五、風に乗るウサギ

 翌日、今日は一日寝てなさいと止めに入る母さんを振り切って、いつもより早めに家を出た。まだ微熱は引いていなかったけれど、船の進水式は今日の五時間目の図工の時間だったはずだ。昨日の約束もあるし、どうしてもそれに間に合わせたかった。


 上履きに履き替える時間ももったいなくて、靴下のまま急ぎ足で教室へ入る。すると、まだ七時半だというのに、そこには先客が二人、酒井と宮田が机を並べて座っていた。その手には、壊れた船の、骨組み。


「あ、金田……その、昨日はごめんな」

「俺ら、直そうと思って…船。 お前の」


 不意打ちの遭遇に面食らたのは、どうやら相手も同じらしい。弾かれた様に席を立つと、ぎこちなく言葉をつないだ。


(あれ…ひょっとしてこの二人……実はいい奴らなのでは?)


 予想だにしなかった状況を前に、仁は一瞬どう返事をしたらいいのかわからなくて、「別にいい」とだけ呟いた。思わず視線を逸らしてしまう。


「…怒ってる、よな?」


 そんな仁の様子を前に、大きな図体をした二人は、シュンと小さく首を垂れた。その様子がいかにも飼い主に叱られたわんこのようで、仁はふふっと小さく笑った。


「もう怒ってない」

「ほんとごめんな」

「もういいよ」


 困ったようにもじもじとする二人は、自分が思っていたような極悪非道の乱暴者、というわけでは全くなく、自分と同じ、ただの小学生四年生だった。


(そっか…全部僕の思い込みだったのか…)


 今まで怖いと決めつけ、距離をとっていたクラスメイトの新たな一面に気付けたことが嬉しくて、とくんとくんと心臓が高鳴る。


 仁は小さく深呼吸すると、思い切って口を開く。


「船、完成させたいから、手伝ってくれる?」


🐇


 その後、休み時間と昼休みもフル活用して、なんとか船を完成させることができた。


 三人がかりで急ピッチでこしらえた船は、ウサギ柄のツギハギだらけで、最初に思い描いていたものとは程遠い見た目だったけれど、諦めずに完成までもっていけたこと。新たな友人たちとあれこれ試行錯誤ができたのは素直に楽しい経験で、仁の心内は大いに満たされていた。


 手伝ってくれたお礼に、とウサギのシールをいくつかあげようとしたけど


「いや、流石にそれはいらないかな」


と苦笑いされた。


🐇


「はーい、では皆さん。作った船をプールに浮かべましょう!」


 ウサギをのっけた帆船が、風を切って走る。


 跳躍の象徴。


 常に前に跳ぶ、カッコイイ生き物。



 仁は、堂々と帆を張り風に乗るウサギを見つめ誇らしげに胸を張った。




- 完 -

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風に乗るウサギ K島 @RK_Shimma

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