書籍発売記念SS
書籍1巻発売記念SS 「修行方法」
「ノンさんって、どういう修行をしてあんな超人的な戦い方ができるようになったんスか?」
「えっ?」
いつも通りの営業中、唐突にプランが聞いてきた。
「な、なんだよいきなり?」
「いえ、普通に気になっちゃったんスよ。だって、魔王軍の四天王ネビロとあんなかっこいい戦いをして、それを間近で見せられてしまったら、憧れちゃうのは当然のことじゃないッスか。自分もあんな風に戦えたらなぁ……って」
なんだそういうことか。
ネビロとの戦いを終えて、まだ三日ほどしか経っていない。
その時の熱がいまだに抜け切っていないのだろう。プランは当時の戦いを思い出すように空に視線を送る。
果てはキッチンに置いてあったナイフを持ち、僕の真似をするようにブンブンッと振った。
危ないからやめてほしいなぁ。
すっぽ抜けてこっちに飛んで来そうだ。
「僕の戦い方を参考にするのは危ない気がするんだけど……」
「それ、自分で言っちゃうんスか。ていうかやっぱり自覚はあったんスね」
それはまあもちろん。
だってあんな戦い方ができるのは、無詠唱で回復魔法を使える『応急師』の天職を持っているからだ。
高速治癒の能力がなければ、さすがの僕だってあんな危険な戦法はとらない。
ましてやプランはただの盗賊で、手先がちょっと器用なだけの女の子だ。変な意味ではなく、自分の体をもっと大事にした方がいいと思うんだけど。
「もちろん、危ないことは百も承知ッス。でも、憧れは一度抱いてしまったらなかなか払拭できるものじゃないんスよ。それに、危ない戦い方だからこそアタシの眼にはかっこよく映ったんス。ですのでどうか、修行方法だけでもお聞かせくださいッス!」
「う、うぅ〜ん……」
いったいどうしたものやら。
こうなると譲らない奴だからな。
教えずにいると、きっと明日や明後日も同じように食い気味に聞いてくることだろう。
そうなるのはかなり面倒くさい。
いっそのこと話してしまった方が楽だろうな。
しかし、どんな修行をしていたのかと問われても、すぐに思い出せるものではなかった。
勇者パーティー時代は色々なことがあったから、一つの記憶を探るだけでも一苦労なのである。
「気付いたらこんな戦い方をできるようになってた、って言ったら信じてくれるか?」
「いや、そんなわけないじゃないッスか。アタシをアホだと思って、テキトーなこと言ってはぐらかそうとするのはやめてくださいッス」
「だよなぁ……」
さすがに騙されてはくれないか。
今ので話が片付いてくれたら一番楽だったんだけど。
というわけで仕方なく勇者パーティー時代のことを思い返してみる。
他のメンバーたちに比べて、僕は明らかに実力不足だった。
特別なスキルを持っているわけでもなく、強力な魔法が使えるわけでもない。
魔族や魔物を倒すのはいつも他のメンバーたちに任せていた。
回復役なんだからそれでいいじゃん、と割り切ろうとしたこともある。
けれど、自ずと罪悪感や劣等感が湧き、何より男として弱い自分が許せなくて、僕も戦えるようになろうと決意した。
そして、マリンや他のメンバーたちについて行くために、特別にやっていたことと言えば……
「あっ、一つだけ思い出した」
「えっ、本当ッスか!?」
「おう。色々試していた内の一つだけど、この修行方法が僕的に一番しっくりきたかな」
前のめりになるプランに、僕はちょっとした昔話を始めた。
勇者パーティーが北の魔大陸の半分を取り戻した頃。
僕は勇者パーティーの回復役として、劣等感を抱える日々を送っていた。
勇者マリン、剣聖ルベラ、賢者シーラ。
彼女たちがあまりにも強すぎるため、僕の出番はちょっとした傷を治す時くらい。
魔物が現れた時も、僕は彼女たちの後ろに隠れ、出番が来るのをひたすら待つだけ。
果てはマリンたちに呆れられながら庇ってもらうことだってままある。
回復役なのだから、それが当然の形だとも言える。
しかし女性メンバーに囲まれておきながら、男の僕が最後列で突っ立っているだけなんていくらなんでも悪い気がする。
僕だって彼女たちみたいに前に出て、勇者パーティーの一員として立派に戦いたいと思っているのだ。
ただの治癒師が勇者たちに追いつくには、模索と修行しかない。
そこで最近始めたことがある。
その修行をするのは決まって、真夜中になってからだ。
今日もいつも通り、胸にもやもやを抱えたまま戦いを終え、パーティー一行で町へと帰還した。
そして宿屋に入り、明日に備えて休息をとる。
僕は女子メンバーたちとは違う部屋をとっている。
だから彼女たちが部屋で何をしているのか僕は知らないし、僕が夜中部屋にいないことだって彼女たちは知る由もない。
別に秘密にしているわけではないけど、言いふらすことでもないからな。
僕は静かに一人の部屋を出た。
時刻は零時。町の人たちが眠りにつく時間帯。
外灯もほとんどが消えており、月明かりだけが視界の頼りとなる。
人気のない通りを足早に進んでいき、やがて町の正門へと辿り着いた。
武装した見張りが何人かいる。
夜間は魔物が活発的になり、少し歩けば魔物が襲ってくる。
特に森には多種多様な魔物がうじゃうじゃいるので、町の人たちは夜に外を出歩くことはせず、森には決して近づかないようにしている。
しかし僕は、見張りの人たちの不思議そうな視線を背に受けながら、一切の躊躇いもなく町を出た。
そして近くの森にずかずかと踏み入っていく。
少し進んだところで、やはり凶暴な魔物たちが襲い掛かってきた。
側から見たらただの自殺行為だ。
けれど僕は目的を持ってここまでやってきた。
焦らず、冷静に、襲い掛かってくる魔物たちに集中する。
決して武器は出さず、反撃の意思は持たない。
ただ、敵の攻撃を”避ける”だけ。
「ほっ!」
正面から攻撃を仕掛けてきた魔物を、紙一重で回避する。
次に横から飛び掛かってきた魔物も躱し、後ろからの攻撃も捌く。
そのようにして次々と魔物の攻撃を避けていった。
これが僕の修行。
回復役として回避能力を磨くための訓練だ。
僕は勇者パーティーで最弱の男だ。勇者たちと肩を並べて戦う能力はない。
だからせめてマリンたちの負担を少しでも軽くするために、自分の身は自分で守れるようになろうと思ったのだ。
「よっ!」
魔物の攻撃を、避けて避けて避けまくる。
もし避け切れないと思ったら、捌くか防ぐかでダメージを最小限に抑える。
例えば、左腕を盾のようにして構えるとか。
「ぐっ!」
左腕を噛まれたが、即座に振り解いて回復魔法を使う。
「ヒール!」
怪我を完治させ、万全の状態に戻す。
首や心臓を攻撃されることに比べれば、腕の一本は安いものだ。
即死さえ避けられれば、高速治癒で怪我を完治させられるからな。
この判断が素早くできるようになるまで、かなり時間が掛かったっけ。
それにまだ、避けることに固執して余計に大きなダメージを受けることもあるしな。
だからこうして夜な夜な外に出て、魔物の大群の攻撃をひたすら避ける修行をしているのだ。
「まだ、ダメージを抑えられる。最善手を、さらに最善手を……」
これを大抵、魔物たちが疲れていなくなるか、空が明るくなるまでやり続けた。
こんなことを続けてどれくらいになるだろう。
やると決めた日から、毎日欠かさず修行を繰り返した。
たとえその日、強敵との戦いで疲弊していても……
「はあっ!」
近くの森に入って、魔物の大群に襲われに行く。
マリンたちの世話に追われ、時間的な余裕がない時も……
「よっ……と!」
睡眠時間を削って修行に励む。
意味なんてあるのかわからないままそんなことを続けた。
そして、ある日のことだった。
パーティーで魔大陸の攻略に出向き、凶悪な魔族たちと戦いになった。
すると相手に、僕が回復役だと見抜かれて、格好の標的にされた。
魔族たちが次々と僕に襲い掛かってくる。
いつもなら即座に後ろに下がり、マリンたちに任せるところだったのだが……
僕は意を決して前に出て、自分でも驚くほど滑らかな動きで、敵の攻撃を回避した。
夜の森で修行している時と同じように、最善手を見つけて攻撃を避けていく。
そして、避けるのと同時に、反撃も入れられると思ったので、試しに脚を振ってみた。
すると見事に蹴りが炸裂し、敵を遠くに吹き飛ばすことができた。
「……や、やった」
修行の成果が初めて出たと思った。
マリンたちの活躍に比べれば、とても些細な反撃にしか映らないだろうが、僕からしたらかなり目覚ましい進歩だ。
マリンたちがあっさりと魔族たちを退治してしまった傍らで、僕は人知れず成長を実感できた。
その帰り道のことだった……
「ねえ、あんた」
「えっ? な、なんだ?」
唐突にマリンが、ルベラとシーラの輪から抜けて、僕に話しかけてきた。
マリンが話しかけてくるのはとても珍しかった。
大抵は話しかけてくるのではなく、一方的な命令を飛ばしてくるからだ。
いったい何の用事だろうと不思議に思っていると、マリンが仏頂面で聞いてきた。
「変わった?」
「は、はあっ? 『変わった』って、どういう意味だ?」
「……別に」
マリンはそれ以上何も語らなかった。
そしてその日から、戦いの中でマリンが僕のことを庇うことはなくなった。
側から見れば、冷たくなったように思えるかもしれない。
実際そうだった可能性もある。
けれど僕は、勇者マリンにほんの少しだけ実力を認めてもらえたのだと感じ、ちょっとだけこいつらに近付くことができたと思った。
と、ここで話が終われば良かったのだが……
戦いを終え、町に戻ってきた僕たちは、酒場の前を通り掛かった時、ある話を聞いてしまった。
「おい、知ってるか? 『狂気の踊り手』の話」
「んっ?」
狂気の踊り手?
酒場の中から、男たちの騒がしい声がして、自然とそれが耳に入ってきた。
「決まって夜の森に現れるみたいなんだけどな、魔物を倒すことも、その場から逃げることもせず、ただただひたすら魔物の攻撃を避け続けてる”謎の男”がいるみたいなんだよ。まるで自分の家のペットと戯れているみたいに、魔物の攻撃を避け続けるその姿から、この辺りでは『狂気の踊り手』って呼ばれてるらしいぜ」
「ははっ! なんだよそのおっかねえ話! ひょっとして幽霊なんじゃねえのか!」
「……」
僕は何も聞かなかったことにして、その場を離れることにした。
森で修行しているところを、誰かに見られてしまっていたのだろう。
薄暗かったおかげで、顔を鮮明に見られていなかったことだけが唯一の救いか。
僕が冷や汗を滲ませる隣で、話を耳にしたマリンがぼそりと呟いた。
「とんだ変態野郎ね。頭大丈夫かしら」
僕は修行方法を改めようと思った。
「確かそんな感じで修行してたかな? どうだ、参考になったか?」
「……」
話を聞き終えたプランは、唖然とした表情で固まっていた。
いったいどんな話を期待していたのかは知らないが、これが揺るぎない事実である。
やがて彼女は硬直を解き、呆れたように言った。
「『高速の癒し手』だけにとどまらず、いったいいくつの異名を持ってるんスかノンさん」
「お前も同じことやれば、『狂気の踊り子』とか『変態』とか呼ばれるようになるんじゃないか」
「それは勘弁してくださいッス!」
なんだ、仲間が増やせるかと思ったのに。
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