第28話

 屋敷からも、敵の大軍が迫って来るのが見え始めた。まだ、彼等は動かない、里の人々の耳に、ズズズッ…という重い音が聞こえた。またいくつもあるモニターをキョロキョロと見ていると、映像の中に、屋敷前で横一線に並ぶ目の前の彼等が映っていた。音の発生源は、その足元だ。踏み込む足が、地面にめり込んでいっている。


 里の人々は、自分たちの目からも見える敵軍を前に、百人で本当に大丈夫なのかとハラハラしていた。冷や汗が、頬骨ほおぼねを伝う。モニターから、諜報部隊員が発する声が聞こえた。


〈ポイントA第一抜刀隊、用意─〉


 燃えるような殺気が、彼等の髪を、衣服を上へ向かって吹き荒らす。体勢が同じでも、刀の構えはみな違う、それがより殺しに特化しているさまを、人間達に感じさせた。


〈─GO〉


 彼等は一瞬で、そこから消えた。次の瞬間には、血の雨が降っていた。その巨体が大きくうねりながら、舞うように敵軍をき、どんどんと前進してゆく。彼等一族を前にして、人間達は何もできない、ただただ無力だ。血塗ちまみれの黒い髪が、彼等のあしの動きに合わせてえがく、わらう顔も血を浴びている。それでも止まらない、前へ前へ、一度に一人で何百という敵兵をせながら進んでいく。


〈ポイントB第一暗殺部隊・ポイントC第二暗殺部隊、用意─〉


 紘之助の声が、モニターから聞こえた。あやしく揺らめく黄金を宿やどした黒い眼、舌嘗したなめずりをしている彼の顔が、そこにうつっている。人々の背筋せすじが凍った、かすかに開いた真っ赤な唇が、ゆっくりと動く。


〈GO〉


 その言葉が放たれると同時に、里を囲む山々が、ざわりと揺れた。屋敷内のとあるモニターでは、超高速で飛び出してきた何かが人間達の脳幹のうかんつらぬいてゆく様子が流れている。数千本の棒手裏剣ぼうしゅりけんが、秒単位で放たれたのだ、ただの一本すらもはずさない、まるでドミノのように倒れていく敵兵たち、次々とり出される棒手裏剣がむ気配が感じられない。正面からは、しかばねえながら迫ってくる人ならざる者達、左右では訳も分からぬままドサドサと倒れていく自軍の兵、これは只事ではないと、彼等は退こうとした。


 だが、それは叶わない。退路たいろに待ち構えているのは、鬼の総司令官が率いる二十五名の抜刀隊だ、轟々ごうごうと燃え上がるような殺気に長い長い髪をなびかせて、彼は長い漆黒の刀を肩に乗せながらわらっていた。


 敵軍が退こうとする、この時を待っていた、多すぎる軍が全て里の中に収まりきるのを。それを、やっと理解した人々は、ひたすら戦況せんきょうを見守るしかなかった。燈吾が、自分たちの恐ろしさに震えながら、それでも見守ってくれている事は、紘之助の目には見えていた。心の中に、今この瞬間にも燈吾を失いたくない寂しさがチラつく。そのことを自嘲しながら、鬼の本分ほんぶんてっするべく刀を構えた。


退路たいろふたをする、我等を前に、逃げられると思うなよ。ポイントD第二抜刀隊、用意─〉


 ざっ…、と片脚かたあし退く音がやかましい戦場に木霊こだました。敵方てきかたは、一瞬何事かと動きを止める。それが、彼等の記憶の最期となった。


〈─GO〉


 縦に、横に、斜めに、最初の抜刀ばっとうの勢いで、一人一人の隊員が数百人を一気にり倒した。後ろからもすさまじい早さで押し寄せてくる漆黒の死のなみ退けぬ、進めぬ、逃げることも叶わぬ。そうして夕日が沈む頃には、敵軍三十万が、全滅していた。


 結局、屋敷まで辿たどいた敵兵は一人としていなかった。浮いていたモニターが消え、おそらく第一抜刀隊が斬った勢いで飛んできた人間のパーツが、いくつも乗っていた半透明の盾が消えて、里の人々に見えるのは、見渡す限り山積やまづみになっている敵だったもの。人々は、ヘタリと地面に座り込んでいた。まさか、こんな光景を見ることになるなどと、彼等の中の誰が想像しただろうか。





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