第33話

 立ち上がった紘之助は、無言でアルフォンソの頭をなぐった。そのとき、燈吾があまり聞いたことのないような音がして、頭を両手でおさえながらうずくまる彼を見ると、どうやら血を流しているようだった。思わず紘之助を見上げた、彼等は協定を結んでいるのではなかったのかと、この状態はこれで大丈夫なのかと思ったのだ。


「痛いじゃないですか〜、私はストラーナと違って痛覚つうかくあるんですからね!?」


「お前がいきなり踊りながら現れれば、始祖氏しそうじ様だったとしてもなぐると私は思うがな…、で、何の用だ」


 どうやら大丈夫らしいと燈吾が安心したところで、頭をさすりながら、二人に背を向けて立ち上がったアルフォンソは、片手を挙げて大きな声でうたげきょうじる鬼と人の視線を集めた。不思議そうに見つめる人と、なんとなく何が始まるのか予想できた鬼、彼は小さな四角の板を取り出して、それを耳に当てた数秒後に話し始めた。


「あ、こちらそろそろ準備が整います。はい、お願い致します~。皆さんしばらく、そのままお待ちを~」


 予想を上回る内容のやり取りが為されて、紘之助も他の喰闇鬼一族も目を丸くしている。彼等の聴力ちょうりょくなら、先ほどの会話は問題なくひろえた。人間でなくなれば、燈吾でも彼等の世界ページに行くことは出来る。問題は、その形態けいたいだった。今のところ、歴史にしるされている中で、もっとも多く使われた方法は、人間を意思をもつ宝石に変えて身に付けるというものだ。人と、そうでない者が愛し合った先に行きつく形は、それが一般的だった。紘之助は、そうはしたくなかった、それならば人として生きてほしいと願っただろう。しかし今回は、彼等の歴史上、最も少ない事例じれいが、燈吾の返答次第へんとうしだいで実現する可能性が出てきた。


「…アル、どういう事だ」


「今日、紘之助さん達が戦ってくれた事に対する〝おれい〟だそうですよ」


 そう言ってさわやかに笑いながら、アルフォンソは赤黒い色をした、透明なふくろを一つ胸元から出して揺らした。[なるほど]と頷き、紘之助は納得していたが、燈吾や里の人々には全く訳が分からない。彼のセカイへ連れて行って欲しいと、その願いを口にした流れで、今の状況が生まれたのではと考えた燈吾は、思い切って紘之助を見上げて聞いてみた。


「私を、そなたのセカイに連れて行ってくれるのか?」


「どうやらその願い、叶えて差し上げることは出来そうでございます。しかし─本当によろしいのですか?仲間や御家族、家臣達とも別れなければならぬのですよ…?」


 燈吾は、ハッとして人々のほうを見た。それから夜空を仰いで、記憶を辿たどる。大切な者達との思い出は沢山あった、それでも、何より幸せだったのは藤丸や紘之助といた日々で、何よりつらかったのは藤丸との死別しべつだ。紘之助が藤丸の生まれ変わりだと知った時の喜びは、如何いかばかりだったか、いま一緒に隣合となりあっていられる時間がどれほど愛しいことか。


「父上、兄上、みな、身勝手な私を許して欲しい。私は、紘之助と共に生きてゆきたい」


 長くはない言葉に、どれだけの想いが込められているのか、燈一郎には伝わってくるものがあった。立ち上がり、息子としっかり視線を合わせると、一つ頷いた。兄や家臣、里の人々も穏やかな笑みを浮かべている。


「行くがい、燈吾。わしは…儂等は、そなたが幸せであることを願っている」


「─はいっ」


 涙をぬぐう燈吾を、そっと抱き寄せた紘之助は、心の中で、今までの様々な出来事に感謝していた。そこに、鈴が鳴るような美しく魅惑的な声が響く。


「さて、心の準備はできたか?」


 その場にいる全員が声のしたほうを向くと、そこには、ふんだんにフリルがあしらわれた豪奢ごうしゃな黒いドレスをまとった、華奢きゃしゃで小さな女性がいた。ちゅうにフワフワと浮く、長い長い豊かな黒髪、深紅しんくのヘッドドレス、白い肌に、豊満ほうまんな胸、ぽってりとした真っ赤な唇、炎のように揺れる深い黄金の眼の持ち主、黒魔女アデライン・ブラッドローだ。





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