勇者パーティーで回復役だった僕は、田舎村で治療院を開きます

第99話 「風化していた感情」

　まさかこんなに容易く“変な魔族”を見つけられるとは思わなかった。

　なんとも都合の良い感じに目の前に現れてくれたな。

　探す手間が省けたのはいいが、もう少し心の準備が欲しかった気もする。

　と驚く傍らで、変な魔族は袴の袖を口元に当てて、クスクスと笑い声を漏らした。

「ふふっ、“変な魔族”かぁ。面白い呼び方だねぇ。ぼくの名前はゴーストライターって言うんだけど、ぼくってそんなに変なのかなぁ。まあでも変かなぁ。ぼくに会った人はみんなそう言うからねぇ。変だねぇ、おかしいねぇ……」

「……」

　なんか絡みづらい魔族だな。

　ふわふわとした喋り方が、まるで雲のように掴み所がない。

　無理矢理に向こうのペースに持って行かれてしまいそうだ。

　思っていることがすぐに口から漏れてしまう性格なのだろうか？

　なんて気遅れしている場合ではないので、僕は意を決して変な魔族に話しかけた。

「……お前が、シーラとルベラを犬と猫に変身させた魔族か？」

「んっ？　シーラとルベラ？　もしかしてこの前の、赤髪のお姉さんと金髪のお姉さんのことかなぁ？　そうだよぉ。ぼくが二人を変身させてあげたんだぁ。すごく可愛らしくなったよねぇ。それで、それがどうかしたのかなぁ？」

　とりあえずこれで、目の前のこいつがマリンたちが遭遇した魔族という確認がとれた。

　あともう一つだけ、聞いておかなければならないことがある。

「じゃあ、各地の魔族に魔法の杖を配っているのも、お前だったりするか？」

「各地の魔族？」

　ゴーストライターと名乗った魔族は眉を寄せる。

　本当にこいつは、今までの事件と関係があるのだろうか？

　僕の考えすぎという可能性もいまだに捨て切れていないので、こうして改めて確認をとってみた次第だが……

　すると予想通り、ゴーストライターは静かな笑みと共に頷いた。

「そうだよぉ。よく知ってるねぇ、お兄さん」

「……」

　やはりこの魔族が、一連の事件の引き金となっている元凶。

　皆が口々に話していた“変な魔族”の正体だ。

　ようやく見つけた。

　自ずと僕の脳裏には、三人の魔族の姿がよぎる。

　メデューサのペトリーファ、マタンゴのマッシュ、ゴーレムのレムの三人だ。

「どうして、あんなことをしたんだ？」

「んっ？」

「どうして色んな魔族に、魔法の杖を渡したりしたんだ？　何か見返りを受けているわけでもないんだろ」

　それなのにどうしてわざわざ、他の魔族たちを手助けするようなことをしているのだろうか？

　目的がまったく見えない。杖を受け取った魔族たちも見返りを渡しているとは言っていなかった。

　ずっと抱えていた疑問を投げかけると、奴はすぐに答えてきた。

「みんなが困っていたからに決まってるよぉ。助けを必要とする魔族がいて、助ける方法をぼくは持ってるわけだからねぇ、助けてあげるのは当然のことじゃないかなぁ？　みんな笑顔になって、ぼくもとても嬉しいなぁ」

「……嬉しい？」

　なんて聞き苦しい言い訳だと、僕はつい思ってしまった。

　善人を装っただけの、ただの虚偽。

　本心を語っているようで、この魔族の言っていることはどこか嘘くさかった。

　猫を被っていると言ってもいいかもしれない。

　その化けの皮を剥ぐため、というわけではないだろうが、隣のマリンが僕に続くように質問した。

「じゃあ、シーラとルベラを犬と猫に変えたのはどう説明するつもりよ」

「いきなり拘束するとか言い出して、攻撃してきたのはお姉さんたちの方じゃなかったかなぁ？　攻撃されそうになったら、自分を守ろうとするのは当然のことだよねぇ。それともお姉さんは、魔族からの攻撃を黙って受けるような変態さんなのかなぁ？」

　ニコニコと屈託のない笑みを浮かべている。

　それがまた鼻につく。

　いや、それはもういいとして、とりあえず僕は変な魔族に会いに来た目的を果たすことにした。

「こんなことをするのはもうやめろ。お前が魔法の杖を渡しているせいで、色んな場所で魔法の被害が出ているんだ。それと、被害に遭った人たちをみんな治してもらうぞ」

　テレアの回復魔法が使えない今、元凶のこいつしか治療方法を知らない。

　だから直接治療方法を聞きにこの無人島までやってきたのだ。

　ついでにこんなことはもうやめろと注意しに来た。

　するとゴーストライターは、眉を寄せて悩まし気な顔をした。

「うぅ―ん、やめろって言われてもねぇ。ぼくはただ困ってる魔族を助けてあげてるだけだからねぇ。だからやめろって注意するなら、他の魔族たちの方じゃないかなぁ。だってさぁ、ぼくは杖を渡しただけで、実際に使ったのは彼らの方なんだよぉ。その被害をぼくのせいみたいにされるのは、なんかやだなぁ」

　そんなことをいけしゃあしゃあと、僕たちの前で語ってみせた。

　まるで悪戯好きの子供が、のらりくらりと自分のした悪戯を認めないように。

　さすがにこれには、反論せざるを得なかった。

「お前が他の魔族に協力しなければ、あいつらだって悪さをすることはなかったかもしれない。それに被害者たちを治せるのは、もうお前しかいないんだ。だから……」

　反省はしなくてもいいから、とにかく治療方法を教えてくれ。

　そう言おうとしたのだが、それより先にゴーストライターが……

　僕の声を遮るように、悪戯な笑みを浮かべた。

「やーだよ」

「……はっ？」

「言ったでしょ、ぼくに責任はないってさぁ。悪さをしたのは他の魔族たち。ぼくはなーんにも知らないなぁ」

　……まるで他人事。

　実際に奴にとってはそうなのだろう。

　でなければこんな平然とした顔をしていられるはずがない。

　罪悪感を少しでも抱いているのならば、ここまで事件を大事にしておいて、こんな何食わぬ顔をしていられるはずがないからだ。

　並の神経ではない。

「……本気で言ってるのか、お前？」

「お前じゃなくてゴーストライターだよぉ、お兄さん。でも長いからゴーストって呼んでねぇ。実際はあんまりこの名前って気に入ってないんだけどさぁ、他に可愛らしい名前とか思いつかなくてぇ……」

「そんなことはどうでもいい。本気でお前は、自分が悪くないと思っているのか？」

　信じがたい思いでゴーストライターに問いかける。

　すると奴は、逆に信じられないと言いたげな表情で返してきた。

「えっ？　ぼく、何か悪いことしたかなぁ？」

「……」

　その返答を受け、僕は思わず放心する。

　自分がしたことの重大さを、まるでわかっていないのだろうか。

　直接手を汚していなければ、罪に問われることはないと思っているのだろうか。

　よもや事件の真犯人が、こんなにも癪に障る奴だなんて……

　いや、正直なところ、薄々そんな気はしていた。

　この件はずっと、なんだか気に食わないと思っていたのだ。

　事件の直接的な犯人である魔族たちは、確かに悪さをしていたけれど、どこか第三者に操られているような気配がした。

　度々、後ろ盾の存在が垣間見えて、彼らを一方的に責めることができない自分がいた。

　その原因といよいよ対峙したことで、僕の心中は穏やかさを失ってしまった。

　何か特別な理由があるなら話は別だったけど……本当に、我慢の限界だ。

　僕は目を伏せて、両拳を強く握りしめながら呟く。

「お前が杖を渡した魔族の何人かと会った。お前は遊び半分、冗談半分、もしくはただの気まぐれで杖を渡したのかもしれないけど……」

　顔を上げ、ゴーストを睨みつけて言った。

「少なくともあいつらは、真剣に悩んでた」

　年老いて魅力を失ってしまったメデューサのペトリーファ。

　後世に子孫を残すことができないマタンゴのマッシュ。

　眠ることしかできなくて楽しい夢を欲したゴーレムのレム。

　みんなみんな、自分の悩みに真剣に向き合って、本気になって戦っていた。

　それなのに……

「その気持ちを利用して、悪さをするように仕向けておいて、自分は何も悪くないだと？」

　懐からネビロナイフを抜く。

　それを逆手持ちにして身構える。

　そして僕は、我知らず、低い声を唇からこぼした。

「ちょっとだけ、痛い目に遭ってもらうぞ、ゴースト」

「……」

　久々に、火がついた。