第41話 「優しい結末」

 

「な、何しに来たんスかこの悪魔! また何かノンさんにちょっかいでも掛けにきたんスか!?」

 

 僕の後ろからアメリアを見たプランが、掴みかかる勢いで言い放った。

 とても嫌悪しているように見えるけど、まあ無理もないか。

 そんなプランの怒号に対して、アメリアが逆に怒るように言い返す。

 

「やられた早々、ちょっかいなど掛けに来るか! 確かに高速の癒し手には用事があるが、別に貴様には用はない! すっこんでいろアルバイト風情が!」 

 

「そんな言葉とても信じられないッス! ていうかなんでこんなところにいるんスか!? 回れ右して帰れッス!」

 

「来た早々帰ってたまるか! おい高速の癒し手、このままでは話が進まん。そいつを奥に引っ込ませろ」

 

「……」

 

 どんだけ仲悪いんだよこいつら。

 さっきまでかなり静かだったのに、突然うるさくなって僕は頭を抱えた。

 アメリアのいきなりの訪問の意図はわからないけど、確かにこのままじゃ話はできないな。

 

「おいプラン」

 

「嫌ッス」

 

「……いや、まだ何も言ってねえだろ。奥に引っ込めとは言わないから、せめてタオル持ってきてやれ」

 

「なっ――!? ノンさんこいつを治療院に上げるつもりッスか!? こいつは魔王軍の四天王として大陸を侵略しようとしていた他に、ノンさんのことまで操ろうとした悪い奴なんスよ!」

 

「うぅ~ん、まあ、それはそうなんだけどな……」

 

 僕はちらりとアメリアを一瞥する。

 雨の中で、じっと治療院の入口前に佇む少女。

 彼女は心なしか、しょんぼりと目を伏せているように見えた。

 

「こいつ、もう悪さする気ないみたいだし」

 

「なんでそんなのわかるんスか?」

 

「いや、なんとなくだけど……」

 

「なんとなく!? そのなんとなくで、また騙されるかもしれないんスよ!?」

 

 いや、まあ、それもそうなんだけどさぁ。

 う~ん、なんて言ったらいいのか。

 例えようのない気持ちを抱いていると、不意にアメリアが口を開いた。

 

「騙すつもりは、もうない。私はただ、高速の癒し手に相談があって来ただけなのだ」

 

「相談?」

 

 相談とはこれいかに?

 アメリアの真意がなんなのか、いまだにはっきりとはしないけれど。

 ひとまず敵意を感じなかった僕は、中途半端に開けていたドアを全開にした。

 

「んまあ、とりあえず上がれよ。このままじゃ風邪ひくし。おいプラン、タオル」

 

「むぅ~……」

 

 不満たらたらのご様子。まあ無理もない。

 しかしプランはやがて、僕の意向に沿うことにしたのか、渋々といった感じでタオルを取りに行った。

 その間に僕は、アメリアを客人用の椅子に座らせ、茶も淹れてやる。

 

 湯気が出ているうちに一口啜ると、程なくしてプランが戻ってきた。

 警戒心丸出しでアメリアにタオルを差し出すと、彼女は申し訳なさそうにそれを受け取る。

 ガシガシと乱暴に頭を拭き始めたのを見て、僕は問いかけた。

 

「んで、相談ってなんだよ? まさかもう一回、『お薬を作ってほしいのですぅ』とか言うつもりじゃねえだろうな?」

 

「そ、そんなことは言わんわ! 今さらお前たちに頼んだところで騙せるわけもない。それに、私の体はもう……」

 

「……?」

 

 不自然に言葉を途切れさせたアメリア。

 そのことについて言及しようか迷ったが、意味ありげな彼女の顔を見て、別の質問に変えた。

 

「そういえば、お前の軍団は壊滅したって聞いたけど、仲間たちはどうなったんだ?」

 

「仲間たち、か。無論、全員が捕まったよ。力が弱まっているところに冒険者共が押し寄せてきてな」

 

「あぁ……」

 

 僕が流した情報により結成された討伐部隊だ。

 無事に西の魔王軍の抑制に成功したらしい。

 と、そこまで考えた僕は、恐ろしい危機感を覚えた。

 まさか、その復讐をしにここに……?

 ごくりと息を呑みながら、恐る恐る僕は質問を続ける。

 

「じゃ、じゃあ、お前の仲間たちは今、町の地下牢とかに幽閉されてる状態なのか?」

 

「いいや、幽閉はされていない。殺されてもいないしひどい扱いを受けているわけでもない。拘束状態であることに違いはないがな」

 

「……?」

 

 どういう意味だろう?

 という疑問をこちらの表情から悟ったのか、アメリアはさらに続けた。

 

「仲間たちは今、教育を受けている」

 

「きょ、教育?」

 

「あぁ。"訓練"と言った方が的確かもしれないな。私が幼児化したことにより、彼女たちも力が使えなくなったのは知っているだろう?」

 

「う、うん。お前からそう聞かされたからな」

 

 全員分の魔力を束ねていたせいで、幼児化の影響が広がったとかなんとか……。

 

「彼女たちも私と同様、体が縮んだ影響で魅了魔法が使えなくなってしまった。残されたのは使い道のない魔力のみ。そこで町の兵士たちから、ある提案を受けたのだ」

 

「ある提案?」

 

「その持ち腐れの魔力を、人間のために使わないかという、屈辱的な提案だ」

 

「ほほう」

 

 西の魔王軍が捕まったと聞いた時は、穏やかならぬ話だと思ったが。

 意外にも事態は”優しい方向”に向かっているらしい。

 具体的には……? という視線を向けると、アメリアは答えた。

 

「無理な拘束はしない、飯だって食わせてやる。その代わり、一から魔法を学び、その力を人のために使え。というのが、奴らが持ち掛けてきた提案だ」

 

「へぇ、悪くない話じゃないか。普通なら全員、”即打ち首”もあり得るのに、魔法を学ばせてもらえる上にご飯まで食べさせてくれるなんて」

 

 寛大な対応ではないか。

 これだとむしろ、弱体化したサキュバス集団を保護した形になる。

 なんだ。このノホホ村だけじゃなくて、他のところにも優しい人たちってたくさんいるんだな。

 と、少しばかり感動を覚えていると、不意に部屋の端っこで誰かが手を上げた。

 プランだ。

 

「あのぉ、ちょっとご質問いいッスか?」

 

「……? どうぞ」

 

「人間が魔族に魔法を学ばせるって、そんなことできるんスか?」

 

「……」

 

 また、何も知らない奴からしてみれば当然の質問だな。

 

「『魔法伝道師』っていう天職を持っている人たちがいるのは知ってるか?」

 

「知らないッス」

 

「まあ、その『魔法伝道師』っていうのは、簡単に言っちゃえば他人に魔法を継承できる能力を持っている人たちのことだ。魔法使い系の天職を有していなくても、魔法を使えるようにしてくれる天職。ただしそれは低級魔法のみに限られて、魔力を微量でも宿してないと意味がないんだけどな」

 

「へ、へぇ……」

 

 町の隅っことかで、よく魔法教室とか開かれていて、希望者に低級魔法を教えている人たちがいるが、まさにその人たちが『魔法伝道師』だ。

 その効果が魔族にまで適応されるのかどうかは定かではなかったが、アメリアの今の話を聞くにどうやらその範疇に入っているらしい。

 という説明をしてプランは納得したような声を上げた。

 またプランの知識を一段階高めてしまった。

 ……って、ちょっと待てよ。

 僕は眉を寄せてアメリアを見た。

 

「ところで、『じゃあなんでお前はここにいるんだ?』って聞いてもいいか?」

 

「……」

 

 その問いを受けて、アメリアはぎこちなく視線を逸らした。

 額には滝のような冷や汗が。

 おい、こっち向けコラ。

 

「だ、脱獄ッス……脱獄犯がここにいるッス……」

 

「だ、脱獄などしていない! 私はちゃんと”許可”をもらって町を出てきたのだ!」

 

「許可ぁ?」

 

 またもアメリアの口から、意外な言葉が飛び出してきた。

 

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