第74話 「あの聖女様だったら……」
僕たちは当てもなくトボトボと村を歩いていた。
ヒナタちゃんのお母さんから色々と話を聞けたが、これ以上できることがなくなってしまった。
ゆえに夕闇に沈み掛けているハテハテ村を、目的もなく歩いているというわけだ。
これからどうしようかな。
ちなみに今、少し離れたところにアヤメさんはいて、僕とプランの後ろを力なく付いて来ている。
いつも以上に元気がない。その理由は聞かずともわかる。
これ以上どうすることもできなくなってしまった、というのも理由の一つだろうが、一番はヒナタちゃんのお母さんにあることを言われてしまったからだろう。
『もう一度ヒナタと友達になって』
そう頼まれて、アヤメさんは思うところがあるのだ。
別にもう一度友達になるのが嫌というわけではないだろう。むしろそれはアヤメさんからお願いしたいはずだ。
しかし彼女が本当に望んでいるのは、大切な思い出を取り戻すこと。
もう一度友達になったとしても、築き上げてきた思い出は戻ってこない。
それが心底、嫌なんだと思う。
なんて考えながらアヤメさんの方を一瞥していると、横のプランがアヤメさんに聞こえないように尋ねてきた。
「で、どうするんスかノンさん? ヒナタちゃんの記憶、いったいどうやって戻すつもりッスか?」
「うぅ〜ん……」
僕は両手を軽く上げて答えた。
「参ったよ。完全にお手上げだ」
「えっ?」
「今回ばかりはもうどうしようもないよ。完全に手掛かりがゼロだからな」
目を丸くするプランに、僕は以前のことを思い出しながら続ける。
「ババ姫様の時とか、リックのお母さんの時とは状況がまるで違う。本当に何も手掛かりがないんだ。どういう理由で記憶を失っているのか全然わからないし、おまけにおとぎ話のせいなんて言われたら、もうどうしようもないんだよ」
いっそどこかの魔族の仕業とかだったら、直談判で解決に向かったんだけどな。
けどそんな情報もまったくないし、これからどう動けばいいのやら。
「じゃ、じゃあ、アヤメさんの依頼は諦めるってことッスか?」
「そんな顔したって仕方がないだろ。このまま途方もなく治療法を探すっていうのか? たとえ治療方法……解決方法があったとしても、それを見つけるのにどれだけ時間が掛かるかもわかりはしない。それに僕たちには治療院がある。ただでさえ僕たちは治療院をほっぽり出してここに来てるんだ。アメリアとヒルドラも心配だし、早いところ戻った方がいいだろ」
「そ、それはそうかもしれないッスけど……」
煮え切らない様子を見せるプラン。
彼女の気持ちもわからないではない。
僕だって一度は依頼を引き受けたのだから、それを途中で放り出すのは気持ちが悪い。
でも……
「ヒナタちゃんのお母さんの言っていた通り、自然と思い出してくれるのを待つしかない。それに村の人たちから話を聞くって言ってたし、後はお母さんに任せよう。僕たちの出番はここでもう終わりだ」
「……」
はっきりと断言すると、プランは一層落ち込んだ様子を見せた。
アヤメさんのために何かをしたい、という気持ちが見て取れる。
そんな顔したって、本当に仕方がないんだよ。
僕だって何かしてやりたいとは思ってるしさ。
にしてもプランのやつ、かなりアヤメさんに対して気持ちを入れ込んでいるな。
何か理由でもあるのだろうか?
まあ、それはいったん置いておくとして……
僕は後ろを振り返って、アヤメさんに声を掛けた。
「あっ、アヤメさん」
「……は、はい?」
「悪いんだけど、僕らが手助けしてあげられそうなのはここまでみたいだ。後はヒナタちゃんのお母さんに任せるしかない」
「そ、そう……ですよね」
アヤメさんもなんとなくわかっていたみたいだな。
僕たちにできることは、もう何もないのだと。
煩わしいだろうが、じっと待つしかないのだと。
心苦しい気持ちを抱えながら、僕は続けた。
「今日はもう遅いから、僕たちはこの村の宿で一晩過ごしてから帰るつもりだ。夜の森は魔物が出る危険もあるし、アヤメさんもそうした方がいい」
「は、はい……」
というわけで僕たちは、ハテハテ村の宿で一晩過ごすことにした。
アメリアとヒルドラには悪いが、帰るのは明日の朝にしよう。
治療院は九時始業なので、その前に帰宅できれば最低限は大丈夫だろう。
そうと決め、手近な宿屋を見つけて入り、二つの部屋を確保する。
一人用と二人用の部屋。
僕が一人用の部屋に泊まり、プランとアヤメさんには二人用の部屋で過ごしてもらうことにした。
「それじゃあ僕はこの部屋だから。プラン、アヤメさんのこと頼んだぞ」
「は、はいッス」
アヤメさんのことはプランに託し、僕は早々に部屋の中に引っ込んだ。
部屋の内装はかなり簡素なものだった。
木造りの一人用ベッドに、小さな机と椅子。
最低限雨風を凌いで寝泊りできる場所、という印象だ。
まあ部屋の具合なんかどうでもいいか、と思いつつ、僕は簡素なベッドに倒れ込む。
しばしぼんやりと木製の天井を眺めて、ざわついていた気持ちをリセットした。
今一度考えてみる。
このハテハテ村には、記憶を食べる魔物『モグ』の伝承が存在する。
だから村人たちは頻繁に物忘れを起こし、物忘れが多い村として知れ渡っているそうだ。
そんなハテハテ村では今、本物の記憶喪失事件が発生している。
大切な約束事や昨日の出来事、そして幼馴染との思い出なども、完全に忘れてしまっているらしい。
これは到底、物忘れでは済まされない事態だ。
それでも村人たちは、それを『モグの仕業』だと言って簡単に片付けてしまっている。
だから具体的な原因や解決方法を誰も模索することなく、それがまったく出回っていないのだ。
僕たちが手掛かりを掴めないのも、それが大きな理由になっている。
まさか本当に、モグなんて魔物が存在しているのだろうか?
実在しているとして、そいつはいったいどこにいる? どんな見た目をしている?
そいつを見つけ出して倒したりすれば、この事態は収拾するというのだろうか?
「……まったくわからん」
僕は人知れず呟き、ごろんと寝返りを打った。
情報が少なすぎる。考えるだけ無駄な気がしてきた。
それでも思考を止められないのは、プランと同様この一件を諦められない気持ちがあるからだ。
アヤメさんの依頼を最後まで完遂できなかったことに、罪悪感があるのは確かだ。
しかしそれ以上に、どこか悔しさを覚えている自分がいる。
治癒師として、アヤメさんの友達であるヒナタちゃんを治してあげられなかったのが、とても悔しい。
(こんな時、あの聖女様だったら……)
きっと凄まじい回復魔法を使って、瞬く間にこの事件を解決してしまうに違いない。
それも、今回だけに限った話ではない。
ババ姫様の時も、リックのお母さんの時も。
僕とは違って、こんな風にあちこち歩き回って手掛かりを探して……なんてことをせずに、治癒師らしく強力な回復魔法で鮮やかに解決していたことだろう。
なんて考えれば考えるほど、この悔しさは募っていく。
密かに歯を食いしばっていると、不意にコンコンと部屋の扉が叩かれた。
「……? どうぞ」
鍵は掛けていないので入るように促す。
すると扉を開けて入ってきたのは、プランだった。
「し、失礼しますッス」
「ど、どうしたプラン? 何かあったのか?」
さっきの今で分かれたばかりだというのに、いったいどうしたのだろうか?
心なしか、申し訳なさそうに部屋に入ってきたけれど。
不思議に思ってプランを見ていると、やがて彼女は懇願するような顔で僕に言った。
「ど、どうしても、アヤメさんのことを助けてあげられないッスか!?」
「はぁ?」
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