第97話 「勇者と応急師」
チョークで作った転移門を抜けると、そこは密林だった。
辺りには木々が生い茂っていて、かなり見通しが悪い。
そのせいで島のどの辺りに到着したのかもまるでわからない。
そもそもここがくだんの無人島なのかも定かではない。
ただ、近くから潮の香りが漂ってくるので、海が近いことだけは直感で悟った。
ともあれ、僕は今一度確認をとるためにマリンに問う。
「ここが、変な魔族と会った無人島で合ってるか?」
「……えぇ、そうよ」
マリンはほんの少し周囲を見渡したのち、こくりと頷いた。
転移門はチョークを使用した人物のイメージによって、転移先が決まるようになっている。
マリンが頭の中で上手く想像できていないと、まったく見当違いの場所へ転移する可能性もあった。
でもどうやら無事に着いたみたいだな。
「んで、どの辺りでその魔族と会ったんだ? まだ同じ所にいてくれていればいいんだけど」
「まず、ここが島のどこなのかよくわかんないわよ。とりあえず海岸の方に行って正確な位置を把握しましょ」
というわけで差し当たって僕たちは、潮風の吹いてくる方へ向かうことにした。
マリンが行きたい場所を想像して転移門を作ったわけだけど、やはり完全に正確な場所へ転移はできなかったらしい。
だから僕たちは正確な位置を把握するために海岸を目指すことにする。
魔族が集まっているという情報もあるので、細心の注意を払って密林を進んでいった。
その最中、まるで緊張を紛らわすかのようにマリンが口を開く。
「ずっと、気になってたんだけど……」
「んっ?」
「どうして、手伝ってくれる気になったの? あんた、面倒臭いの嫌いだったはずでしょ」
突然の問いかけに、僕はしばし唖然としてしまう。
やがて遅れて質問の内容を理解した。
どうして変な魔族を倒すのを手伝ってくれたのか、という質問だろう。
もっと言うと、テレアの天職が無くなった事に関して、色々協力的なのか聞いてきたのだ。
それもそのはず。
以前、マリンの天職が無くなった際、僕は依頼を受けるのをかなり渋った。
しかし今回はほぼ二つ返事で承諾した。
それが不自然に見えて、マリンは違和感を覚えたみたいだ。
違和感を覚えたというか“釈然としない”といったところか。
どうして自分の時はあれだけ躊躇ってたのに、テレアの場合は即断なのかと。
僅かなしかめ面から、その不快感がひしひしと伝わってくる。
「別にテレアを優遇したってわけじゃないよ。ちゃんとした理由が二つあるんだ」
「二つ?」
「まず一つは、ハテハテ村の村人たちを助けるため」
そう言うと、マリンは眉を寄せて怪訝そうにした。
「ハテハテ村って何よ?」
「村人たちの物忘れがひどい村。その物忘れ、というか記憶喪失の原因が魔族の魔法によるものってわかって、その治療をしたくてテレアの回復魔法を貸してほしいんだよ。ついでにうちのプランもその被害にあってるからさ」
僕がマリンたちに協力的なのは、あくまでテレアの回復魔法を必要としているからである。
そう説明すると、マリンは納得したように首を縦に振った。
「あの白髪の子が、人が変わったみたいに大人しかったのはそういうことだったのね」
「そそ」
まあ、あの大人しいプランのままでも良い気はするんだけど、一応体裁というのもあるしね。
ノホホ村のみんなだっていつものプランが好きなわけだから。
それに僕も、あのプランのままだとなんだか調子が狂うし。
「で、もう一つの理由は?」
「……」
首を傾げるマリンに、ほとんど聞こえないくらいの声量で僕は呟いた。
「そろそろ僕も、我慢の限界だからな」
「……?」
自分でも驚くほど低い声が出た。
できれば今のは、マリンの耳に届いていてほしくないと思う。
だから僕は先刻の台詞をまるで誤魔化すように、今度はこちらから尋ねてみた。
「じゃあ、こっちからも一個質問していいか?」
「えっ?」
「どうして変な魔族と戦うのに否定的だったんだよ?」
問いかけると、マリンは明らかに動揺したように目を見開いた。
その姿にますます疑念が膨らみ、畳み掛けるように僕は続ける。
「らしくなく、なんか弱気だったし。いつものお前ならもっと、『よくも私の可愛い子たちをこんな姿にしてくれたわね!』とか言って、一も二もなく復讐に走りそうなもんだけどな」
「……私のことどう思ってんのよあんた」
良い意味で仲間思い、悪い意味で変態だと思っている。
ともあれマリンが乗り気でなかったことだけは事実だ。
だから僕は命知らずな挑発までして、わざわざマリンを奮起させたのだ。
もう二度とあんな真似はしたくない。
なんて思っていると、マリンはやはりらしくなく、辿々しい口ぶりで答えた。
「変な魔族にムカついてるのは、あんたの言った通りよ。今すぐにでもぶっ飛ばしてやりたいって思ってる。でも……」
途端、マリンが弱気な様子で目を伏せた。
「やっぱり、戦うのが少し怖いとも思ってる」
「怖い?」
「いつも傍にいてくれたルベラとシーラがいないっていうのもそうだけど、それよりも、テレアの回復魔法がないのが一番怖い」
思いの外、その台詞に僕は驚かされた。
虚をつかれた、と言ってもいいかもしれない。
なんだろうこの気持ちは。なぜだか僕は今、“悔しい”と思ってしまっている。
「相手の魔法に対抗できる手段がない。一撃でも食らったら治療する術がない。それがすごく、怖いのよ」
だからマリンは、変な魔族と戦うのに否定的だったわけだ。
改めてそう言われると、確かに僕たちは無謀なことをしようとしているのではないかと思えてくる。
一撃でも魔法を受けたら終わり。僕の回復魔法なんてあってないようなもの。
テレアが健全な状態でここにいてくれたら、どれだけよかったことだろうかと無い物ねだりな気持ちになるのも当然のことだ。
やがてマリンは、しみじみとした様子で呟いた。
「回復役って、とても大切な役割なのね」
「……」
よもやそんな台詞までこいつの口から聞けるとは思ってもみなかった。
ようやくそれに気付いてくれたみたいで正直嬉しい。
同時に、僕の実力でその台詞をマリンの口から吐かせたかったとも思う。
人知れず悔しい気持ちを味わっていると、不意にマリンが横目でこちらを一瞥し……
「だから……ね」
木々のさざめきに消え入りそうな声で、ぼそりと呟いた。
「『二人で行くか』って言われて、ほんのちょっとだけ……安心した」
「……」
不思議とその言葉は、僕の耳にちゃんと届いた。
安心した、か。
やはりいつものマリンらしくない。
けどもしかしたら、こいつも少しずつだけど変わってきているのかもしれないな。
改めて回復役の重要さにも気付いてくれたみたいだし、僕の知っている頃より、周りをよく見るようになっている。
だから僕は思わず感慨深い気分に浸っていると、そのしんみりとした雰囲気を嫌がるように、マリンは突然調子外れな声で言った。
「ま、あんたの回復魔法なんてあってないようなもんだけどねー。“気休めの薬”程度って考えておいてあげるわよ。回復役じゃなくて気休め
「……このクソマリン」
気休め薬で悪かったな。
せっかくほんの少しだけ見直してやろうと思ったのに。
僕の感心を返せこのやろう。
舐めたことを言われて気分を害した僕は、手近に見つけた正体不明の木の実をもぎ取り、こっそりマリンの髪に引っ付けておいた。
ちょっとだけ気分がすっきりしました。
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