第42話 「魔王軍で四天王の一人だった私は」

 

 魔王軍の四天王であるアメリアに、町を出る許可なんて下りるものだろうか?

 まさかこいつ、嘘を吐いているんじゃ?

 人のために力を使うのが屈辱だから、思い切って脱獄したとか……

 という僕の懸念に対し、アメリアは弁明した。

 

「確かに、人の言いなりになるなんてまっぴらごめんだが、それでも無謀な脱獄に挑むほど自棄にはなっていない。奴らからの提案の寛大さも承知している。何より、あの子たちが幸せに暮らせるのなら、それが一番なのだ」

 

「じゃあ、なんで許可までもらって町を出たんだ? 仲間たちもリーダーのお前と一緒にいた方が安心できるだろ」

 

 何より、力が使えない今、たった一人で町を出るのはあまりにも危険すぎる。

 大人しく町の人の言うことを聞いて、低級魔法くらい覚えてからの方がいいはずだ。

 それはアメリアもわかっているようで、しかしながら彼女はかぶりを振った。

 

「私は今すぐにでも町を出たかったのだ。奴らの言いなりになり、のろのろと低級の魔法を習っている暇など、私にありはしない」

 

「……? どうして?」

 

「あの子たちにはまだ、私と違って体を元に戻す希望が残っているからだ」

 

「えっ?」

 

 大きな疑問が二つ浮上した。

 体を元に戻す希望?

 ていうか、”私と違って”ってどういうことだ?

 

「先ほど言いかけたことだが、私の体はもう”元には戻らなくなってしまった”のだ。向こうで私の診察をした治癒師が言うには、二度と大人の姿に戻ることはないそうだ」

 

「えっ? それって本当なのか? 僕の体は簡単に治ったけど……」

 

「実際にボウボウ大陸の薬草で作った治療薬を、特別に飲ませてもらった。だが、治癒師の言うとおり何も変化は起きなかったのだ。他に考えられる手もすべて試してみたが、この体はぴくりとも反応せん。私は完全に幼女の姿で固定されてしまったのだ」

 

「そう……なのか」

 

 ならばアメリアが町を飛び出してきた理由も、大方予想が付く。

 人知れずそう納得していると、再びプランが部屋の端で、きょとんと首を傾げた。

 

「なんであなたは元の体に戻れなくなったんスか?」

 

「――ッ!」

 

 本当に何気なく聞いたつもりなんだろう。

 プランは混じりけのない素直な声で質問をしていた。

 それに対してアメリアは、なぜかぎりっと歯を食いしばる。

 

「なんで? ”なんで”だと? お前のせいだよお前のせい! お前が作った失敗作の薬を飲んだせいで、症状が悪化してしまったんだよ!」

 

「な、なんでアタシが悪いみたいになってるんスか!? 証拠もないのに決めつけるのはよくないッスよ! ていうか、勝手に飲んだのはあなたじゃないッスか!?」

 

「ぐぬっ……!」

 

 そういえばそうでしたね。

 理不尽な怒りを振りかざすアメリアに、二人してジトッとした視線を向けていると、やがて彼女は話を逸らすように言った。

 

「と、とにかく、そういうわけだから、私の体は何をやろうと元には戻らなくなってしまったのだ。でも、あの子たちにはまだ希望がある。残念ながら特効薬は効かなかったのだが、直接毒草や毒薬の影響を受けていない彼女たちなら、まだ何か治す方法があるように思うのだ。私はその方法を探るために、町を飛び出してきた」

 

「ふぅ~ん……」

 

 軽い相槌を打つ中、僕は密かに思う。

 よくそれで町の人たちから許可が下りたな。

 何か悪さするんじゃないかと普通は止めるだろ。

 何より、仲間の治療ができてしまえば、西の魔王軍の再結成が叶ってしまう。

 なぜ町の人たちは、アメリアの旅立ちを許してしまったのだろうか?

 

 いや、もしかしたら……

 その人たちも、このアメリアのなんとも言い難い表情を見たのかもしれない。

 弱まった仲間たちを健気に思う、リーダーのこの顔を。

 それで心を許したとか。

 考えにくいことではあるが、現にアメリアは今ここにいる。

 そうとわかった僕は、彼女に頷いてみせた。

 

「うん、事情はわかったよ。お前は仲間を治すために、町を飛び出してきたんだな。悪さなんて、もうするつもりもなく」

 

「えっ? し、信じてくれるのか? 私は一度、お前のことを騙しているのだぞ? それに私は、魔王軍の元四天王『西のアメリア』だ。それでも……」

 

「それでも信じるよ。ていうか、本当に騙そうとしている奴なら、そんなこと聞いてくるはずないだろ。それで充分だ」

 

「……」

 

 信じると言っているのだが、アメリアは煮え切らないといった表情を浮かべている。

 人に信じてもらうのに慣れていないのだろうか。

 悪魔なので、それは無理もないのだけれど。

 

「んっ? いやちょっと待てよ。それならなんで、僕の治療院にまた来たんだ?」 

 

「えっ?」

 

「仲間たちの治療法を探すなら、わざわざ危険を冒してまでここに来る必要なかっただろ。ただでさえここは田舎村の端っこなんだし。……あっ、もしかして、『ここなら珍しい患者とかが来そうだから、その中で仲間たちを治す手立てを見つけられるかもしれない』とか考えたのか?」

 

「……」

 

 僕の予想を聞いたアメリアは、一瞬だけ迷ったような顔をした。

 次いでぎこちない頷きを返してくる。

 

「う、うむ。まあ、そんな感じだ」

 

「……?」

 

 なんか歯切れの悪い返事だな。

 その様子を見たもう一人の人物が、僕以上の違和感を抱いていた。

 

「だ、騙されないでくださいッスノンさん!」

 

「えっ? 騙されるって何が?」

 

「アタシには、その、なんとなくわかるんスよ。この悪魔が嘘を吐いていることが」

 

 うそ?

 ここまで来て、このうえ何を誤魔化そうというのか?

 なんて考えていると、プランがアメリアに詰め寄っていった。

 

「あなた……」

 

「な……なんだ?」

 

「この前、ちょっとノンさんに優しくされたからって、ひょっとしなくても、ほ、ほほ……」


「……?」

 

 やがて内緒話をするくらいまで近づくプラン。

 彼女はアメリアの耳元で小さく唇を動かすと、途端に四天王の顔がプリプリトマトのように真っ赤に染め上がった。

 

「な、なな、何をバカなことを言っておるのだ! 私は何者でも魅了するサキュバスたちの女王だぞ! たとえ体が小さくなっても、その事実に変わりはない! 魅了することはあっても、魅了されることなど絶対にありえんのだ! ここを訪ねたのは……その…………他に当てになるような人間がいなかったからだ」

 

 段々と先細りになっていく声。

 椅子に腰掛けたままもじもじとするアメリアを見て、さらにプランは訝しんだ。

 

「へぇ、じゃあ仕方なくってことッスか。なら、他の信頼できそうな治癒師を紹介したら、この治療院は出ていくってことッスか?」

 

「お、おい、なぜそこまでして私のことを追い出そうとする。ていうか、所詮アルバイト風情が口を挟んでくるのではない! そもそもお前はこいつのなんなのだ!?」

 

 ガルルルと威嚇し合う二人を見て、咄嗟に僕は止めに入った。

 

「お、おい、喧嘩すんなって。アメリアは元々悪魔なんだから、当てになるような人間がいないのも当然だろ。他の魔王軍の奴らとも仲悪いみたいだし。だから変な勘繰りはやめとけプラン」

 

「むぅ~……」

 

 またも不満たらたらの様子のプラン。

 しかしこれ以上口出ししてくることはなく、一時の喧嘩はすぐに落ち着いた。

 ホント仲悪いなこいつら……と思いながら、僕は思い切った決断をする。

 

「とまあ、好戦的な奴が一人いるけど、それでもいいなら”アルバイト2号”としてお前をここで雇ってやる。それでどうだ?」

 

「……も、もちろんそれで構わない。私は仲間の体を元に戻すためなら、なんだってやってるぞ、高速の癒し手」

 

「おう。あと、ここではその呼び方やめて。恥ずかしい」

 

「んっ、そうか? ならば……えっと……ノン、でいいのか? これからよろしく頼むぞ、ノン」

 

「おう、よろしくなアメリア」

 

 と、あっさりアメリアのアルバイト入りを認めてしまった。

 やっぱり僕は、困っている子供の姿には弱いのである。

 その中身がたとえ、魔王軍の元四天王であろうとも。

 おまけに今は、ただの仲間思いの優しいリーダーではないか。

 それにしても魔王軍って、話せばわかる奴が意外と多いんだよな。勇者パーティーと違って。

 

 改めてそう感じていると、僕の選択が気に食わないらしいアルバイト1号が、「むぅ~」と唸り声を上げていた。

 まあ僕と違って、いまだにアメリアを許せないこいつの場合は、この決定が心底不服なのだろう。

 自分の場合はかなり遠回りをして、この治療院のアルバイトになったわけだし、いきなり第2号に入ってこられたら納得いかないのも無理はない。

 僕としてもなぜこのような判断をしたのか、自分でもよくわかっていないのだから。

 

 もう僕自身、一人も二人も一緒だと思うようになっているのかもしれないな。

 まあ、何はともあれ……

 こうして盗賊団の元メンバーに続き、魔王軍の元四天王が、新しくアルバイトとして治療院に加わることになりました。

 

「な、なんか……なんか納得いかないッスーーーーーーーー!!!」

 

 そういえば、着々と従業員は増えてるけど、治療院は全然大きくならねえな。

 

 

 

 第三章 おわり

 

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