第94話 「嫌われる計画」

 

「何か悪口を言って嫌われるのは無理そうだな。マリンも邪魔してくるし。だからもっと別の方法を考えよう」


「べ、別に私は邪魔してるわけじゃ……」


 悪口作戦が失敗に終わった後。

 テレアの聖女の天職を元に戻すために、僕たちは別の方法を考えることにした。

 悪口作戦には色々と障壁が多いことがわかったし、致し方ない決断である。

 マリンも邪魔してくるし、何よりテレア本人が喜んじゃってる始末だし。

 というわけで……


「じゃあ、何かテレアに嫌われる良い方法があれば、どうぞ挙手を」


 僕は改めて嫌われる方法を募った。

 するとまず最初に、アメリアが静かに手を上げた。


「はい、アメリアさん」


「男が女に嫌われる方法なぞ星の数だけある。そのうち最も手軽で確実な方法は……」


 言いかけたアメリアは、不意に席を立ち上がり、なぜかテレアの背後に回り込んだ。

 そして、小さく細い腕で、テレアの両腕をガッと羽交い締めにする。

 まるで身動きを封じるように。

 しまいにアメリアは、テレアの両胸を背後から見下ろし、次いで僕に意味ありげな視線を送ってきた。


「さあ、一息にガシッと……」


「不採用」


「なっ!? なぜだノン!? これが最も手軽で確実な方法ではないか! これをやられて憤慨しない女は誰一人としていない! おまけにノンも生娘の柔肌を存分に味わうことができる! 一石二鳥の作戦ではないか!」


「どこが手軽な方法だよ! めちゃくちゃ気が重たいっつーの! ていうか僕が触りたいのを前提に話をするな! 何より……」


 マリンが鬼のような形相で聖剣の柄に手を掛け、テレアが満更でもないと言わんばかりに頰を赤らめていた。

 触れば殺すとマリンの目が言っている。

 触っても無意味だとテレアの顔が物語っている。

 僕は斬られるのも変態の仲間入りをするのも勘弁なのだ。

 別の方法を探そう。

 すると次にマリンが、得意げな表情で挙手した。


「はい、マリンさん」


「あんたのことが気になって聖女の天職が消えたんなら、一番簡単な方法は絶対にこれじゃない」


 妙に元気な様子で語るマリン。

 珍しく爽やかな笑みまで浮かべて、よほど自信があるように見える。

 いったいどんな良策なのかと思って期待していると、彼女は満面の笑みをこちらに見せながら、手短に言った。


「あんたを殺して解決よ」


「おぉ、なるほ……えっ? いや、待て待て待て、なんでそうなるんだよ? まず主旨を説明しろ。いや、それよりも先に聖剣をしまえ。めちゃくちゃ怖いから」


 気付けば奴は壁に立てかけていた聖剣を持ち出し、音もなく抜き身にしていた。

 いつでも僕を斬れるように準備を整えている。

 マジで怖いからすぐにしまってくれ。

 ていうかなんで僕を殺せば解決するのだろう? 本当に意味不明だ。

 という疑惑の念を僕の表情から読み取ったのか、マリンは聖剣を抜いた訳を語り始めた。


「あんたのことが気になって天職が消えた。ならあんたが消えれば気掛かりなことも無くなって、聖女の天職も元に戻ると思うのよ。だから……ねっ」


「ねっ……じゃねえよ! そんなことで殺されてたまるか! ていうかそれちょっと私恨が混じってるだろ!」


 どんだけ僕のこと嫌いなんだよ。

 するとマリンは先ほどまでの爽やかな笑みを嘘のように消し、チッと舌を打って聖剣を収めた。

 はぁ、これでひとまずは安心だ。

 なんともくだらない理由で危うく殺されるところだった。

 マリンの言わんとしていることはわからないでもないが、それでもその作戦はいささか早計であると言わざるを得ない。

 あのメデューサのペトリーファの言葉を借りるわけじゃないけど、もし僕が死んだ後に、それが余計に気掛かりになって一生気持ちが残り続けでもしたら、それこそ取り返しのつかない事態に陥ってしまう。

 確実性に乏しい以上、実行に移すのは極めて危険だ。

 いや、僕の身の方が明らかに危険だけど。

 というわけでマリンの意見も否定し、いよいよ誰も手を上げなくなってしまった、その時――


「あ、あのぉ……」


「んっ? どうしたプラン?」


 またもプランが、恐る恐るといった様子で手を上げた。

 どうかしたのだろうか?

 何か今の話で気になることでもあったのか?

 それともまさか、お花を摘みにでも行きたくなったのだろうか? 

 なんて何となしに考えていると、どうやら何かの作戦を思い付いたらしく、アメリアとマリンに倣って挙手ののちに話し始めた。


「だ、男性が女性に嫌われるなら、やっぱり男性のダメな部分を見せてあげるのが、一番効果的なんじゃないでしょうか?」


「ダメな部分? って言うと……?」


「頼りないところとか、甲斐性がないところとか、かっこ悪いところとか……。そういう部分を見せてしまえば、女性は男性に幻滅して、……と思います」


「……な、なるほどな」


 なんか、今までで一番それっぽい回答な気がする。

 諦めさせるとか嫌われるとかではなく、気持ちを冷めさせる。

 よっぽど現実的で可能性の高そうな計画だ。

 記憶を失って普通の女の子になっているプランだからこそ、導き出せた唯一の結論のように思える。

 そういえばそうだよな。今思えば、ここにいる連中って、全然普通の女子たちじゃなかったわ。

 一人は美少女好きの女勇者。一人はコミュ障の人形聖女。一人は幼体化したロリサキュバス。

 まともな意見を募ろうというのがそもそも無謀な話だったのだ。

 ゆえにようやく、普通の女子であるプランからまともな案が提示された。

 僕のダメな部分を見せて幻滅してもらう。気持ちを冷まして好きという感情を無しにしてもらう。

 でもそれって……


「具体的にはどうすれば……?」


 と疑問に思って、思わず首を傾げる。

 自分の悪いところを見てもらうにはどうするのが一番いいのだろう?

 幻滅してもらうために意図的に目の前で醜態を晒しても、なんだかわざとらしくなって効果が無さそうだし。

 そもそも上手く演技ができる自信もない。

 何も計画が思い浮かばずに悩んでいると、再びプランがのそのそと手を掲げた。

 しかし今度は様子を変えて、ちょっぴり恥ずかしそうに、頰をほんのりと桜色に染めながら、提案をしてきた。


「デ、デートしてみるのは、いかがですか?」


「……」


 治療院に、一時の静寂が訪れる。

 デートをする。

 つまり、デートをして失敗をする。

 確かにそれは、女性が男性に幻滅する一番の瞬間と言っても過言ではない。

 おまけに僕はデート経験皆無の、言わずと知れたダメ男。

 女子とデートをすれば確実に失敗すること請け合いである。

 そこまでを見越して、なのかどうかはわからないが、プランは記憶がない中でその解決策を導き出してくれた。

 だから僕らは、目から鱗とまでは言わないが、不意を突かれたような気持ちになりながら、プランを見つめて固まってしまった。

 

 ……なんだろう。

 どうしようもなくなった時に、突飛な妙案を提示して、問題解決に努めようとするところ。

 誰も思い付きもしないような計画を話して、皆を静寂に導いてくれるところ。

 そしてそれが、あながち的外れな意見ではないところ。

 そんなところは、たとえ記憶が無くなったとしても……


 プランはプランなんだと、僕は少しだけ感慨に浸ったのだった。

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