第64話 「不可思議な常連」
またあの子だ。
入店してきた少女を見て、僕は昨日の光景を思い出す。
音を立てないように入ってくる仕草も、少し挙動不審な様子も、先日とまったく同じに見えた。
ぼんやりとそんなことを考えていると、今度はアメリアが少女の応対をしてくれた。
「いらっしゃいませ、本日はいかがなさいましたか?」
「……あ、あの、手を、怪我してしまって……」
これも同じ内容だった。
袖を捲った前腕部分に切り傷があり、そこを治療してほしいとのこと。
その依頼内容を聞いたアメリアは、少女をお客さん用の席まで案内して座らせた。
一方で、ぼぉーっとしていた僕は僅かに遅れて少女の元まで行き、急いで治療に取り掛かった。
「ヒール」
少女の腕を綺麗に治してあげる。
その後、500ガルズを受け取って、やはり先日と同じく少女は逃げるようにして帰っていった。
「お、お大事になさってください」
すでに見えなくなった少女の背に向けて、僕は消え入りそうな声を掛ける。
何か話でもするべきかと思ったが、あの子はそういうのが苦手なタイプなので昨日と同じく遠慮しておいた。
すると昼食の準備をしていたプランが、驚いた様子でキッチンの方から出てきた。
「あ、あの、ノンさん、あの方……」
「う、うん、また来たな。でもまあやっぱり、たまたまなんじゃないのか? 三日連続で怪我するなんて珍しくもないし、怪我しやすい場所に住んでる可能性もあるしな。それか、かなりおっちょこちょいな人なのかも」
半ば自分にも言い聞かせるような台詞を口にすると、プランは鈍いながらも頷きを返してきた。
「そ、そうッスよね。たまたまッスよね」
そう言うしかあるまい。
仕事柄しょっちゅう怪我をする人だっていることだし、あの子にも何らかの事情があるのだろう。
変に詮索するのも少女に対して失礼というものだからな。
ただでさえ最近は忙しいし、些細な違和感は飲み込んでおくに限る。
というわけで僕たちは通常通りの営業に努め、本日も滞りなく仕事を終わらせたのだった。
さらに翌日。
再びお昼頃のことだった。
ガチャ。
「あっ、いらっしゃいま……」
入ってきたのは、小動物のようなおさげの少女。
また、あの子だった。
僕は思わずぽかんと口を開け、少女を見つめて固まってしまう。
対して接客担当のアメリアは特に意に介した様子もなく、普段通りの振舞いで対応した。
「いらっしゃいませ、本日はいかがなさいましたか?」
「……あ、あの、手を、怪我してしまって……」
再び同じ依頼内容。
昨日治したはずの左腕の前腕部分に、いつもの見慣れた切り傷があった。
アメリアは従来通り少女を診察席まで案内し、反射的に僕も対面の席に腰掛ける。
そして回復魔法のヒールを使って左腕を治し、少女からまた500ガルズを受け取った。
「お、お大事になさってくだ……」
という恒例の挨拶を最後まで聞くことなく、少女はやはり逃げるように帰ってしまう。
置き去りにされたかのような気持ちで固まっていると、傍らから驚いた様子のプランが出てきた。
「ノ、ノンさん、あの方……」
「い、いや、たまたまだって。二度あることは三度あるし、三度あることは四度あるって言うじゃないか。それか、ものすごくおっちょこちょいな人なのかも」
今一度そう言い聞かせると、プランはぎこちない頷きを返してきた。
「そ、そうッスよね。たまたま……ッスよね?」
さすがにここまで来ると自分に言い聞かせることも難しくなってくる。
こんなに連続で来店してくれた人なんて今までに誰もいないし、怪我しがちなユウちゃんやコマちゃんだってこんな頻度で来ることはない。
これはいくらなんでも特別な理由があるとしか思えない。
しかしたまたまだという可能性もまだ完全に捨て切れないので、下手に踏み込むわけにはいかないだろう。
まあ、もしたまたまだったらさすがに明日も来るなんてことはないだろうし、今日であの子の治療院通いは終了するはず。
そうと信じて、僕はあの少女のことを一時忘れ、その日の仕事に集中した。
翌日。
ガチャ。
「あっ、いらっしゃ……」
あの子が来た。
いつも通り控えめな様子で、できるだけ音を立てないように治療院に入ってくる。
これには思わず僕も驚愕し、キッチンから飛び出してきたプランと耳打ちをした。
「ノ、ノノ、ノンさん! 絶対にたまたまなんかじゃないッスよ! だってあの方、昨日も一昨日もその前も……」
「い、いや、だから、たまたまなだけだって。よくユウちゃんとかも転んで何回もうちに来るし、冒険者みたいな職業なら毎日怪我をしてるじゃないか。それか、ものすごくものすご~くおっちょこちょいな人なのかも」
テンパった結果、自分でも何を言っているのかわからない言い訳が飛び出す。
そんな中、アメリアだけは冷静に普段通りの接客で、おさげの少女を招き入れた。
「いらっしゃいませ、本日はいかがなさいましたか?」
「……あ、あの、手を………」
依頼内容もやはり同じだった。
昨日と一昨日とその前と同様、左腕の前腕部分。
すっかり見慣れてしまった切り傷がそこにはあった。
よくそこまで器用にまったく同じ怪我をすることができるなと感心してしまうほどだ。
「あ、あれが本当におっちょこちょいなだけッスか? いくらなんでもおっちょこちょいすぎないッスか?」
「い、いや、だから、びっくりするぐらいめちゃくちゃおっちょこちょいな人なのかも……」
タンスの角に足の小指をぶつける人みたいに、左腕だけ怪我をしてしまう子なのかも。
なんて自分でも呆れてしまう言い訳を心中でこぼしていると、不意にちょいちょいと服の袖を引っ張られた。
そちらに目を移すと、接客中のはずのアメリアが無愛想な顔で僕を見上げていた。
「何をしているのだノン? 早く客の治療を済ませてしまえ。ヒルドラに客を取られてしまうぞ」
「あっ……お、おう、悪いなアメリア」
とりあえず僕は現状の違和感を飲み込み、急いで少女の治療に向かった。
診察椅子に控えめに座る少女に、「お待たせしました」と一声掛けておく。
そして傷口に右手をかざし、無詠唱で回復魔法を発動させた。
「ヒール」
いつも通り、瞬く間に治療を終わらせる。
少女も慣れた手つきで500ガルズを取り出し、こちらに渡してくると、挨拶を言う間もなくそそくさと帰ってしまった。
「お、お大事になさって……ください」
よもやこの言葉に意味などないのかもしれない。
そう思いながら僕は少女の背中を見送った。
あの子ならまた治療院にやってくるに違いない。心のどこかでそう思っているから。
少女が帰った後、さすがに痺れを切らしたプランが、彼女に対しての違和感を口にした。
「い、いくらなんでもあの方、怪我しすぎじゃないッスか? しかも同じところばっかり、おかしすぎる気がするッス」
「あ、あぁ、ここまでくると僕もそう思う」
あの子は絶対におかしい。普通のお客さんとは明らかに違う。
別に、連日怪我をすること自体は珍しいことじゃない。
魔物との戦いを生業とする冒険者たちに至っては、怪我をしない日の方が逆に珍しいくらいなのだから。
ゆえにあの少女も怪我に結び付くような仕事をしているのではないかと考えたが、さすがに同じ場所に同じような怪我をするなんていくらなんでもおかしい気がする。
プランと一緒に難しい顔で考えていると、その表情を見たアメリアが横から尋ねてきた。
「先ほどの娘がどうかしたのか?」
「いや、どうかしたのかって、アメリアはおかしいと思わないのか? いくらなんでも怪我しすぎだろあの子。見た感じ冒険者ってわけでもなさそうだし、お天端な性格だとも思えないし」
「あぁ、そういえばそうだな」
アメリアも気付いてはいたみたいだけど、特に気にはしてないようだな。
今はそれよりも忙しいこの時期を乗り越えることだけを考えているみたいだ。
治療院の従業員として見上げるべき商売魂である。
しかし僕とプランはそう簡単に割り切ることもできず、あのおさげの少女のことで頭がいっぱいだった。
治療院としては売上が伸びるので通ってくれた方がいいのだろうが、治癒師である僕としてはこれ以上怪我をされるのはなんとも心苦しい。
「ただのおっちょこちょいってわけでもなさそうだし、たまたまにしては頻度が高すぎる。何か特別な理由があるとしか……」
「特別な理由、ッスか……」
二人して考えてみる。
どういう状況ならあんな風に同じ場所を怪我することができるのだろうか。
眉を寄せていたプランが、先に首を傾げて疑問を口にした。
「そういえばあの方、前に『森の中で木の枝に腕を引っ掛けた』って言ってたッスよね。もしかしたら木々が生い茂る密林とかに住んでるんじゃないッスか? それなら普段の生活の中で……」
怪我を繰り返すのだっておかしくない。
と続けようとしたのだろうが、僕がその発言をすぐに否定する。
「同じ左腕を何度も……なんてさすがにあり得ないだろ。しかもあんなに見事に同じような切り傷を作るなんて絶対に不可能だ。森の中で怪我をしたって話も本当かどうか怪しいし」
「まあ、それもそうッスよね……」
再び頭を抱えることになる。
確かにあのおさげの少女の話を信じるのなら、森の中で怪我をしているということで話を済ませてもいいだろう。
しかしあの怪我の具合を見るに、明らかにあの話は嘘だと言い切れる。
そうなると、なぜ少女は嘘をついたのかという疑問も浮上してきてしまい、謎は深まる一方だ。
どんな理由があってあんな怪我をし、僕たちに嘘をついているのだろうか?
僕たちが想像もできないような仕事をしている? 左腕に人には言えない何らかの呪いを背負っている?
など見当外れだろう可能性を無意味に思い浮かべていると、傍らでお茶を啜っていたアメリアが、何気ない感じでぼそりと呟いた。
「……暴力、とかな」
「えっ?」
「人と人との間には、家庭内や
これまた素っ頓狂にも思える一つの可能性。
バカバカしいと笑い飛ばすこともできただろう。
しかし、それを聞いた僕は、無意識のうちに言葉を失くし、ぞくりと背筋を凍らせた。
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