第75話 「アタシの話」
必死な様子のプランを見て、僕は眉を寄せる。
「ど、どうしたんだよプラン? なんでそんなにムキになってるんだ?」
宿屋に入る前にも思ったが、プランは必要以上にアヤメさんに入れ込んでいる気がする。
僕が諦めるしかないと言った時、とても落ち込んだ様子を見せていたからな。
何か特別な理由でもあるのだろうか?
「部屋で二人きりになってから、アヤメさんずっと泣いてるんスよ。そんな姿を見て、ますます放って置けないって気持ちになっちゃって。それにアタシ、今回の件を、どうしても他人事のように思えないんス」
「ど、どうしてそこまで……」
疑問に満ちた目を向けると、プランは胸の内に秘めていただろう想いを吐露した。
「アヤメさんが、昔のアタシに似てるから……かもしれないッス」
「昔のアタシ?」
いったいどういうことだろう?
アタシに似てるかもって、プランとアヤメさんじゃタイプがまるっきり正反対な気がするんだけど。
昔は違かったってことなのか。
「小さい頃、アタシはアヤメさんと同じように、友達がまったくいなかったんスよ。まあ、いわゆる『ぼっち』ってやつッスね」
「えっ!? お前が!?」
これには思わず目を見開いてしまう。
普段から人懐っこくて、ノホホ村ではあんなにみんなから愛されているあのプランが……
小さい頃は友達がまったくいなかったなんて、とても信じ難い話だ。
「あっ、正確には、『天職』を授かるのと同時に、周りの友達が一気に離れていっちゃったって感じなんスよ。複雑な天職を授かった子には、割とよくある話みたいッスよ」
「あぁそっか、プランの天職は『大盗賊』だもんな」
それならまあ、わからないこともない。
変な天職を授かってしまうと、周りからも変な目で見られてしまう。
周囲の友達が怖がって離れていっちゃうのも、充分あり得る話だ。
特に、『大盗賊』なんて危なっかしい天職を授かったプランならな。
「そのせいでアタシは、一時期他の誰も信用できなくなっちゃって、まともに人と話すこともできなくなっちゃったんス。元々は臆病で人見知りでしたし、天職のこともあって完全にぼっちになっちゃって、まさに今のアヤメさんみたいな感じだったんス」
「へぇ、かなり意外だな」
あの底抜けに明るいプランがねぇ……
小さい頃から笑顔を絶やさず、思い切り人生を楽しんでいる『元気っ子』かと思ってたのに。
「そんな時に、クリウス盗賊団のことを知って、ここなら自分を受け入れてくれるかもしれないって思ったんス。アタシと同じように複雑な天職を授かっていても、みんなすごく元気に暮らしていて、他の誰かのために一生懸命になって、盗賊団はアタシの希望の光だったんス」
「で、盗賊団に入れてもらえるように熱心に頼み込んだってわけか。もしかして、お前が普段からバカみたいにうるさいのって、盗賊団の人たちから影響を受けたせいなのか?」
「て、天真爛漫って言ってくださいッス」
苦笑を滲ませたプランは、こくりと頷いてから続けた。
「そうッスね、盗賊団のみんなの真似をして、すごく元気に振る舞っていたら、いつの間にかこれが普通になってたッス。臆病で人見知りだった頃のアタシは、もうどこにもいないッスよ」
感慨深そうに話すプラン。
こいつが昔は臆病で人見知りだったなんて、やっぱり嘘みたいな話だな。
ちょっと見てみたい気もするけれど、そんなプランはもうどこにもいないみたいなので、続く話に耳を傾けることにする。
「そんな風に盗賊団に入ったことでアタシは変われたんス。で、アヤメさんにとってはヒナタちゃんが、その『希望の光』なんじゃないのかなって改めて思ったんスよ。それで今はその支えがなくなってしまって、そんなアヤメさんの気持ちを考えたら、居ても立っても居られなくなってしまって……」
「な、なるほどな。あれっ? でも盗賊団はもう解散しちゃったから、今はお前もその”支え”がないんじゃ……」
と、プランの話に一滴ほどの水を差すと、彼女はなんだか呆れたように答えた。
「言うのは野暮だと思うんスけど、気がついていないようなので改めて言わせてもらうッス。『ノンプラン治療院』が、今のアタシにとっての支えなんスよ」
「えっ? あっ、そう……」
……なんか気恥ずかしいな。
よくも臆面もなくそんな恥ずかしい台詞を口にできるものだ。
こっちの顔が熱くなってきたぞ。聞くんじゃなかった。
「盗賊団が解散しちゃっても、アタシは治療院に入れてもらえて、新しい居場所ができたッス。だからこうして元気に過ごすことができてますッスけど、アヤメさんには他に支えになるものがないんだと思いますッス。そう考えると、やっぱりどうしても放って置けないって思っちゃって……」
どうしてプランが必要以上にアヤメさんに入れ込むのか、大方は理解できた。
アヤメさんが昔の自分に似ていて、放って置けない状況に立たされているから。
プランは基本的に良いやつだし、そんな気持ちになるのは仕方がないことだ。
と、ここで僕は不意にあることを思い出す。
「そういえばお前、ヒルドラを飼うかどうか決める時も、すごく必死になって同じようなこと言ってたよな」
「えっ?」
「ヒルドラには治療院以外に居場所がないから、ここにいられなかったら独りぼっちになっちゃうって。それももしかして、昔のことが関係してるのか?」
「よ、よく覚えてましたッスね。確かにノンさんの言う通り、ヒルドラちゃんのことも、昔の自分と重ねていたかもしれないッス。だからヒルドラちゃんが治療院に居られるようになって、ホントに安心したッス」
単にヒルドラが可愛くて助けてあげたい、って思ってたわけじゃないんだな。
妙に嬉しそうにしていたし、やっぱりヒルドラのことも自分と重ねていたみたいだ。
ついでプランは、この部屋に入ってきた時と同じく、懇願するように僕に言った。
「ですからノンさん、どうかアヤメさんも、同じように助けてあげてくださいッス! せめて、助けてあげられる方法を、アタシと一緒に考えてくださいッス!」
「って、言われてもぁ……」
プランの気持ちは確かにわかる。
けれど、今回の件は気持ちだけではどうしようもないことなのだ。
「本音を言えば、僕だってアヤメさんの力になってやりたい。でもさ、さっきも言った通り、やっぱり今回はどうしようもないんだよ。今までの僕たちのやり方は、何か『手掛かり』を見つけて、それを辿っていくって方法だったけど、今回はそれがまったくない。だから、自然と記憶が戻るのを待つしかないんだ。煩わしいだろうけどな」
「う、うぅ……」
煮え切らない思いを顔に出すプラン。
そんな顔したって、本当にどうしようもないんだよ。
あとはもう、友達がいなくなってしまったアヤメさんの、心のケアをするくらいしか、僕には思いつかない。
ヒナタちゃんとの思い出に取って代わるようなものを、僕たちでは用意できないのだ。
「まあ、死にものぐるいで物忘れのおとぎ話とかを調査したら、もしかしたら何か手掛かりの一つでも見つかるかもしれないけど、そんな薄っぺらい可能性を信じて時間を費やすわけにもいかないだろ。やっぱり僕たちにできることなんて……」
と言いかけ、僕はふと口を止める。
僕たちにできることなんてない、と言い切ろうとしたけれど。
今ふと、脳裏に一つの可能性がよぎった。
できること、あるかもしれない。
僕は自分自身にも言い聞かせるように続けた。
「…………いや、一つだけあるかも」
「えっ? ホントッスか!? それってどんな……」
前のめりになるプランに、僕はたった今思いついたことを言った。
「『聖女の回復魔法』なら、もしかしたら治すことができるかもしれないぞ」
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