第79話 「記憶の刺激」

 

「ふぅ〜〜〜ん、これがあの盗賊娘なぁ……」


「……」


 アメリアはジロジロとプランの姿を眺める。

 その視線を受けて、プランは居心地悪そうにもじもじしていた。

 可哀想だからやめてあげて……。

 無事に治療院に戻ってきた僕は、さっそく起きたことをすべてアメリアに話した。

 帰ってくるのが遅いと初めはアメリアに叱られてしまったが、しかし事情を説明すると彼女は渋々と納得してくれた。

 そういう理由があるならば仕方がないと。

 だがまだ、プランの記憶がなくなってしまったことに疑いを持っているようだ。


「お前、本当に記憶を失っているのか?」


「は、はい……」


「これまで治療院で過ごしてきた思い出も?」


「す、すみません……」


「私が誰かも、完全に忘れてしまったというわけか?」


「こ、ここに来る途中で、ノンさんに少し教えてもらいましたけど……」


 悪びれた様子で答えるプラン。

 そんな彼女を改めて見つめて、アメリアは“ふむ”と顎に手を当てた。


「記憶喪失か……。まるで信じがたい話だが、ここまで静かな盗賊娘は初めて見るし、どうやら事実のようだな」


「……だからさっきから言ってるだろ」


 どれだけ疑えば気が済むのだ。

 しかし、ようやくアメリアに信じてもらえたみたいだ。

 まあ、僕も最初は信じられなかったから仕方がないけれど。


「というか、怯えてるからもうやめてくれよ。ここに来るまでの間、なんとか会話を繋いで、やっとのことで信用を得ることができたんだからさ」


「いやなに、ここまで静かな盗賊娘は本当に見たことがなかったのでな。千年……いや万年に一度の奇跡を目の当たりにしている気分になって、つい……」


 確かにいつものプランからは考えられない静けさだからな。

 物珍しげに見てしまうのも納得できる。

 でも今のプランからしてみれば、僕たちはまったくの初対面の相手なわけなので、これ以上は怖がるからやめてあげて。


「あっ、プラン、紹介が遅れてごめん。これが来る途中で話したプランの後輩のアメリアだ。魔王軍の元四天王でサキュバスだけど、今はこの通りちんちくりんの姿になって魅了魔法の使えないただのロリっ子だから、そんなに怯える必要はないぞ」


「……余計な一言が多いのではないか? 誰がちんちくりんだこのロリコン」


「お前も余計な一言が多いぞロリサキュバス」


 僕とアメリアはバチバチと視線で火花を散らす。

 プランはそれを傍らで見て、ビクビクと肩を震わせていた。

 と、そんなことをしている暇はないので、早々に中断して話を再開する。


「で、こっちの白いミニドラゴンが、ヒールドラゴンのヒルドラだ。プランが持って帰って来た卵から生まれて、プランがすごく大事にしてるドラゴンなんだ」


「そ、そうなんですか……」


 と言って、プランは恐る恐るヒルドラに手を伸ばす。

 頭をそっと撫でると、ヒルドラは『もっと』と言わんばかりに頭を手に押し付けた。

 それを受けて、プランは静かに頰を緩めるけれど、依然としてその表情は浮かない。


「……何も思い出せそうにないかな?」


「……は、はい。すみません」


 いや、別に謝ることじゃないけど。

 それにしてもこれで、自然に記憶が戻る可能性はほとんど否定されてしまったな。

 プランが失ってしまった治療院での思い出。

 それを呼び覚ます一番の方法は、治療院を見てもらうことだと思ったんだけど。

 これで記憶が戻らなければ、やはり他の手を考えるしかない。

 そしてそれは、すでに思いついている。


「じゃあアメリア、僕は今からテレアを探しに行ってくるから、またしばらくの間出掛けるぞ」


「んっ? テレア? というと、あの勇者パーティーにいた『聖女』か?」


「そうそう。ハテハテ村の事件の解決もできてないし、プランの記憶も元に戻さなきゃいけないしな。テレアに頼むのが手っ取り早いと思ってさ」


 そう伝えると、アメリアはちらりと怯えているプランを一瞥した。


「このままで良いのではないか? 静かだし、暴れないし」


「いや良くないだろ。うるさくないのは確かにいいことだけど、このままじゃ仕事に差し支える。それに治療に来るお客さんたちにこの状態のプランを見せることなんて絶対にできない。あいつあれでも、村じゃ結構な人気者なんだからな」


「……前の私って、いったいどんな………」


 記憶を失っているプランが、僕たちの話し合いを聞いて明らかに困惑していた。

 無理もない。しばらく一緒にいる僕でも、一言で形容するのは難しい奴だったからな。

 じゃあそんなプランを元に戻すのはやはりやめておいた方がいいのではないか?

 というアメリアの意見も、まあわからないではないけど……


「もし村の人たちに、プランの記憶がないことを知られでもしてみろ。従業員の記憶喪失をほったらかしにしておく、いい加減な治療院って周りに思われることになるんだぞ。風評被害どころじゃないだろ」


「……まあ確かに」


 以上が、プランの記憶を元に戻すべきと考える理由である。

 治療院に来てくれた人たちに変なことを思われないためにも、プランの復活は必要不可欠なことなのだ。

 ということを、アメリアも納得してくれたみたいだ。


「では私も、治療院で留守番をしている間、客から色々と話を聞いてみるとする。もしかしたら勇者たちについて何か知っている人がいるかもしれんしな」


「おう、よろしく頼むぞ」


 アメリアにそう言うと、次いで僕は心細そうにするプランに笑みを向けた。


「じゃあ悪いけど、しばらくここで待っていてくれ。アメリアとヒルドラもついてるからさ。それでできれば、記憶が戻るまでは村の人たちとの接触は極力避けてほしい。こっちからのお願いばっかりで申し訳ないんだけど……」


「い、いえ……」


 本当に、大変申し訳ないと思う。

 プランにはしばらく窮屈な時間を過ごさせることになるからな。

 だから早いところテレアを見つけて、記憶を元に戻してやりたい。

 今のビクビクしているプランを見ていると、なおさらそう思ってしまう。

 ……と、そんなプランをぼんやりと見つめて、僕は『そういえば』と変なことを思い出す。

 確か以前、僕はプランに対して『効果的に男子を攻めろ』と助言したことがある。

 相手の好みに合わせて攻めなければ意味がないと。

 そして僕の好みは、慎みがあり、一緒にいて静かに過ごせそうな、ちょっとくらい無口な女の子だ。

 まさに、今の大人しいプランのような感じである。

 ああは言ったけれど、まさかこんな形で僕の好みに合わせてくるなんて、まるで予想だにしていなかった。

 プランはそんな気、全然なかったと思うけど。

 まあ、何はともあれ……


「そ、それじゃあ、行ってきます」


 僕はそう言って、再び治療院を後にした。

 まずは町に行く前に、アヤメさんの様子を見にハテハテ村に寄ることにする。

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