第66話 「果樹園」
プランの先導に従って少女を追うこと二時間。
僕たちはノホホ村から僅かに離れた森林の中にいた。
人の気配がどんどん薄れていき、そこはかとない不安感を与えてくる。
「まだそう遠くに行っていないのなら、アタシの感知スキルで気配を追跡することができますッス。あの女の子の姿は何度も見ているので気配もちゃんと記憶してますッスよ」
「じゃあ、こっちの方で間違いないんだな」
前を歩くプランはこくりと頷いた。
不安そうにしている僕を安心させるための一言だったのだろう。
あの少女を追うと決めたのは僕だったが、正直あの子を追跡する手段は持ち合わせていなかった。
そこでプランが名乗りを上げてくれたのは本当に助かるのだが、こんなに人気のない場所に連れて来られると不安を覚えてしまう。
本当にこの道で合っているのだろうか?
まあ、今はプランの先導を信じる以外にない。
ゆえに僕は不安を押し殺し、プランの後ろを黙ってついて行くことにした。
「くんくん、くんくん……。こっちの方から気配を感じるッス」
「……そ、そう」
辺りのニオイを嗅ぎ取るように、プランは鼻を動かす。
そういえば前も感知スキルを使ってもらった時、こんな風に犬みたいな行動してたっけ。
あまり意味はなさそうだけど。
やっぱり不安だなぁ。
心中で半ば呆れていると、前を歩くプランが今さらのことを口にした。
「ノホホ村からどんどん離れてますッスね。それに、人の気配を避けるみたいな道を歩いてるッス。いったいどこからやってきたんでしょう?」
「さあ? まあ、見た感じノホホ村の人じゃないのは確かだからな。大方、プランの宣伝を聞きつけて、遥々隣の町からやってきたんじゃないのか?」
変な道を通っているのは、単に方向音痴なだけなのかもしれない。
と思われたのだが、気配を追って進むにつれて、どんどん森の奥底へと導かれていった。
ノホホ村だけでなく、近隣の町からもさらに離れていっている。
あの子はいったいどんな場所からノンプラン治療院まで来ているのだろうか?
膨れ上がる不安に支配されながらも、気配を辿って森を進んでいくと、ふとプランが違った反応を示した。
「くんくん、くんくん……。なんだか少し甘い香りがしますッスね」
「えっ? 感知スキルって匂いまで感じ取ることができるのか?」
「あっ、いえいえ、本当に甘い香りが向こうの方から……」
そう言われ、僕もすんすんと周囲のニオイを嗅いでみる。
すると、本当に甘い香りがどこからか漂って来た。
どうやら少女の気配もそちらの方に続いているらしく、匂いと気配を追って歩いていくと……
「おっ?」
目を引くものが僕たちの前に現れた。
ただの森林ではお目にかかれないような、鮮やかな色の木々。
木そのものに色が付いているわけではなく、枝の節々にぶら下がっている物が、赤や紫といった綺麗な色を付けていた。
「これ、果物だよな? 甘い匂いの正体はこれだったのか。ってことはもしかして、ここは”果樹園”か?」
「そうみたいッスね。かなり出来の良い果物たちが揃ってますッス。ほらっ、このシュワシュワベリーなんて真っ赤で肉厚ッスよ」
”とっても美味しそうッス”と言いながらプランはベリーをまじまじと眺めた。
正直果物の良し悪しについては判断がつかないのだけれど、ここにある果物が良い物なのは僕でもわかった。
「こっちの方に来てるってことは、あの女の子がこの果樹園の面倒を見てるってことなのかな?」
「うぅ~ん、それはどうかわかんないッスね。ただ治療ついでに果物を買いに来ただけかもしれないッスよ」
確かにその可能性もあるな。
知る人ぞ知る果樹園って感じだし、あの女の子がここのことを知っているのなら、果物を買うために変な道を辿ってきたのも頷ける。
とりあえず僕たちは先に進んでみることにした。
甘い香りに包まれながら、少女の気配を追っていると、やがて果樹園の奥に何かを見つけた。
「んっ? あそこにあるのは……?」
丸太を重ねて作った、簡素な木造り小屋。
外には洗濯物が干してあり、敷居を示す柵や薪割り場などが散見される。
とても生活感の漂った小屋だ。
少し離れた木の裏に隠れ、僕たちはそっとそちらを窺った。
「あの女の子の気配はあそこの小屋に続いてますッス。今も中から気配がするッスよ」
自然と小声になるプラン。
そんな彼女に合わせるように、僕も声を落として聞き返した。
「……他の人の気配は?」
「今のところは、あの女の子だけッス。周りの気配も探ってみたんスけど、怪しい気配は特に……」
その返答に、思わずほっと胸を撫で下ろす。
アメリアの仮説が正しければ、あの少女に危害を加えている人間が少なくとも一人はいるということになる。
となれば少女の近くにはその加害者がいる可能性が高く、僕たちも顔を合わせることになっていただろう。
もしそうなっていたら、争いは避けられなかっただろうな。最悪僕たちも危ない目に遭っていたかも。
その可能性が今のところはないみたいなので本当によかった。
にしても、他の人の気配がないってことは、ここの果樹園の面倒を見てるのはあの女の子ってことで断定していいのかな?
ここに果物を買いに来ているのなら、他に人がいて然るべきだし。
あの小屋が少女の住処であり、果樹園の面倒を見ているということで間違いなさそうだ。
「ど、どうしますッスかノンさん?」
「うぅ~ん、とりあえずあの子に事情だけでも聞いておこう。何もなければそれでいいし、怪我が頻発してたのはたまたまってことで片付ければいいからさ」
何なら品質の良いここらの果物を、アメリアたちへのお土産ってことで買って帰ってもいいしな。
なんて呑気なことを考えながら、プランと共に小屋に近づいていく。
柵を越えて建物の付近まで来ると、僕は思わず疑問符を浮かべた。
「入口の扉は、どこにあるんだろう?」
見た限り、中に入れそうな扉がない。
一部ガラス張りになっていて、中を覗き込めそうだが……
「ノンさんノンさん、こっちは窓みたいッスよ。扉は反対側ッス」
「あっ、そうなのか。悪い悪い」
森林の中にぽつんと立っている小屋なので、正面玄関がどこなのかひと目ではわからなかった。
じゃあ向こう側に回って中に……
「んっ?」
そう思って歩き出そうとしたのだが、ふと視界の端に窓の中が映った。
屋内は薄暗く、中の様子はぼんやりとしかわからない。
そんな中、床にうずくまり、もぞもぞと動く”人影”が、僕には確かに見えた。
なんなんだ……あれ?
思わず足を止めると、窓の隙間からうっすらと声が聞こえてきた。
「これで、またあの人に……」
その声が聞こえると同時に、信じられない光景が目に飛び込んでくる。
このとき僕は、不用意に面倒事に首を突っ込むべきではないと、改めて後悔した。
なぜなら窓の向こうに、『スパッ!』と自らの腕を切り裂いている、あの女の子の姿が見えたのだから。
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