第98話 「変な魔族」
取り留めのない会話をしながら密林を進むと、やがて僕たちは海岸へと出た。
白い砂浜に青い海。当然ながら周囲に人はいない。
少し温暖な気候の島なのか、程よく肌を焼けそうな日照が白浜を光らせている。
まさにバカンスにぴったりの聖地だと言える。
そんな景色を間近で見せつけられた僕たちは、長々としたため息を禁じ得なかった。
「やっぱり綺麗なのよねここ。できれば厄介事じゃなくてプライベートで来たかったわ」
「うん、同感だな」
本当に遊びで来たい場所だった。
治療院のみんなで遊びに来られたらどれだけよかっただろうか。
なんて泣き言をこぼしていても仕方がないので、先に進むことにしよう。
と思っていると、マリンも似たようなことを考えていた。
「はぁ、みんなと一緒に海で遊びたいわねぇ。ルベラには赤いビキニを着させて、シーラには黄色いワンピースを着させて、テレアには白いパーカーとショートパンツ……いや、いっそ学生用水着って手も……」
「……」
何をしょーもないことを考えているんだか。
と呆れる反面、僕も同じようなことを頭に思っていたから何も言えない。
ついつい現実逃避をしてしまうのも納得できる。
密かにマリンの気持ちに同意しながら、僕は何となしに口を開いた。
「じゃあマリンは青い水着でも着るのか」
「……」
本当に、何でもないつもりで聞いてみただけだ。
別に邪な考えや下心があったわけでは決してない。
しかしマリンは僕の台詞に対し、予想外に過敏な反応を示した。
見る間に顔が真っ赤に染まる。
「な、なに言ってんのよあんた! キモキモキモッ! 何ちゃっかり水着の色とか指定しちゃってんの! まさか私の水着姿とか想像してるんじゃないでしょうね!」
「違うわアホ! お前のイメージカラーが青だからそうなのかなって思って言っただけだよ! ていうかお前だって相当気持ち悪いこと言ってたからな!」
同じパーティーメンバーの水着を指定してたくせに。
なんで僕だけ気持ち悪い奴みたいに言われなきゃいけないんだ。
ていうか勇者パーティー時代にあれだけ身の回りの世話をしてやったんだから、今さら水着姿程度で何も思うわけないだろ。
「バ、バカなこと言ってないでさっさと変な魔族を探しに行くわよ。事態は一刻一秒を争うんだから」
「お前が最初に言ったんだろ」
何かを誤魔化すように足早に進むマリンに、僕は呆れながらついて行った。
「で、例の変な魔族に襲われたっていうのはどの辺りなんだ? とりあえずはそこに行ってみたいんだけど」
「そんなこと言われても、まだここが島のどの辺りなのか全然わからないわよ。海岸まで来たはいいんだけど、目印になるものなんて何もないし」
言われて辺りを見回す。
確かに指標になりそうなものは何一つ無さそうだ。
海岸まで来ればそれらしいものがあるかと思ったんだけど、これでは場所の特定は困難である。
こうなったら手探りで島を探索して、変な魔族の手掛かりを探すしかないかな。
なかなかに骨が折れそうだ。
こうなるとプランの探知能力やアメリアの嗅覚が欲しくなってくるけれど、それは無い物ねだりにしかならない。
僕とマリンでどうにかするしかないのだ。
不意にドッとした疲れを感じながら、渋々と歩き出そうとすると、その刹那――
水のように、あるいは柔らかい雲のように、するりと自然な流れで“誰か”が会話に入ってきた。
「それならぁ、ぼくが案内してあげよっかぁ?」
「「――っ!?」」
一瞬、普通に返答してしまいそうになる。
“よろしくお願いします”と。
それほどまでに違和感のない入りだった。
だから僕とマリンは、数多の戦闘経験で培ってきた反応力がありながら、一拍子遅れて後ろを振り返った。
すると、そこにいたのは……
「……子供?」
子供だった。真っ白な子供。
まるで白い砂浜で作った砂人形のように、肌も髪も目も、着ている袴も全部が白い。
死装束にも見える白袴を着ているせいで、一見幽霊にも見えてしまう。
肌が焼けそうな日照りの下には、大変似つかわしくない存在の子供だった。
おまけに男児にも女児にも見える中性的な顔立ちをしている。
この病的な見た目と、例えようのない存在感。
一目でわかる。この子は絶対に魔族だと。
そしてただならぬ実力を備えていると。
なんなんだこいつ?
「あ、あんたは……」
「……?」
死装束の魔族を見た瞬間、マリンが驚いた様子で目を見開いた。
対してそんなマリンを見た白い子供は、驚いているのか驚いていないのか、よくわからない反応を示す。
「あっ、あの時のお姉さんだぁ。前はたくさんのお友達と一緒に来てくれて、本当にありがとねぇ。すごく楽しかったなぁ」
以前にも会ったことのあるような反応。
傍らでそれを聞いていた僕は、唖然としながら子供を見据える。
もしかしてこいつが、前に勇者パーティーがこの無人島で会った……
「今日はお友達じゃなくて、彼氏さんと一緒なんだねぇ。もしかしてこの前のは、彼氏さんとのデート前の下見だったのかなぁ? お姉さんは健気だねぇ。それならお邪魔するのは悪いかなぁ? デートなら二人きりで楽しんだ方がいいもんねぇ。いいなぁ、羨ましいなぁ、微笑ましいなぁ……」
「……」
眠くなりそうな間延びした声で、ブツブツと何かを呟き続けている。
僕らの方に視線を向けながら、その実まるで違う場所を見つめている様子だった。
見た目もそうだが、性格も相当クセがありそうだ。
ゆえに僕は直感だけで、目の前のこいつの正体を瞬時に悟った。
同時に、率直な感想を口にする。
「……変な魔族だ」
「ねっ、変な魔族でしょ」
意図せず僕たちは、目的の変な魔族と遭遇することができたみたいだ。
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