第88話 「岩山の上で……」
ご―れむ? ゴーレム?
今この子、『ゴーレム』って言ったのか?
岩のような肉体を持つ、強靭さに定評のある人型の魔族。
目の前にいるこの女の子が――ネムが、そのゴーレムだっていうのか?
いや、まさかそんな……
「……あっ」
信じれらないと言わんばかりに苦笑を浮かべた僕は、ふとあることを思い出した。
眠っているネムを起こそうとした時に、肩に触れて体を揺すった。
その時、ネムの岩のように固い“肌”に違和感を持った。
とても少女のような肌ではないと。どころか人間の肌ですらないと。
でも、もしネムがゴーレムなのだとしたら、その肌質も納得できる。
そして食事も“岩”か“土”があればそれで充分というのも頷ける。
ということを思い出して、改めてネムをゴーレムだと認識すると、必然的にまた一つの疑問が湧いてきた。
「どうして魔族のゴーレムが、こんな所にいるの?」
魔族は基本的に魔大陸を住処とする。
中には人間の大陸に隠れ住む魔族もいるけれど、決まってそういう奴らは何かしらの目的を持って人の大陸に潜んでいるのだ。
ではゴーレムのネムは? なんでこんな辺鄙な岩山の山頂で生活をしているのだろう?
怪訝に思って問いかけてみると、ネムは逆にきょとんと首を傾げてみせた。
「いちゃ、ダメなの?」
「あっ、いや、ダメってことはないけど、ここは魔大陸でもないし、何か特別なものがあるわけでもないからさ。何より、普通に住むには不便なんじゃないかな?」
魔族でなくとも、こんな所で暮らそうと考える物好きはそうそういない。
だからネムがここで生活している理由を知りたくて、僕は彼女に尋ねたのだ。
しかしネムは、やはり眠そうな顔をしながら、またも素っ頓狂な返答をしてきた。
「でも、『ここが良い』って言われたから」
「ここが良い? 何が?」
「ここなら、『良い夢が見られるから』って」
「……?」
良い夢が見られる?
いったいなんのこっちゃ?
良い夢が見られるから、こんな岩山の山頂で暮らしているとでも言うのだろうか?
とても寝心地が良さそうな場所とは思えないんだけど。
それに『ここが良いって“言われた”』って、誰にそんなことを言われたのだろう?
まあともあれ、僕は今一度確認しておくことにした。
「じゃあネムは、良い夢を見るために、この岩山にいるってことでいいのかな?」
魔族として人間の大陸を支配しようと企んでいるわけではなく。
はたまた、別の良からぬ陰謀を企てているわけでもなく。
ただ、良い夢を見るためだけに、ここにいるということで間違いないのかな?
こんな所で良い夢が見られるとはとても思えないけれど、もしそうなら僕も無駄な争いをする必要がないのですごく助かる。
と思って確かめてみると、僕の予想に反して、ネムはかぶりを振った。
「ううん、そうじゃない。私がここにいるのは……」
そして彼女は、やはり眠そうな表情で言う。
「友達を作るため」
「へっ?」
「友達。私はここで、友達を作ってるの」
「……」
その答えを、僕はすぐに呑み込むことができなかった。
友達を作るため。
世界征服や人類絶命を企む連中がいる中で、なんとも魔族らしからぬ目的であると思った。
ゆえに瞬時に理解することができなかったが、偶然にも今の台詞に聞き覚えがあり、僕は辛うじて納得に至った。
同時に、僕の脳裏に一人の魔族の顔がよぎる。
「……あっ」
魔王軍の南の四天王――サンドレア。
あいつも確かゴーレムだった。
そして彼女も、同じように友達を作ろうとしていた。
南の魔大陸――サンサン大陸にある砂漠の“砂”で。
サンドレアにとっては、砂で作った砂騎士だけが、唯一の友達だった。
そんな砂漠の砂を自由にしていい代わりに、彼女は魔王リリウムガーデンに仕えていたのだ。
そのサンドレアとネムは、すごく似ている。
ネムの場合は“砂”ではなく、“夢”で友達を作ろうとしているみたいだが。
「ゴーレムは、眠ることだけが楽しみなの。体が重くてあんまり動かないから、眠ることしかできないの。だから私は、“楽しい夢”をたくさん見たかった。友達と遊ぶような“楽しい夢”を」
やはり眠そうにそう語るネムを見て、僕はふと一つの疑問を抱いた。
その理屈で言えば、ゴーレムのサンドレアもほとんど動かずに日常的に睡眠を取っているはず。
だけどサンドレアは育ち盛りの子供ばりに、バリバリ動いていたぞ?
いや、もしかしたら、サンドレアだけはゴーレムの中で唯一“睡眠”をあまり必要としなくて、だから遊び相手がいなくて友達作りをしていたのかもしれない。
周りのゴーレムがみんな眠っている中、ただ一人起きていたサンドレアは、それはもう多大な孤独感を味わったはずだ。
だとしたらサンサン大陸に飛び出して友達作りに精を出していたのも納得できる。
と、疑問を自己完結させていると、ネムが続けて事情を説明してくれた。
「楽しい夢をたくさん見たいって思ってたら、“変な魔族”が私のとこに来たの」
「変な魔族?」
「ここを教えてくれた、変な魔族。あと、この“杖”もくれたの」
そう言ってネムは、布団の中に入れていた右腕をのそのそと抜いた。
すると右手には、木の枝で作られたような一本の杖が握られていた。
それを目にした瞬間、僕は思わず息を呑む。
なぜならその杖には、見覚えがあったからだ。
しかも一度ではなく二度、僕は似たような杖を目撃している。
どうしてネムが、その杖を持っているんだ……?
思いがけない出来事に声をなくしていると、ネムがさらに真相を明らかにした。
「ここで、この杖を握りながら眠ると、楽しい夢が見られるって教えてくれた。そしたら本当に、毎日楽しい夢が見られるようになったの。友達と遊んでる夢。友達と喋ってる夢。友達とご飯を食べてる夢……」
その夢の内容を思い出すかのように、ネムはぼんやりと宙を見上げる。
次いで彼女は、宝物のように木の杖をぎゅっと抱き寄せながら、ほのかに顔を綻ばせた。
「おかげで、友達もたくさんできたの。眠れば友達に会える。楽しい夢が見られる。だから私は、ずっとここで眠ってるの。私がここにいる理由は、それだけ」
感情の起伏がほとんど窺えないネムが見せた、一瞬の微笑み。
それを目にしながら僕は、悪い予想を頭に浮かべて、密かに奥歯を噛み締めた。
この予想だけは外れていてほしい。でもきっと、事実に違いないのだろう。
これまでの情報を結び付けて導き出される、たった一つの残酷な答え。
この事実を伝えるべきかどうか、僕はひどく思い悩んだ。
けれど、伝えなければ先に進めない。気付かせてあげられない。
そう思って僕は、重い口を開いた。
「違う、ネムの見ているそれは、たぶん“夢”じゃない」
「えっ?」
「それは、ハテハテ村で暮らしている人たちの、大切な“記憶”だ」
ネムの幼げな顔から、笑みが失せた。
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