第29話

 なびく髪が、その眼が、強靭きょうじんなな肉体が、目にも付かぬほどの洗練せんれんされた体捌たいさばきが、全てが恐ろしかった、そしてあまりに残酷で美しかった。しかばね絨毯じゅうたんを踏みめながら、夜のとばりを引き連れて、三百を超える喰闇鬼くろやぎが紘之助を先頭に屋敷へ帰ってきている。


 彼等はストラーナ作の黒い布で、血塗ちまみれの顔や髪を拭いている。もうまとっていた殺気はすっかりなりひそめ、今はその静寂せいじゃくゆだねているように見える。戦闘中、見張りを頑張っていた夜之助が、少し寂しげに微笑みながら、言葉を紡いだ。


「…みんなには、たぶん恐ろしい光景だったと思います。けど、これがおれ達の生きかたです、嫌わないでくれると、嬉しいです…」


 こわがられている、おそろしいとおびえられている、それは分かっていた。今回は見張り役にてっしていたが、彼も喰闇鬼一族の一員だ。何度か他の世界ページ同行どうこうしたときにも、た出来事に遭遇そうぐうした事はあった。


 幼年期や少年期をすぎた他の大人達の気持ちは、夜之助の年齢ではまだ想像もできないものだったが、それでも、その度にさみしい思いをしてきた。いつもより長くを置いていたぶん、想いは深くなっていた。泣きそうな顔で笑っている夜之助の頭を、戻ってきた紘之助が、少しだけ腰をかがめて、そっと優しくでた。見た目は全く違うというのに、いま目の前にいる二人の兄弟の雰囲気は、里の人々が見慣れたものだった。


「…紘之助っ」


 勇気をしぼって最初に声を発したのは、燈吾だ。此処ここにいる喰闇鬼一族全員が、そちらを見やった。彼等の血塗れだった顔や髪には、もう殺戮さつりく痕跡こんせきはない。おとずれた夜の風に、夜よりも暗い暗い漆黒の、彼等の髪がそよそよと揺れている。紘之助は、弟の頭から手を離して、ゆっくりと燈吾の前で片膝かたひざをつくと視線を合わせ、穏やかな低い声で言葉をつむいだ。


「ただいま戻りました、燈吾様」


 柔らかいのに、何処どこか、なにかをあきらめているような、そんな微笑ほほえみを浮かべる紘之助。それを見た燈吾は、唐突とうとつに悲しい想いにられた。こんな笑みを見たかった訳ではない、確かに彼等の力をおそおびえた、だが伝えたいのはそんな事ではないと、何とか伝わるように願いを込めて、燈吾は紘之助の手をとり、自身の胸元に持っていった。


「─ありがとう、私達を守ってくれて。私は、そなたが今まで支えてくれた事も、逃げることなど叶わなかっただろう状況から守ってくれた事も、心から感謝している」


 この言葉を聞いた紘之助は、安堵あんどの気持ちに包まれた。その手から伝わってくるぬくもりを、ほんの少しの間たしかめて、彼は嬉しそうに微笑んだ。そして、またゆっくりと立ち上がり、静かに空気を振動しんどうさせながら言う。


「この里に住める状態でなくしてしまった事を、ここに謝る、申し訳ない」


 そうして里の人々に、頭を下げると、後ろにひかえていた一族も同じく頭を下げた。見渡す限りしかばねめ尽くされた大地、せ返るような血のにおい、今いる屋敷以外は跡形あとかたも無くなってしまった里。確かにこれでは、もう住めない、捨てるしかない。どうしようかと人々が考え始めると、これまで無言を決め込んでいたアルフォンソが、えらく軽い口調で言葉を口にした。


「皆さん大丈夫ですよ~、ちゃーんと、新しい里を二つとなりの国に用意してありますから」


 すでに、その国の人間達はこの世から旅立っている。敵軍三十万は、二つ隣の国が、自国と近辺きんぺんにある国からかき集めた兵士だったのだから。元々この里に住んでいた人々は、そこに移住いじゅうすれば良いだけの話だった。それを聞いた人々は、おびえやおそれを通り越して、感激を覚えた。まさか、そこまで自分たちの存在を考慮こうりょしてくれているとは思っていなかったのだ。いくさの様子は確かにひどかった、しかし自分たちは人間で、彼等は鬼だ、流儀りゅうぎの違いはあれど、守るという点にいてはいつわりの一つもなかった。





 .

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る