第81話 「予感」
「やばっ、結構遅くなっちゃったな……」
僕は再びハテハテ村にやってきた。
町に行って勇者パーティーの情報を仕入れる前に、アヤメさんの様子を見に来ると約束していたからである。
彼女には夕方頃には戻ってこられると伝えたが、実際に到着したのは完全に日が落ちた時間になってしまった。
もたもたしていた、というわけではない。想定よりも自分の体力が不足していたみたいだ。
いや、不足というか低下かな?
やっぱり勇者パーティー時代に比べたら身体能力がかなり衰えている。走れば夕方には間に合うと思ったんだけど。
ともあれ遅くなってしまったものの、僕はアヤメさんを探すことにした。
「情報を集めるって言ってたけど、ちゃんとできたのかな?」
親友のヒナタちゃんの記憶を取り戻すために、引き続きこの村で情報収集をすると言っていた。
それが気掛かりだったのでこうして様子を見に来た次第である。
しかし、三十分ほど村を歩き回ってみたのだが、アヤメさんを見つけることはできなかった。
ハテハテ村はそこまで広い村ではない。足早に探索すれば三十分も掛からずに調べ尽くすことができる。
それなのにもかかわらず、僕は三十分いっぱい使って村を捜索してみたが、アヤメさんの姿を見つけることは叶わなかった。
一緒に泊まった宿屋にも寄ってみたが、やはりそこにもいない。
もしかしてヒナタちゃんのお家に行っていたりするのだろうか?
あの人見知りの少女に限って、単身で友人宅を訪れるなんて考えにくいことではあるが、とりあえず心当たりはそれくらいしか残っていない。
だからヒナタちゃん家に向かってみよう、と思って歩き出そうとしたら……
「あっ……」
「……?」
後ろから聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
振り向くとそこには、ヒナタちゃんのお母さんがいた。
「えっと確か……ノン君? だったかしら?」
「は、はい。そうです」
「よかったわ。アヤメちゃんの言った通り、また村に来てくれたのね」
なんだかほっとしている様子である。
僕がハテハテ村に戻ってくることを知っていたのだろうか?
アヤメちゃんの言った通りってことは、もしかして今日あの子と話したりしたのかな?
「あの、アヤメさんを知りませんか?」
「えっ? アヤメちゃん? 村のどこかにいないかしら?」
疑問符を浮かべながらきょろきょろと辺りを見回すところを見ると、やはり今日のうちに顔を合わせたみたいだ。
じゃあ今はどこに……?
「村の中を探してみたんですけど、どこにもいなくて……」
「おかしいわね……。お昼頃に一回会って、言い伝えの続きを教えてあげたんだけど」
「言い伝えの続き、ですか?」
「えぇ、そうよ。私も色々と村の人たちに聞き込みをしてね、新しくわかったことをアヤメちゃんにも教えてあげたのよ。それを後でノン君たちにも伝えるって言ってたんだけど……」
ヒナタちゃんのお母さんは心配そうに眉を寄せる。
僕はまだアヤメさんには会ってないし、当然話だって聞いていない。
アヤメさんが僕に話をしたがっていたのだとしたら、もっとわかりやすい場所で待っていると思うし、本当に彼女はどこに行ってしまったのだろうか?
だがまあひとまず、確認しておくべきことができた。
「それって、どんなお話なんですか?」
「えっ? 言い伝えの続き? えっとね、記憶をなくしちゃった人には、酸っぱい物を食べさせてあげると直るっていう噂と、辛い物を食べさせてあげると直るっていう噂があるよって教えてあげたのよ」
「そう、ですか……」
いかにも小さな村に伝わってそうな民間療法だ。
言い伝えの続きというか、蛇足として付け加えられていても不思議ではない内容である。
確かに効果がありそうな気がしないでもないが、それで直るくらいだったら昔から治療法として確立していないとおかしな話になる。
酸っぱい物や辛い物が食卓に並ぶなんてザラだから、そのタイミングで誰かしらが気づいていないと不自然だ。
ともあれ、この言い伝えの続きは有益になりそうな情報ではないな。アヤメさんの行き先もわかりそうにないし。
言い伝えの続きを聞いた後で姿が見えなくなってしまったそうだから、その話に何かしらの手掛かりがあると思ったんだけど。
結局アヤメさんの足取りを追えるような情報は引き出せなかったな、なんて思っていると……
「あっ、あとね……」
「……?」
「『モグの住処』があるかもしれないって教えてあげたわ」
「モグの住処?」
思わず首を傾げると、ヒナタちゃんのお母さんは遠方に見える山を指で差して続けた。
「あそこの岩山の頂上に、モグが住んでいるかもしれないっていう言い伝えがあるのよ。でも魔物がいて危ないから、誰も確かめに行けなくて、本当のことかどうかはまったくわからないってね」
「魔物……」
そんな言い伝えがあったのか。
人の記憶を食べる怪物モグ。
ハテハテ村で起きている記憶喪失事件の大元凶として語られていて、しかしそれはあくまで言い伝えの域を出ない。
村人たちがしょっちゅう物忘れをするため、その理由付けとして空想された存在だ。
そんな空想生物が実在しているとは思えないけれど、住処があるというのは気になる話だな。
それに、魔物が住んでいるっていうのも、なんだか胸騒ぎがする。
「冒険者とかに魔物退治のお願いをしなくてもいいんですか? 岩山から魔物が出てきて、村を襲いに来るかもしれないですよね?」
ふと思ったことを尋ねてみると、ヒナタちゃんのお母さんはくすっと笑いながら答えてくれた。
「それなら心配はいらないわよ。あの山の中に住み着いてる魔物たちは、山の中からまったく出てこないから」
「えっ? そうなんですか?」
「なんでも岩山の中にある鉱石が不思議な光を出しててね、その光に誘われて集まってきたみたいなのよ。だからずっと山の中にこもってるって話。山の中に入った人間たちを襲うだけで、下手に触れなきゃ何も起こらないわ」
次いで彼女は遠くの岩山を望みながら、さらに付け加えた。
「それにあの岩山も、昔は価値のある鉱石が採れていたみたいだけど、今はそれほど貴重ってわけでもないみたいで、高いお金を払って魔物退治を依頼するほどでもないんだってさ」
「……なるほど」
岩山の中には人を襲う魔物がいる。
でも下手に近寄らなければ襲いかかってくることはない。
加えて岩山にもそれほどの価値はなく、村の人たちは大枚をはたいてまで山を取り戻そうとは考えていないようだ。
聞けばなるほどと思う。あの岩山ほど言い伝えの舞台に相応しい場所はないのではないだろうか。
誰も確かめに行けず、真相が曖昧になっている部分が特に。
と、そこまで考えた僕は、はっとなってヒナタちゃんのお母さんに問いかけた。
「あ、あの、岩山の頂上にはどうやったら行けますか?」
「えっ? 山の中にできてる坑道を通れば、たぶん行けると思うけど……」
「ちなみにそれって、アヤメさんにも伝えましたか?」
「え、えぇ、一応ね。でも、それがどうかし……」
そこまで聞いた僕は、『どうもです』と口早に言うや、岩山の方へ走り出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます