第78話 「私は誰?」


 およそ三十分を掛けて、事情を簡潔に説明した。 


「わ、私が、治療院のアルバイト?」


「うん、そうだよ」


「それで、記憶喪失の事件が起きている村に来て、私まで記憶が無くなってしまった……ということですか?」


「簡単にまとめるとそんな感じ。信じてもらえるかわからないけど」


 終始怯えた様子だったプランは、話を復習するように確かめてくる。

 信じてもらえていないという何よりの証拠だが、これは紛れもない事実なのだ。

 難しいと思うけれど、どうか話を呑み込んで僕たちを信用してほしい。


「まったく、思い出せません。お二人の事も、その治療院の事も……。それに、私が盗賊団に入っていたっていうのも、とても信じられません。どうして私はそんな場所に……」


「あぁ、まあそれは……その盗賊団は良い盗賊団だったからで、悪質な盗みをしていたわけじゃないんだよ」


「い、良い盗賊団? って、どういう……?」


 ピンと来ていない様子だ。無理もない。

 僕も初めて聞いた時は首を傾げたものだからな。

 しかしこれ以上上手な説明をすることもできないし。

 やっぱり信用してもらうのは難しいかな、と半ば諦め掛けていると、少し離れたところにいたプランが、僅かだが僕たちの所に近づいてきてくれた。


「で、でも、お二人が優しい人だというのはわかりました。怯えてる私に、すごく気を遣ってくれてますし。ひとまずはお二人のお話を信じてみようと思います」


「……あ、ありがとう」


 低い姿勢で話をしていたのが功を奏した。

 とりあえずは、記憶喪失プランの信用を得られたみたいだな。

 と、信じてもらえたところで……

 どうしてプランの記憶が無くなったのか、改めてちょっと考えてみようと思う。

 原因がわかれば解決の方法が見えるはずだからな。 

 ヒナタちゃんの場合はほとんど情報がなくて原因が掴めなかったけど、今回のプランは記憶喪失発生がつい昨夜だ。

 もしかしたら何かわかるかもしれない。

 まずは……


「ごめんプラン、ちょっと手を触らせてもらえないかな?」


「えっ? 手……ですか?」


「あっ、うん。肩でも頭でもいいんだけど……」


 と言った後で、プランが不安そうに眉を寄せていることに気が付く。

 やばいっ。今のはあまりにも突拍子がなさすぎる発言だ。

 説明不足すぎてまた警戒されちゃったかも。


「ぼ、僕の天職はさっきも言った通り『応急師』っていうんだよ。回復系の天職で、触れた人の心身状態を確かめることができるんだ。もしかしたら記憶を失った原因がわかるかもしれないって思って……」


 咄嗟に説明を加えると、プランは見るからに胸を撫で下ろした。


「そ、そういうことですか。突然だったので、少しびっくりしちゃいました。で、では、よろしくお願いします」


 信用を得た直後で信用を失うところだったが、なんとかプランはこちらに右手を差し出してくれた。

 思わず僕も胸を撫で下ろしてしまう。

 と悠長に安堵に浸っている暇はないので、僕は差し出されたその右手をさっそく取ろうとした。

 だが……


「……え、えっとぉ」


 プランの顔色を窺うと、明らかに彼女が頰を染めているのがわかった。

 もじもじと体もよじり、視線はどこか別の方に向けられている。

 ……なんかやりづらいな。

 きっとプランは恥ずかしいのだろう。

 それもそのはずで、男女が肌を触れさせ合うのは通常なら気恥ずかしいものだ。

 いつものプランになら、一も二もなくパッと手を取ることができるんだけど。

 今はまるで別人に変わってしまったので、手に触れるのがすごい気まずい。

 それでも僕はなんとか、プランの手の指先に、ちょんと爪で突くように触れ、『診察』スキルを発動させた。

 プランの心身状態が頭の中に流れ込んでくる。


「うぅ〜ん、いつものプランと何も変わらないように見えるな。心身状態にも特に異常は見られないし……」


「そ、そうですか」


 というわけで、診察して原因を探るのは失敗に終わってしまった。

 薄々予想はしていたけど、やっぱり簡単に手掛かりは掴めない。

 じゃあ次だ。


「ねえアヤメさん」


「……は、はい?」


「ちょっと質問したいんだけど、昨日そっちの部屋でプランは何してた?」


「えっ?」


 僕からの唐突な問いかけに、アヤメさんはきょとんと首を傾げる。


「もしかしたら昨日、プランが何らかの行動をしたせいで、記憶を失う条件を揃えてしまったのかもしれない。おそらくだけど、記憶喪失は『この村で何かをする』っていう条件を満たすことで発生するんだと僕は考えている」


「な、なるほど。記憶喪失の条件、ですか……」

 

 おそらくだが、『この村で何かをする』ことで記憶を失うのは間違いないはず。

 その”何か”がわかれば、記憶を戻す治療法や、今回の件の解決策を見出すことができるかもしれない。

 今の問いかけはそのための確認だ。


「き、昨日、プランさんは、落ち込んでいる私をずっと励ましてくれてました」


「は、励まし?」


「はい。ヒナタちゃんのお家で話を聞いて、落ち込んでしまっていた私を、プランさんは優しく励ましてくれてました。『きっと大丈夫』『ヒナタちゃんの記憶は絶対に戻してみせる』って。私、そんなプランさんに、とても元気付けられて……」


「……」


 あいつ、アヤメさんにそんなこと言ってたのか。

 プランの性格上、同じ部屋に落ち込んでいる人がいたら慰めるのは目に見えている。

 それにアヤメさんのことを、昔の自分と似ていると言ってたので、彼女のことを元気付けていたというのは大いに納得だ。

 やっぱりプランは、お客さんのメンタル的なケアに長けている。

 回復魔法を使えなくても、ノンプラン治療院の立派なアルバイトの一人だ。

 ともあれ……


「わかった。ありがとうアヤメさん。ちなみに、他にプランが何かしてた様子はあったかな?」


「い、いいえ。特にこれといっては……」


「……なるほどね」


 プランは別に、特別なことをしていたわけではないようだ。

 となれば、記憶を失くしてしまうのに特別な条件があるわけではないのか。

 まさか記憶喪失は偶発的な現象?

 風邪や怪我とかと違って、気を付けていても防げるものではない?

 それとももしかして、本当に言い伝え通り『モグ』が出たのか?


「あ、あの、ノンさん?」


「えっ? あっ、なに?」


「そのぉ、これからどうしますか?」


「えっ? これから? あっ、そっか。そうだよな。どうするか考えないとな……」


 記憶喪失の原因を探り、治療法を模索するのも大切だが。

 まずはこの先どうするかを決めなければならない。

 差し当たっては……


「まずは当初の予定通り、一度治療院に戻ろうと思う。こんな状態のプランをあちこち連れ回すわけにもいかないし、治療院にいてもらう方が安全だ。それに治療院とかノホホ村を見てもらえば、何か思い出してくれるかもしれないしな」


「そ、そうですね……」


 この意見にはアヤメさんも賛成してくれた。

 今後何か行動を起こすとしても、記憶を持たないビビリプランを一緒に連れて歩くというのは危険すぎる。

 ひとまずは治療院に置いておくのが安全だ。


「で、その後なんだけど、僕は『聖女』を探してみようと思う」


「せ、聖女……ですか?」


「そう、聖女テレア。最上級の治癒師って言われてる奴だよ。そいつならもしかしたら記憶喪失を治すことができるかもしれないからな。原因を探って治療方法を見つけるより断然手っ取り早いだろ。本当はプランに探してもらう手筈だったんだけど、こんな状態になっちゃったし……」


 ちらりとプランを一瞥すると、彼女はなんだか申し訳なさそうに目を落とした。

 別にそんなつもりで言ったわけじゃないんだけど。

 それにプランが悪いわけじゃないし、そんなに落ち込まないでくれ。

 ともあれ今後の僕の行動方針はこんな感じだが……


「で、アヤメさんはどうする?」


「わ、私ですか?」


「うん。僕がプランを治療院に連れて行く間、アヤメさんはどうするのかなって。家に帰って、事件解決まで待っててもいいし、僕と一緒にプランを治療院まで連れて行くでもいいんだけど」


 というかむしろ、僕としてはそちらの方がありがたい。

 今のプランと一緒に、二人きりで治療院まで戻るのはなかなかに困難だと思うから。

 向こうも信用してくれるとは言ったけど、さすがに男女二人だけとなると必然的に警戒されてしまうはず。

 だからアヤメさんにもついて来てもらいたいなぁ、なんて考えていたが、その願いは敢えなく消滅した。


「そ、そうですね……。私はもうちょっとだけ、この村で話を聞いてみようと思います。新しく何かわかるかもしれませんし……」


「は、話を聞くね……」


 それはそれで大丈夫だろうか?

 ただでさえ人見知りだし、一人で情報収集ができるか心配だ。

 だがまあ、その提案には概ね賛成だ。

 新しくわかることもあるかもしれないし、このハテハテ村で粘るのは悪くない。

 それに僕がプランを治療院に送っている間、アヤメさんが記憶喪失の件を調査するという、効率的な”役割分担”ができるからな。


「よし、わかった。じゃあ一旦は別行動ってことで。それでプランを治療院に置いてきたら、僕はまたもう一回この村に寄ることにするよ」


「えっ? どうしてですか?」


「僕がいない間に何か進展がなかったかの確認。どうせ聖女探しで大きな町まで行かないといけないし、その道すがらだからね。それと……」


 単純にアヤメさんが心配だからな。

 人見知りだし、上手く情報収集ができているかどうか確かめなければ。

 おまけに村の人間ではないプランが記憶を失ってしまったから、この村に滞在する限りその危険が付き纏うと考えた方がいい。

 もし僕がいない間にアヤメさんの記憶まで無くなってしまったら、それこそ取り返しが付かないからな。

 ……そう考えると、アヤメさんをこの村に滞在させておくのは危ない選択な気がしてきた。

 いまだに記憶喪失の条件は定かではないけど、どう考えても『ハテハテ村に滞在する』というのが記憶喪失の大前提だからな。

 しかしここで、アヤメさんに『大人しく家に帰れ』と言うこともできない。

 親友の記憶が無くなり、慰めてくれたプランにまでその被害が拡大してしまって、責任を感じているのは見てればわかる。

 気は小さい子だが、だからこそ人一倍責任を感じているだろうし、じっとしていることなんてできないはずだ。

 何もせずに家で大人しくしていろ、というのはあまりに酷である。


「と、とにかく、さっそく僕はプランを連れて治療院まで戻ることにするよ。たぶん今日の夕方頃には戻ってこられると思うからさ。それまでアヤメさんは村で情報収集をお願いね」


「は、はい。善処します」


 こうしてひとまずの予定は決まった。

 さて、これから記憶を失ったプランを連れて、治療院に帰るわけだけど。

 ……アメリアになんて言われんだろうなぁ。

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