最終話

 アデラインの隣には、ふさふさとした長く白い二本の尻尾しっぽに、猫のそれのような形をした白い耳を持つ、美しい少年がいる。夜の闇の中でも輝く金糸きんしのような髪、あやしい光を宿やどす深く鮮やかな緑の眼、彼は黒魔女の弟子キール・リュリコフだ。その手に、小さな袋を持っている。紘之助は、アデラインに一度頭を下げて顔を上げて聞いた。


狂気フォリアつかさど貴女あなたの弟子ですか?」


「そうだ、美しいだろう?」


「えぇ、非常に」


 妖艶ようえんな笑みを浮かべた彼女の本来の姿は、時として魔獣まじゅうと呼ばれ、時に神獣しんじゅうと呼ばれる。不老不死種族吸血型妖魔ふろうふししゅぞく・きゅうけつがた・ようま武神ぶしんの一人である。今回のいくさで、彼女は大量の鮮血を手に入れる事になった。ストラーナが気をかせ、その血を対価たいかとして[友人の願いを一つ叶えてほしい]と願い出たのだ。


 黒魔女は、両腕を前に突き出すと、両手を組んで蒼白あおじろい炎をまとわせて、ブワッと左右に腕を広げる。そこに現れたのは、繊細せんさいな模様の蒼く燃えあがる魔法陣、すかさず、その下にキールが硝子瓶がらすびんを置いた。硝子瓶には、少量の血が入っている、それは魔法陣が展開される直前にそそいだキールの鮮血せんけつだった。様子を見守る人々と鬼の前で、黒魔女アデラインの美しい声が響く。


「第二級 呪法じゅほう即身転魔そくしんてんま


 魔法陣が、中心に向かって徐々じょじょに小さくなっていく、最後は青いしずくになり、小瓶こびんの中に落ちると、キールの血が青く輝く液体へと変化していく。アデラインは、その硝子瓶がらすびんを人差し指と親指でつまみ上げて、燈吾に渡した。


「それを飲めば、お前は人間ではなくなる。心が決まっているなら、さっさと飲むことだな。では、私達は帰る。紘之助、幸せになれよ」


 再び頭を下げる紘之助にあでやかな微笑びしょうを向けると、黒魔女とキールは蒼白い炎に全身をつつまれて消えていった。燈吾は、人々が見守る中、紘之助を見つめてから小瓶の中の液体を飲み干した。すると彼の身体が蒼白く輝き始め、あっという間にかたちを変えていく。鋭く丈夫そうな爪、頭部の上のほうに生えている猫のような白い耳、尾骶骨びていこつあたりから生えている長く白いフサフサとした尻尾しっぽ、鮮やかな青く美しい硝子玉がらすだまのような眼、獣人じゅうじん姿だ。


 耳や尻尾の毛色が白いのは、魔物になるためのもととなった物がキールの血だったからだ 。黒魔女アデラインは、見目麗みめうるわしいものを好む。彼女は、原則げんそくとして、自分が作り出すものや、今回のように手を加えるものは[美しくあれ]という信条しんじょうかかげている、もれなく燈吾もその中に入っていたため、若干じゃっかんではあるが体格や顔つきが変わってはいたが、別人という程ではない。自分に生えた尻尾や耳に手をやって、その感触を不思議そうな顔で確かめていた、そこへ、紘之助の優しく低い声が降ってくる。


「燈吾様、我等もうたげに加わりましょう。これから先の事は、一緒に帰って、それから考えましょう」


「─…そうだな、そうしよう」


 二人の様子を微笑ほほえましい気持ちで見ていた人々と鬼は、あたたかく紘之助と燈吾を迎え入れると、夜の宴を再開した。


 夜風に吹かれて、楽しそうな笑い声が里にあふれ流れた。





 .

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鬼の舞 江戸端 禧丞 @lojiurabbit

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ