど、ちゃんと足りていた。ケイゴがサンタクロースからプレゼントを貰った子どものような笑顔を浮かべ、自分の拳を僕の拳にコツンと合わせた。

「おう」

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