第32話

 首だけになっていても死ねない薫子、その頭部を魅夜乃がガシリと鷲掴わしづかみにして持ち上げた。まるで愛しい者でも見るような甘く優しい微笑ほほえみを浮かべて、指に力を入れていく。ミギミギと音を立てる頭部、断末魔だんまつまを上げる薫子。そこで、呆然ぼうぜんと見ていた燈吾が、我に返ったように叫んだ。


「─待ってくれ!」


「魅夜乃、まれ」


 彼の言葉にかぶ気味ぎみに、紘之助が待ったをかけた。瞬間、魅夜乃はピタリと動きを止めて、それから首をかしげた。サラリと、彼女の髪が揺れる。紘之助は、少し不思議そうに燈吾に問うた。


如何いかが致しましたか?」


「トドメは、私に刺させてくれないか」


 その要望ようぼうに、紘之助はしばし考え込んだ。異界からの侵入者の始末は喰闇鬼一族の領分りょうぶんだが、此処ここは燈吾が生きている世界ページであり、現在、侵入者もこの世界ページにいる。そもそもの始まりは侵入者である薫子の存在が、この世界ページで生きていた藤丸を死へ追いやったことだったのだ。それを燈吾が憎んだ、[藤丸のかたきは必ずつ]と─であれば、彼にトドメの役を渡すのも問題ないだろうと結論づけた。


承知しょうち致しました」


 魅夜乃は、顔面が上になるよう頭部を地面に置き、紘之助のななめ後ろに下がった。そでからクナイを一本取り出した燈吾は、首のところへと向かいながら、あふれてくる涙をおさえられなかった。首に辿たどり着いた彼は、両膝りょうひざを地につけて、不可解な注射によっていまだ意識がある薫子の、その口にまされていた猿轡さるぐつわいて、両腕でクナイを頭上にかかげると、彼女に視線を合わせた。


「─なにかっ…言いのこすことはっ─あるかっ…!」


〝──ごめんなさい〟


 もう音にはならなかったが、薫子の唇は、確かにそう動いた。振り下ろされたクナイが、彼女の脳に深く深くさり、一つのまくが引かれた。燈吾は、勢いよく後ろを向いて、紘之助の元まで走って戻ってくると、その勢いのまま彼にき着いた。紘之助は、彼の身体を優しく抱き締め、静かに囁く。


「燈吾様…藤丸の仇、御自おんみずから討ち果たしましたな。さぁ、新天地しんてんちへ参りましょう。みなが待っております」


 頷いた燈吾を抱き上げると、彼は魅夜乃と夜之助を振り返って一つ視線をやって闇夜に包まれた大地をった。魅夜乃は下忍三人を抱え、夜之助はクナイが刺さったままの薫子の頭部をつかみ、紘之助の後を追って宵闇よいやみへ消えた。


 藤丸の仇は討った、敵軍もたおした、紘之助を含め喰闇鬼一族の目的は達成された。このセカイに、彼等がいる必要が無くなってしまったと、燈吾は紘之助の着物をにぎめている。想いをせる相手は、数多あまたの部下を従える総指揮官だ、いつまでも此処ここにいる訳にはいかないだろう事を、彼は感じていた。ほんの数分で新しく住むことになった屋敷へくと、燈吾は薫子の頭部をさらし首の状態にして、見届け人としての役割を果たした三人の下忍たちに関しては、なわき自由のとした。


 全員がそろったことを確認した里の人々は、土地をり歩きながら何処どこに何があるのかを一通り見て回ると、喰闇鬼一族への感謝の気持ちを込めてうたげをひらいた。大いに盛り上がっている人と鬼がじった宴の様子を、紘之助と燈吾は見守っている。ポツリポツリと、燈吾が心のうちこぼし始めた。その言葉に、彼は正直に答える。


「紘之助、そなたも、みなと一緒に居なくなってしまうのだろう…?」


「…はい」


「私を…連れて行ってはもらえないかっ…」


 生きた人間を連れていくことは出来ない、せかいあるじ拠点きょてんとしている世界ページからなら、ほかの世界ページへ生きたままの人間をバラけるが、逆は出来ない法則ほうそくがある。つらそうな、せつなそうな表情で口を開こうとした紘之助の目の前へ、いつの間に混ざっていたのか、へべれけのアルフォンソが手をげてクルクルと踊りながら現れた。


「はいはいはいはーーーいっ!!」





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