第71話 「友達はもういない」

  

「あの子がヒナタちゃん……で、間違いないんだな?」


「は、はい」


 木陰から一人の少女を窺い、探し人であることを確認する。

 僕らは果樹園を出て、さっそくヒナタちゃんがいるという村までやってきていた。

 森の中を足早に抜けて、およそ一時間ほどで到着した。

 名前を『ハテハテ村』というらしい。

 ノホホ村とさほど規模は変わりなく、村人たちも温厚で穏やかな様子が見て取れる。

 これといった特徴のない村だが、強いて言うなら近くに大きな岩山があるくらいだろうか。

 そんなハテハテ村の大広場を木陰から窺い、そこにヒナタちゃんがいるのを僕たちは見つけた。

 薄い金色のショートヘアで、動きやすそうな軽装の布服を着用している。

 今は買い物中なのか、買い物袋を手に下げて広場をあちこち回っている。

 その最中、至る所から声を掛けられ、爽やかな笑顔でそれに応えていた。

 どうやらヒナタちゃんは顔が広いらしく、仲の良い村人たちが多いみたいだな。

 見た感じ、大人しそうなアヤメさんとは正反対の印象を受ける。

 ともあれ目的のヒナタちゃんを見つけたので、さっそく僕たちは行動に出ることにした。

 まずはヒナタちゃんの記憶の確認からだ。


「よし。じゃあ行けプラン」


「えっ? ア、アタシッスか!? なんでアタシが……?」


「僕がいきなり話し掛けたらさすがに怪しすぎるだろ。ナンパか誘拐だと思われる」


「な、なんでそんなに卑屈なんスかノンさん?」


 別に卑屈というわけではない。

 万が一にでも騒がれたりしたらこれから動きづらくなるからな。

 まあ、僕がちょっとした人見知りというのもあるけど。


「別に普通に話し掛ければいいじゃないッスか。ていうかノンさん、ひいき目なしにしても、普通にかっこいいと思うので、知らない女の子に話し掛けても大丈夫な気が……」


 と、そこまで言い掛けたプランが、突然何かに後押しされるように木陰から出て行った。


「アタシが行ってきますッス」


「えっ? お、おう。頼んだぞ」


 急にどうしたんだこいつ?

 妙に頼もしい感じになりやがって。

 まあ別にいっか。

 とりあえずはプランの背中を見守ることにする。

 彼女はずかずかとハテハテ村の広場に入っていくと、一直線にヒナタちゃんの方へ歩いて行った。


「え、えっと、ちょっといいッスか?」


「……はい?」


「あ、あの、少しお尋ねしたいことがあるんスけど……」


 正直、いきなりすぎるんじゃないかと僕は思った。

 けれど変に遠回りをして、逆に怪しまれるよりかはいいか。


「アヤメさんという名前に、聞き覚えはありますッスか?」


「ア、アヤメ? さあ? 誰のことかしら?」


 おおよそ予想に近い答えが返ってきた。

 僕は遠くから、プランに戻ってくるように手振りで指示を送る。

 ちらりとこちらを窺っていたプランは、その指示を見るや、ヒナタちゃんにぺこりと頭を下げた。


「そ、そうッスか。突然変なこと聞いて申し訳なかったッス。良いスローライフを」


 わけのわからない余計な一言を残したプランは、まるで逃げるようにこちらに帰ってきた。

 色々と説教したいこともあるが、今はそれよりヒナタちゃんのことだ。


「本当に知らないみたいな反応だったな。知らないフリをしてる可能性ってのを一番に考えてたんだけど、それが完全に消えちゃったな」


「そうッスね。あれで嘘を吐いているなら大した嘘吐きさんッスよ」


 これでヒナタちゃんがアヤメさんのことを忘れているのは確定的だ。

 ぶっちゃけ忘れているフリをしてくれていた方が話は簡単に終わったんだけど。

 なんて泣き言をこぼしていても仕方がないので、僕は次の行動に……


「んっ?」


 ふと横を窺うと、アヤメさんが何かに苦しむように深く俯いていた。

 よくよく見れば、ポタポタと頬から雫が滴っている。


「ア、アヤメさん……」


「い、いえ。わかっていたことなので、大丈夫ですよ。ヒナタちゃんが私のことを覚えていないのは、もうわかり切っていたことですから。だから、大丈夫です……」


 涙に濡れた顔を上げ、彼女は無理に笑顔を作った。

 たった一人しかいないという友達。

 その友達の記憶から自分がいなくなってしまったということは、たった一人の友達を失ってしまったに等しい。

 アヤメさんはおそらく、完全に独りぼっちになったことを改めて認識し、心を痛めているのだろう。

 そんな彼女を前にして、胸を締め付けられるような思いになるが、僕は気持ちを切り替えて話を再開した。


「これで改めて、ヒナタちゃんがアヤメさんのことを忘れてしまっていることがわかった。となると残された可能性は、『呪い』で記憶がおかしくなっちゃってるってことだけど、これは僕が『診察』のスキルを使ってヒナタちゃんの『心身状態』を確かめてくるよ」


「『診察』のスキルって、じゃあノンさん、直接ヒナタちゃんに触れて確かめて来るってことッスか?」


「うんまあ、こっそり触れてスキルを発動するって形だけどな。プランの『観察』スキルじゃ、せいぜい天職とかスキルを覗き見ることしかできないし、だから二人はここで待っててくれ」


「あっ、はい、わかったッス。……ていうかそれなら、最初からノンさんが行けばよかったんじゃ……」


 というプランの台詞を最後まで聞くことなく、今度は僕が木陰から出て行った。

 そして広場に入り、買い物中のヒナタちゃんの元まで歩いていく。

 どうやら彼女は今、出店の商品に気を取られているらしい。

 そんなヒナタちゃんの真横を通り過ぎさまに、僕はそっと肩を突き出した。

 トンッと軽く肩をぶつける。


「あっ、すみません」


 ぺこりと頭を下げると、向こうもそれに対して「大丈夫ですよ」と言ってくれ、僕はその場から離れた。

 そしてこっそりと診察させてもらったステータスを見て、僕は顎に手を当てて考える。


【天 職】

【レベル】

【スキル】

【魔 法】


【生命力】100/100

【状 態】


「ふむ……」


 僕はプランとアヤメさんの待つ木陰まで戻ってきた。

 すると帰ってきて早々、プランがにやけ顔で僕に言ってくる。


「なんかノンさん、わざと肩をぶつけて、いちゃもん付けて来るチンピラみたいな動きしてましたよ」


「うるせえ。これ以外に方法思い付かなかったんだよ」


 ていうかお前だってヒナタちゃんに話し掛けた時、超直球勝負だったじゃねえか。

 いきなりアヤメさんのこと聞いてたし、人のこと言えないだろ。


「で、どうだったんスかノンさん? 無事に診察はできたんスか?」


 そう尋ねてくるプランに対し、僕は肩をすくめて返す。


「異常なし」


「はいっ?」


「ヒナタちゃんの身体には何の異常も見られなかったよ。呪いに冒されてるわけでもないし、何か別の状態異常に見舞われてるわけでもない。健康そのものだった」


「ま、マジッスか? それじゃあどうして記憶がおかしくなってるのか、わからなくなってしまったってことッスか? ていうか、それってどこかで……」


 首を傾げるプランに、僕はこくりと頷いた。


「うん、ババ姫様やリックのお母さんの時とまったく同じ状態だ。明らかに異常が起きているのに、心身状態には何の表示もされない。例の『未知の現象』ってやつだ」


「と、ということは、今回もどこかの魔族の仕業ってことッスか?」


「断定はできないけど、まあ可能性は充分あるな」


 老婆にされてしまったお姫様。

 魔物にされてしまった少女のお母さん。

 僕がこれまでに治してきた以上の人たち。

 そのどれもが心身状態に何の異常もなく、解決の手立てを見つけるのにかなり苦労したものだ。

 今回もそれと同様である。

 となればまたどこかの魔族が悪さをしていて、その影響でヒナタちゃんの記憶に何らかの異常が起きている可能性は充分考えられる。


「あ、あの、いったいどういうことですか?」


「あっ、ごめんなさい。こっちの話です」


 僕とプランのやり取りを不思議そうに見守っているアヤメさん。

 彼女は何も知らないので無理もない。

 今のうちに説明してしまった方がいいかなとも思ったが、僕はそうせずに改めて話を切り出した。


「とりあえず次は、ヒナタちゃんのお母さんに会いに行ってみよう。最近ヒナタちゃんの身に何かなかったか聞いて、それから考えを整理するってことで」


「は、はい……」


 というわけで次に僕たちは、ヒナタちゃんのお母さんに会いに……ついてはヒナタちゃん家に向かうことにした。

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