第95話 「デート」
テレアとデートすることになりました。
そうすることで僕に幻滅してもらい、聖女の天職を取り戻す算段である。
ノホホ村でデートなんて言われてもパッと思い付かないけれど、逆に何もリード出来無さそうなシチュエーションの方が幻滅してもらえるという理由で実行に至った。
まあ僕も、まともに女子とデートなんてしたことないため、この作戦には大いに期待している。
僕なんかが女子を楽しませてあげることなんて出来やしない。きっと失敗して気持ちが冷めてしまうと。自分で言ってて悲しくなってくるけどね。
そういえば、前にプランとお買い物デートとかいうのをしたことがあるけど、あれはまあ回数に含めなくてもいいよな。
ともあれ、デート計画実行である。
デートの流れとしては、まずは村の中央広場まで行き、そこで色々と見て回る。
気が付けば活気ある時間帯になっていたので、広場にある店もとっくに開いているだろう。
その後、どこかでご飯でも食べて治療院に帰宅するという、割と普通のデート内容だ。
ではいざ、村の中央広場へ。
「……」
「……」
その道すがら、僕とテレアは二人きりになる。
特に会話をすることもなく、二人して空を流れる雲をぼんやりと見上げながら、広場を目指して歩いていた。
何を話したらいいのか全然わからない。
突然デートすることになったせいで、まだ頭の整理すら追いついていない状況なのだ。
そんな中で気の利いた台詞なんて思いつくはずもない。
ちなみに僕たちの後ろからは、二人の女子が尾行してきている。
プランには留守番と小動物たちのお守りを頼んだのだが、マリンとアメリアだけはついて来ると言い張った。
デート作戦が上手くいくかどうか、見守りたかったようだ。上手くいくかじゃなくて失敗するかどうかか。
気まずいから治療院で待っていてほしいと頼んだのだけれど、どうしても二人はついて行くと聞かなかった。
そんな彼女らは、『その調子だ』と言わんばかりに僕にグッドサインを出していた。
確かに今の状況は、まともに会話のきっかけも振ることができないダメ男だということを証明できている。
印象は確実に悪くなっているはずだ。明らかなマイナスポイント。
この調子でデートを台無しにして、僕に幻滅してもらうとしよう。
意図せず無言を貫いて、中央広場まで辿り着くと、そこはすでに活気に溢れていた。
とりあえずどこかの出店に寄って、何か買って食べることにしよう。
デートっぽいことと言えば、それくらいしか思い付かなかった。
というわけで手近な出店に寄ってみると、そこで店番をしていたお母さんが不思議そうな顔をした。
「あれあれノンさん? 今日はプランちゃんじゃなくて、違う女の子とお買い物なのかい? 随分と珍しいねぇ」
「え、えぇ、まあ」
「……」
デート中に別の女子の名前が出る。マイナスポイント。
広場に来る時は、いつもだいたいプランと一緒なので、不思議に思われたらしい。
村の人たちはテレアの顔を見たこともないだろうから、その疑問は当然のものだ。
よ、よし、この調子だ。
続いて僕たちは、品揃えの良い雑貨屋さんへ向かうことにした。
だが……
「あ、あれっ? 今日ここお休みだったっけ? ごめん、全然知らなかった」
「……」
店が休みだと知らず無駄足を踏んでしまった。
段取りが悪い。マイナスポイント。
そのあと僕は、同じようにして失態を繰り返し、ダメな部分を嫌というほどテレアに見せつけた。
「あっ、ごめん。足踏んじゃった」
「……平気」
女子の足を踏む。マイナスポイント。
「あっ、ノンさん、ちょうど新作のアクセサリー入ったから買って行かないかい? そこの彼女さんにでも」
「ご、ごめんなさい。今ちょっと節約中で……」
「……」
節約家、というか貧乏性で甲斐性なし。これもマイナスポイント。
「ひ、人混みすごいから、はぐれないように……って、あれっ? テレアどこだ? おーいテレアー?」
「……」
リードすらできていない。言わずもがなマイナスポイント。
他にも抜粋し切れないほど失敗を繰り返し、順調にマイナスポイントを重ねていった。
これでいい。これでいいはずなんだけど……
なんだろう。僕ってすごくダメダメじゃん。
慣れていない相手とデートするのが、こんなに難しいだなんて思わなかった。
プランといる時はこんなことまったくなかったのに。
計画が上手くいきそうな高揚感と、自らの未熟さに屈辱感を覚えながら、なんとも複雑な心境に陥った。
心身ともに疲弊してきた僕は、手近なところにベンチを見つけて提案する。
「ちょ、ちょっとそこで一休みしていい?」
「……うん」
デート中に女子より先に音を上げる。マイナスマイナス。
なんかもう、数えるのがバカらしくなってきたな。
こうなることを見越してデート作戦を実行したわけだけど、我ながら情けなくなってくる。
緊張してるってわけじゃないのに、どうしてか色々とぎこちなくなってしまうのだ。
いや、それでいいんだけどさ。
しかしそれでもテレアの気分を害していることに違いはなく、さすがにそれには罪悪感を禁じ得なかった。
ゆえに僕は、ほとんど無意識のうちに口を開いていた。
「なんかごめん、色々と巻き込んじゃって」
「えっ?」
突拍子もない言葉だったため、さしものテレアも不思議そうな声を漏らす。
どういう意味? と言いたげな顔をしていたので、僕は謝罪の意図を話した。
「テレアの気持ちを変えるために、こうやってわざわざデートしたり、僕のダメな部分を見せたり、なんか色々と思いつきに振り回しちゃっててさ。テレアにしてみたら意味わかんないもんな」
「……」
聖女の天職を取り戻せるかどうかに、世界滅亡の危機が掛かっていることは事実だ。
しかしそれはあまりにもスケールがでかいため、いまいち危機感を身近なものにできていない。
それなのにどうして天職を取り戻すために振り回されなければならないのか。
という風に、テレアが一番混乱しているに決まっている。
加えてこんなにつまらないデートにまで引っ張り出されて、溜まったものではないだろうな。
なんて思って自嘲的な笑みを浮かべていると、今回のデートで初めて、テレアの方から声を掛けてくれた。
「それを言うなら、ボクの方」
「えっ?」
「ボクが、あなたのことを好きにならなかったら、こんなことにはなってなかった。ルベラもシーラも元に戻せた。変な魔族を倒すこともできた。あなたに迷惑を掛けることもなかった。全部、ボクが悪い」
「……」
珍しく口数多く、テレアは語る。
普段から無口で、ほとんど会話に参加していないため、今まで彼女の心理を確かめる術がなかった。
思えば、テレアは今回の件をどう思っているのか、僕たちはまったく知らないまま作戦やら計画やらを立てていた。
本当ならもっとこの子の声に耳を傾けて、それからどうするかを考えるべきだったのに。
そしてようやく、テレアは胸の内に秘めていた気持ちを、僕に打ち明けてくれた。
テレアは、罪悪感を覚えていたみたいだ。
「みんなを平等に愛さなきゃいけないのに、あなた一人だけを好きになった。それがいけないことだってわかってたのに、気持ちを止めることができなかった。だからボクは、聖女失格なの」
「……」
懺悔にも似たテレアの呟きに、僕も胸を締め付けられるような痛みを感じた。
思えば、残酷な話だ。
聖女の天職を授かったその時点で、誰か一人の異性を愛することを禁じられたわけだから。
人を好きになっちゃいけない運命。好きになった時点で無力になる定め。
下手をしたらそれによって周囲から責められることだってあり得る。
なんともひどい話だ。
天職を授けてくださった女神様も、だいぶ意地が悪い。
何より、テレアにこんな顔をさせているのだから。
彼女は悪びれた様子で目を伏せて、膝の上に乗せた拳をぎゅっと握りしめていた。
まるで過ちを犯した自分を、自らの手で痛めつけるように。
そんなテレアの様子を横目に、僕は悲しい気持ちになりながら……知らず知らずのうちに語りかけていた。
「自分を責める必要は、たぶんないんじゃないかな」
「えっ?」
「人が人を好きになるのは当然のことなんだし、それはすごく自然な感情だ。だからテレアは間違ってない。それだけは断言できるよ。わざわざ治療院に来てまで治さなきゃいけないことじゃないし、テレアが望まないなら、気持ちはそのままでいいとも思う」
今の辛そうなテレアを見てると、なおさらそう思えてくる。
怪我をしたとか毒や呪いに掛かったとかならともかく、テレアはただ人を好きになっただけだ。
治療が必要だとは思わない。
ましてや罪悪感を覚えてそんな顔をすることなんてまったくないのだ。
だってテレアは、『聖女』である以前に、『普通の女の子』なんだから。
「治癒師の僕がこんなこと言うのは、身も蓋もないというか、縁起でもないことかもしれないんだけど……」
僕はテレアの曇った顔を晴らしたいと思い、柄にもないことを口にした。
「“恋”は患ってもいい、ただ一つの“病”じゃないかなって、僕はそう思ってるんだ」
「……」
テレアは驚いた様子で、つぶらな瞳を丸くした。
しばしその状態のまま固まり、やがてすっと顔を伏せてしまう。
いったいどうしたのだろう? と不思議に思って眺めていると、俯いたテレアが蚊の鳴くような声を漏らした。
「……そういう、ところ」
「……?」
上手く聞き取ることができなかった。
なんて思っていると、いつの間にかテレアは伏せていた顔を上げ、無表情に戻っていた。
どういう反応だったのかいまいちよくわからない。
けど、結果的に曇っていた表情を晴らすことはできたので、僕的には満足だ。
にしても、柄にもなく恥ずかしい台詞を言ってしまった。
それに結局、いまだに聖女の天職が戻った気配もないみたいだし、改めてこの先のことを考えなくちゃいけないよな。
さて、どうするかな……
「ち、ちなみになんだけど。僕のこと、その…………ど、どれくらい好きなの?」
一応、参考までに尋ねておく。
自分で聞いてて恥ずかしくなってくるけれど、これはなかなかに重要な質問だ。
というより最初に聞いておくべき質問だった。
なぜなら好きの度合いによって、聖女の天職を取り戻す難易度が大幅に変わるから。
それに応じてこのままデート作戦を継続するか否かも変わるので、僕は改めてテレアに尋ねてみた。
僕のことがどれくらい好きなのかと。
するとテレアは、相変わらずの無表情を貫いたまま、珍しく饒舌な口ぶりで答えてくれた。
「泥の上で踏みつけにされても、笑いながら許せるくらい」
「……」
……愛が重い。
いや、愛が捻じ曲がっている。
てかそれ、ちょっとだけ君の願望が混じっているのでは?
そもそもお前、笑わないじゃん。
など言いたいことは山ほどあったけれど、とにかくデート作戦での問題解決は、絶対に不可能だと僕は悟った。
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