第76話 「悔しい」

「せ、聖女……? あの勇者パーティーにいた無口な方ッスか?」


「うん。テレアならこの事態を解決できるかもしれない。だから簡単な話、あいつを探して頼めばいいんだよ」


 僕たちにできることはない。

 でも、他の誰かならヒナタちゃんの記憶を元に戻すことができるかもしれない。

 例えばそれは、僕の代わりに勇者パーティーの回復役にも選ばれた、あの『聖女テレア』とか。

 だからテレアを探して見つけ出すことができれば、もしかしたら今回の件を解決させることができるかもしれないぞ。

 と一つの可能性をプランに提示すると、彼女は嬉々として納得を示した。


「た、確かにそれなら解決できるかもしれないッスね! ならさっそく……」


 と、ここでプランが不意に声を止める。

 見ると、彼女はなんだか難しい顔をして、僕の方をじっと見ていた。


「……んっ? どうしたんだよ?」


「あ、あの、聖女さんの力を借りるっていうのは、一応賛成なんスけど、ノンさんはそれでもいいんスか? 治療の依頼を、他の治癒師に任せるのって……」


「えっ? あぁ……」


 プランが言わんとしていることを、僕はだいたい察した。

 まあ、思うところがないわけじゃない。

 それでも僕はその気持ちを表に出さずに、プランに答えた。


「ま、治癒師としては確かに悔しいって思っちゃうけど、物事には適材適所って言葉があるからな。今回はあの聖女様の方が適任だってだけだ。だから悔しくても、今回はあいつの手を借りることにしようぜ。つーか、お前が気にすることじゃないだろ。だからそんな顔すんなって」


「……」


 て言っても、プランは暗い表情をやめない。

 そんな顔をするのは僕の方だ。

 治癒師として悔しい気持ちがあるのなら、僕がそれを表に出すべきなのだ。

 でも、どこかで聖女には勝てないと、諦めている気持ちがあるから、僕は悔しさを表に出すことができない。

 やがてプランは何かを吹っ切るようにかぶりを振ると、意を決した表情で言った。


「わ、わかったッス! それじゃあ今回の件は、あの聖女さんを頼ることにしましょうッス! だからノンさんは先に治療院に戻ってくださいッス! 聖女さんは、アタシの方で探してみますので」


「えっ、お前一人でか?」


「はいッス。ノンさんは治療院に戻って、治癒師としていつも通りお仕事をしてくださいッス。この件はアタシが預かりますので」


 その提案はさすがに意外だった。

 まさかプランが一人でこの件を預かると言い出すなんて。

 いや、僕に気を遣った結果なのかもしれないけど。

 それにこれ以上治療院の方を放っておけないとも言ったし、これがプランの最大限の気遣いなのだろう。

 プランがそう言うなら、僕が無闇に止めるわけにもいかないな。


「……そっか。ならあとは任せてもいいかな。テレアなら、今はマリンたちと一緒に魔族を倒して回ってると思うから、町で情報収集すればどこにいるかわかると思うぞ」


「はいッス。じゃあさっそく明日から町に行ってみようと思いますッス。きっと聖女さんを見つけて、ヒナタちゃんの記憶を戻して、アヤメさんを元気にしてみせるッス! ですのでしばらく治療院の掃除、洗濯、ご飯は後輩君にでも任せてやってくださいッス」


 プランはにこりと笑って、お気楽な声音でそんなことを言った。

 そして彼女は、僕が何かを言う前に部屋の扉から外に出る。

 最後にチラリと扉の隙間から顔を覗かせ、満面の笑みを崩さずに僕に言った。


「それじゃあノンさん、おやすみなさいッス! 突然押し掛けたのに話を聞いてくださってありがとうございましたッス!」


「う、うん。おやすみ」


 言うや、プランは早々に自分の部屋へと戻っていってしまった。

 まるで嵐みたいなやつだな。

 まだとりあえずの解決策しか見つけていないっていうのに。

 相変わらず『無計画』なやつだ。

 ともあれ僕は、再び静かになった部屋で一人、天井を見つめながら考える。

 アヤメさんの依頼を自分の手で解決できないことに、やはり悔しさはあるけれど。

 とにかく解決に向かいそうでよかった。

 この件はプランが頑張ってくれるみたいだし、これ以上僕が手を出すことは何もない。

 だから心穏やかに眠りにつけるかと思ったが、僕はしばらく寝付くことができなかった。

 

 

 

 目覚めは、あまり心地よくなかった。

 昨日すぐに眠りにつけなかったのが原因だろう。

 僕にとって、思いのほか依頼を諦めるという行為が心残りになっていたのだ。

 まあ、今さらジタバタしたところで仕方がない。

 僕は寝不足の頭を振って眠気を振り払い、おもむろに上体を起こした。

 その勢いのままベッドから起き上がろうとしたのだが……


「んっ?」


 右脇のあたりに何かがあり、それは敢えなく妨げられてしまった。

 見るとそこには、真っ白な頭があった。

 見紛うことなきプランの頭。

 彼女はベッドの脇に置かれた椅子に座りながら、上体だけをベッドに乗せて眠っている。


「こいつ……」


 また夜中に僕の部屋に忍び込んできたのか?

 治療院にいるんじゃないんだから、変な誤解をされるような行為は慎んでほしい。

 いや、治療院にいる時もその悪ふざけはやめてほしいけれど。

 それとも、また僕に何か話でもあったのだろうか?

 まあそれはいいとして……


「おいプラン、こんなところで寝てると風邪ひくぞ。何度も言ってるようだけど、回復魔法じゃ病気までは治せないんだからな」


「う、うぅん……」


 背中を揺すってやると、プランは声を漏らしながら目を開けた。

 しばしぼぉ―っとした表情で固まり、やがて寝ぼけ眼を擦りながら体を起こす。

 そしてきょろきょろと辺りを見回して、今自分がどこにいるのか、どんな状況にいるのかを確認していた。

 寝ぼけて僕の部屋に入ってきたのか知らないけれど、頭の整理がつくより先に、僕は言った。


「さっ、早いところ支度して出発しようぜ。僕は治療院に帰るけど、お前はこれからテレアを探しに行くんだろ? たぶんこの時間からでも、町まで行く馬車とか出てるだろうから、それに乗っていけば……」


「……」


 プランがじっとこちらを見ていた。

 僕の言っていることなんか、まるで耳に入っていないような顔で、終始ぼぉ―っとしている。

 どうしたのだろう? こいつも昨日、あんまり眠れていないのか?


「ど、どうしたプラン? 寝ぼけてるのか? なんとか言えよ」


「……」


 どうやら、そういうわけではないらしい。

 寝ぼけている様子もないし、青い瞳もぱっちりと開いている。

 プランの頭はきっちり覚醒しているみたいだ。

 それでもプランは、なんとも言えない顔で僕のことをじっと見つめていた。

 どう言えばいいのだろう。

 いつものプランとは違って、なんだか泳ぐような目つき。

 見るからに混乱しているのがわかる。

 そう、言うなれば……

 まるで、人見知りの女の子が、見知らぬ人に突然話しかけられたみたいな。

 

「お、おい、プラン……?」


 動揺する僕をよそに、プランは椅子を倒しながら立ち上がる。

 ついでジリジリと後ろに下がって、わかりやすく僕から距離をとった。

 思いのほかその行動は、僕の心に傷をつけた。


 そしてプランは、心底怯えた様子で、決定的なことを口にした。




「え、えっと……誰、ですか?」



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