第40話 「温かい我が家」

 

「ふんふふ~ん!」

 

「……」

 

 治療院の屋内に、プランの上機嫌な鼻歌が響く。

 やはり上手とは言えず、しかし音痴というほどでもない、いじりようのない鼻歌。

 僕は曲名もわからないそれに耳を傾けながら、手元の新しい冊子をパラリとめくった。

 ページの中央には、”以前よりも大きな一文”が記されている。

 

『西の魔王軍、弱体化の影響により壊滅。大陸の全土を奪還』

 

 僕はそれを見て、なんとも言い難いため息を零した。

 それを聞きつけたのだろうか、不意に後方からプランが顔を覗かせ、同じく一文に目を通した。

 

「これにて無事に終了……ッスかね?」

 

「ん~、たぶんなぁ」

 

 僕はテキトーな反応を示す。

 あれから二週間。

 飛ばし屋さんの手を借りてボウボウ大陸から帰還した僕らは、さっそくアメリアを町の人に突き出すことにした。

 いつまでも僕たちが、魔王軍四天王の一人の身柄を預かっているわけにもいかない。

 そこで頼りにさせてもらったのが、町に構えられている冒険者ギルドだ。

 

 初めはボウボウ大陸での出来事を信じてもらえないかと思った。

 しかし、意外にも冒険者は話のわかる人たちで、すんなりと信じてもらえた。

 おまけにめちゃめちゃ褒められた。

 そして西の魔王軍が弱体化しているということも教えたら、その次の日には討伐部隊が結成されていた。

 その後、僕とプランは、寄り道もせず真っ直ぐとノホホ村に帰ってきたのである。

 

「はぁ、もうサバイバルとか勘弁だなぁ。やっぱり僕は治療院にこもって、細々と村の人たちの怪我を治してる方が性に合ってる」

 

 手元の冊子を閉じて卓上に抛りながら、僕は言う。

 するとプランが、部屋の端っこで掃除パタパタをしながら僕の声に返した。

 

「そうッスか? アタシとしても、もうあんな目に遭うのは御免ッスけど、ノンさんは今回みたいに頑張って走り回ってる方が似合ってると思うんスけど」

 

「それでもやだよ。頑張ってる方が似合ってるとしても、僕はもう面倒ごとには絶対に関わらないぞ。やっぱりゆっくりしてるのが一番だ。誰かに褒められたいわけでもないし、莫大な報酬がほしいわけでもないし」

 

「だからあの冒険者の方々に、名前と素性を隠して西の四天王を引き渡したんスか?」

 

「うん。変に注目されるのも嫌だし、聞かれなくても話は信じてもらえたからな」

 

 冒険者ギルドから逃げるように去った時のことを思い出していると、不意にプランの不満げな声が聞こえてきた。


「えぇ~、ノンさん頑張ってるんスから、やっぱりもう少し誰かから褒められてもいいと思うんスけど。あっ、それなら、またアタシが頭なでなでして褒めてあげましょうか?」

 

「いらんわ」

 

 いつまで子供扱いするつもりだこいつ。

 とっくに体は元に戻っているというのに。

 それに僕は、誰かに褒められたくて頑張っているわけではない。

 運悪く事件に巻き込まれて、それで仕方なく解決してるだけなんだよ。 

 なんて考えていると……

 

「わっ、冷た!」

 

 窓から風が入り込み、そこには数滴の水が含まれていた。

 雨だ。

 最近多いな。

 頬に当たったそれを拭いながら、急いで窓を閉める。

 

「うわっ、やばいやばい、雨降ってきちゃったよ。洗濯物洗濯物」

 

「もう取り込んでおきましたッスよ」

 

「えっ……? あっ、そう」

 

 やっぱりこいつ使えるな。

 慌てる僕と違って、すでに雨が降ると予想していたらしいプラン。

 相変わらずそこそこ有能なことをしてくれるんだよな。

 プランへの評価を改めると、僕は静かに窓際の席に戻った。

 再び冊子に目を落とす。

 それからしばし、窓から聞こえる雨音と、プランの鼻歌に耳を傾けながら和んだ。

 

 やっぱり家は落ち着くなぁ。

 事件が解決してからもう二週間経ったけど、まだ疲れが残っている気がする。

 だからこそ自宅でのんびりできるありがたみを感じるのだ。

 あっ、やばい、若干うとうとしてきた。

 

 と、油断してうたた寝に入りかけていると……

 コンコンと、不意に治療院のドアが叩かれた。

 こんな雨の中でお客さんだろうか?

 いや、もしくは散歩中に運悪く雨に当たり、雨宿りする場所を探している村人かな?

 なんて考えながら僕は、席から立ち上がり、治療院のドアを開けてあげる。

 

 ガチャ。

 

「はいは~い、どちら様で……」

 

 そう問いかけながらドアの向こうを見てみると。

 そこには、全身真っ黒なマントで身を包んだ、背の低い子供が突っ立っていた。

 パチパチと雨に打たれながら、じっと治療院の前で止まっている。

 

 ふとその人物が顔を上げると。

 淡い紫色のショートヘアと、あどけなさが残った少女の顔が覗いた。

 僕はパッと見ただけで、その人物が誰なのかわかってしまった。

 

「ア、アメリア……?」

 

「……」

 

 あまりにも意外な訪問者に、僕は目を丸くして固まった。

 

 あれ? このパターンどこかで……

 

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