第30話

 人々が、再びの信頼を彼等に向け始めたとき、アルフォンソが[はーい]と声を上げつつ、上着の革製スーツの内ポケットに手を入れて、銀製の小さな呼びりんを取り出した。


「さぁて、次は私ばんですねっ」


 そう言って彼は、チリーンと鈴を鳴らした。空中くうちゅうにゆらり、黒い炎が四つ現れ、それぞれが次第しだいに人のかたちへと変わってゆく。アルフォンソが、ゆーらりと腕を彼等のほうへ向かって持ち上げると、柔和にゅうわな笑顔を浮かべ、完全に人型となった四人を紹介し始めた。


「彼はガイオ、そのとなりの彼女はイルマ、さらに隣のデカい彼はヴィルフレード、最後にバルトロです」


 四人全員が、礼をするでもなく固まっていた。ガイオと呼ばれた少年はモップを、ドレス姿のイルマはグラスを、長身のヴィルフレードはフライパン、バルトロと呼ばれた青年は手帳とペンを持っている。彼等は、アルフォンソが運営している自称お洒落カフェ、[アルベル]の従業員だ。店主不在のなか開店して、てんやわんやの営業時間が終わり、閉店後の片付けをしている最中に、突然この世界ページに呼びつけられた。


「さぁさぁ、ここは私達が綺麗に片付けておきますから、皆さんは移動して下さい~。喰闇鬼くろやぎの皆さんが連れて行ってくれますから、ねっ?紘之助さん」


 店主にイラつきながらも、れた美味うまそうな匂いにられて四人全員でそろって後ろを振り向くと、彼等にとっては夢のようなうれしい光景が広がっていた。食人型しょくじんがたにとっての主食や副食やデザートが見渡す限り、められているのだ。指示をあおぐこともなく、さっさと四方しほうへ散っていった。紘之助は、満足気まんぞくげむアルフォンソへ苦笑くしょうを浮かべて、うなずきながら返事をした。


「あぁ、此処ここのことは頼んだ」


 そして里の人々のほうを向くと、事前じぜんに打ち合わせていた通りに指示を出していく。そこにいるのは、穏やかで、不思議と安心感をもたらしてくれる紘之助だ。背景にある物も、目の前にいる彼等の姿も異様いようとしか言いようのないものではあったが、異様は異様なりに、人間達は穏やかさを取り戻してきていた。


「では用意しよう、一人が二人ずつかかえて移動する。魅夜乃は巫女を、私はそこの下忍三人を、夜之助は燈吾様を。我等は一旦いったん、別行動をとる」


「はい」


 ついに、この時が来たのだと、誰もが分かった。[藤丸のかたきは必ずつ]この世界ページへやって来た時から、ちかいのように紘之助が、何度となく燈吾へ言い聞かせるように、彼が前を向いて生きられるようにと口にし続けてきた言葉だ。最後までやり遂げる、燈吾のために、無念の死をむかえた前世の自分のために。


 夜之助は、燈吾の側仕そばづかえとして彼の世話をするうちに、その気持ちの深さ、自責じせきの念、今尚いまなお消える事のない藤丸への想いと、芽生めばえた紘之助への想いを感じ取った。同時に、巫女のみにくさを憎み、兄に自分も見届けたいと進言しんげんしたのだ。弟の気持ちを、紘之助は受け入れた。


 いま此処ここに魅夜乃がいるのは、紘之助が彼女を寄越よこすように、指名したからだ。何故なぜか、それは魅夜乃が暗殺部隊の別働隊べつどうたい・抜刀隊副隊長であることも勿論もちろんあったが、一番の理由は、彼女が喰闇鬼一族の中でも随一ずいいちの拷問好きだからだった。時に一族内でもおそれられるほどの悪趣味の持ち主ではあるが、魅夜乃とストラーナが手を組むと、最高水準の武器や拷問具やワケの分からない道具が次々と発明されるので重宝ちょうほうされている。


 これから殺す巫女に対して、彼女はその身体をとても丁寧ていねいに扱った。もしかすると自分は助かるのではないかと、りもしない希望にすがる思いで、精一杯、目に涙を浮かべ、まるで自身が愛護されるべき存在であるかのように[うーうー]と、鬼にうったけた。魅夜乃はそれを見て、美しい微笑みをたたえると、寒気さむけが走るような愉悦ゆえつに満ちた声音こわねで、巫女の希望を殺した。





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