第31話※1話丸ごと残酷※

 この瞬間が、どれだけ魅惑的みわくてきなことか、魅夜乃は知っていた。幾万いくまん幾億いくおくと見続けても、どんなにき続けても飽きることのない甘美かんび旋律せんりつのような命乞いのちごい。


「─死にたくないのですね?自分は殺しておきながら─大丈夫、出来るかぎり長く生きていられるようにしてあげますわ」


 続々ぞくぞくと、里の人々をかかえて風圧ふうあつから守りながら、喰闇鬼一族がしかばね絨毯じゅうたんび越えていく中、紘之助と夜之助、魅夜乃は全ての始まりの場所へ向かった。


 そこは、紘之助が最初に現れた、巨大なクレーターと化したかつて山だった場所、藤丸が首を斬り落とされた場所。その真ん中ほどで巫女がろされ、下忍三人と燈吾は、そこから少し離れた場所へ降ろされた。彼等は下忍三人が藤丸暗殺を告白する前から、殺すのは巫女のみと決めていた、他は見届みとどけ人だ。紘之助が、巫女を見据みすえて宣言せんげんをする。


花形はながた 薫子かおるこを、藤丸暗殺の主犯しゅはんとして、また異界からの悪しき侵入者として、我等が流儀りゅうぎのっとり、此処ここで処刑する。執行人しっこうにん、魅夜乃」


「はい」


けいを執行せよ」


 魅夜乃が巫女の前で胡座あぐらをかいてニコリと笑いながら、薫子の手をそっと握った。きっちりと手足をしばられている彼女は、その身体をうねらせる事しかできない。魅夜乃の真っ白な手は、ゆっくり彼女の指先へと向かった。何をされるのかと震える薫子、何を見せられるのかと怯える下忍たち、どう殺すのかと見つめる燈吾。甘い声が、歌うように言葉を奏でる。


「ねぇ貴女あなた、異界からの侵入者ならば、侵入者らしく、大人しく潜伏せんぷくしておけば良かったものを─馬鹿ね」


 猿轡さるぐつわを噛まされたままの薫子の、悲鳴が響いた。魅夜乃は、人差し指と親指で、薫子の指を一本ずつ押しつぶしていく。藤丸が指を斬り落とされたように、それよりも遥かにゆっくり、じわじわと。十本の指をすべて押し潰し終わると、彼女はふところから一本の細い注射器を取り出して、真っ青な顔色をした薫子の目の前で少し振って見せた。


「ねぇお前、これはね?お前の身体の何処どこが、どんなに痛くとも、どんなに血を流そうとも、死ねない薬なの。脳を潰すまで生きていられるわ、すぐに死なないのだから、幸せでしょう?」


 そう言いながら微笑み、首筋くびすじに針を突き刺すと、液体をすべて注入した。普段の彼女は……普段から冷酷れいこくである彼女だが、こと拷問に関してはさらひどくなる。そのまま、ひとーつ、ふたーつ、みーっつと数えながら、悲鳴に聴き入っている様子で、今度は指を千切ちぎり始めた。燈吾が顔を引きらせながら、一番近くにいる夜之助に、もっともな質問をした。


「彼女は…普段から〝ああ〟なのか」


「はい、あんな感じです…」


「ほぉら、とても痛いでしょう?次は何処どこにしようか、そうねぇ…足の指かしら?」


 血塗ちまみれの指をあごにやって、小首をかしげるような動作をした魅夜乃、今度は薫子がいていた草履ぞうり足袋たびを脱がせて、足の指を一本ずつ千切ちぎった。響き続ける悲鳴を背景に、腕を折り、あしを折り、腕をもぎ取り、脚を引き千切り、一旦立ち上がった。そして、嘔吐おうとしながら震える下忍たちに、首だけ向けてニッカリとわらった。


「ねぇ貴方あなたたち、見覚えがあるでしょう?藤丸の最期さいごを再現してみたのよ?でもコレは悪い子ですもの、念入りに処理しなければいけないわ。まだ胴体どうたいがこんなに残っているのに、勿体もったい無いわよね?」


 頭をもとの位置に戻すと、彼女は手のひらを上に向けてゆい殺気をると、その形をノコギリ状にした。紘之助と夜之助は、ほぼ毎日のように見ていた光景だったから何が始まるのか容易よういに想像できたが、燈吾と下忍三人は[まさか]という感覚である。魅夜乃は、ノコギリ状に成形せいけいしてある武器を薫子の腰辺りにえて、ギチギチと音を立てながら、ゆっくりゆっくり刃を前後に動かし、それを鳩尾みぞおち付近と鎖骨さこつ付近でり返して、武器を消し去った。


「もぉっと色々してあげたかったのだけれど、時間の都合というものがあるの。残念だけれど、仕方ありませんわね」






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