第63話 「ヒールドラゴン」
ドラゴン改め『ヒルドラ』が仲間に加わり、治療院はまた新しい体制に変わった。
アルバイトを入れた経験は二度あったが、ペットを治療院に入れるのは初めてのことである。
それが治療院にどのような影響を及ぼすのか、一抹の不安があったのは否めないが、意外なことにさしたる問題は現れなかった。
ヒルドラが僕に懐きすぎている件については、プランが宣言通り躾をしてくれているし、仕事の邪魔をすることは今のところない。
一般的なドラゴンのように凶暴な性格でもなく、むしろ人懐っこいのでお客さんからの評判も悪くないのだ。
看板竜として就任して一日目で、早くもその評判はノホホ村に広まっている。
「ノンお兄さん、ヒルドラちゃんみ~せて!」
「おっ、コマちゃんか。いらっしゃい」
昼下がり、ドラゴンの噂を聞きつけたらしいコマちゃんが訪ねてきた。
コマちゃんは受付カウンターで昼寝をしているヒルドラを見るや、ダッと駆け寄って優しい手つきで撫で始める。
「わぁ~! かわいい~! ふわふわしてる~!」
「よかったら上の部屋で休憩してるアメリアとも遊んでいってね」
「うん!」
しばらくヒルドラの感触を愉しんだコマちゃんは、休憩中のアメリアの部屋へと突撃していった。
このようにヒルドラ目的で訪問してくれるお客さんも多く、ついでに細かな傷の治療をしていってくれることもある。
というように、奇しくもヒルドラは治療院の宣伝役としても一翼を担ってくれているのだ。
あれだけ飼うのを渋ってはいたけれど、結果的にはこれで正解だったらしい。
しかしまあ、すべてプランの策略に嵌っている気がして、なんだか釈然としないのも本音だ。
ともあれ、ヒルドラがノンプラン治療院に与えている影響については以上である。
そして、ヒルドラの持つ能力についても、改めて確認をすることができた。
「失礼するよノンさん。治療をお願いしてもいいかい?」
村に住む常連のおじいさんが治療院にやってきた。
おじいさんは中に入ってくると、受付カウンターを慣れた様子で通り過ぎようとする。
しかしカウンターの上で昼寝をしているヒルドラに気付き、ピタリと足を止めた。
「んっ、これがみんなが噂をしているドラゴンというものかい? 可愛らしいものだねぇ」
「宜しければ撫でてあげてください。人懐っこいので喜ぶと思います」
と言うと、おじいさんは優しい手つきでヒルドラを撫で始めた。
起こさない程度の弱い力で撫でてくれたのだが、ちょうどそのタイミングでヒルドラが目を覚ました。
おじいさんと目が合うと、ヒルドラは喜ぶように瞳を輝かせる。
次いでおじいさんの手の甲に傷があるのを目にすると、ヒルドラはすかさず『ふぅ~』と白い息を吹き掛けた。
「おっ、なんだい? 痛いの痛いの飛んでけ~ってかい? わははっ!」
ヒルドラの行動の意味がわからないおじいさんは、じゃれ合いの一環と捉えたらしい。
しばしヒルドラの息を浴びながら笑っていたおじいさんは、やがて手の甲の変化に気付いて笑いを止めた。
「わはは、はは……あ、あれっ? 本当に痛いのが消えて……?」
「あっ、ちょっとこの子、特別な力を持っていまして……」
不思議がるおじいさんに、僕はすかさず説明をした。
ヒルドラには怪我を治す力が宿っていると。
傷にしばらく息を吹き掛けることによって、それを治癒する回復能力。
回復魔法のヒールとまったく同じ効果のあるブレス、差し詰め『ヒールブレス』を使うことができるのだ。
お客さんたちにはそのように説明をしている。
なぜそのような力があるのかまでは、長い話になるので割愛させてもらっているけれど。
ともあれヒルドラはヒールブレスを使うことができ、今のようにやってくるお客さんの傷を治してしまうのもしばしばだ。
おかげで僕は魔力の温存ができているので、正直助かってはいる。
お客さんとしてもいつもと違った方法で治してもらって、エンターテイメントとして愉しんでもらっている部分があるからな。
しかしみんなからチヤホヤされたり、代わりに怪我の治療までしたり、なんだかヒルドラにお客さんを取られてしまったみたいで晴れやかではない。
この気持ちをどう表現したら良いのだろうか?
「大丈夫ッスよノンさん。アタシはどんなことがあってもノンさん一筋ッスから。だから寂しがらないでくださいッス」
「ナチュラルに人の心を読むな。ていうか別に寂しがってない」
色々と上手く行きすぎていてなんだか気持ちが落ち着かないだけだ。
まあ、今のところ悪いことがないのであれば、素直にヒルドラの看板竜就任を喜んでいていいのかもしれない。
「それにしても、ヒルドラちゃんがみんなに受け入れてもらえて本当によかったッス」
「……どうしたんだよ急に?」
「だって、もしお客さんたちに怖がられたりして、この治療院にいられないなんてことになったら、ヒルドラちゃんは独りぼっちになっちゃってたじゃないッスか。あの子の居場所はここ以外にないんスから」
「まあ、本当の親も仲間もいない身だしな」
もし僕が押し切ってヒルドラを追い出していたとしたら、身寄りのない状態で野を彷徨うことになっていたのだ。
そう考えると飼うことに決めてよかった気がする。
無理矢理に追い出して路頭に迷わせてしまったら、こちらの目覚めが悪いからな。
今一度ヒルドラを飼うことに決めて正解だったと思っていると、プランが不意に満面の笑みを向けてきた。
「改めて、ありがとうございますッス、ノンさん!」
「……なんでプランがお礼を言うんだよ」
ヒルドラが言えない代わりなのはわかっているが、そこまで嬉しそうにしなくても。
内心で半ば呆れながら、僕は無意識に頬を緩ませた。
これからまた、色々と騒がしくなりそうだな。
治療院がまた一段と狭くなったことに、どことない嬉しさを感じていると……
ガチャ。
「んっ?」
一人のお客さんがやってきた。
橙色の髪をおさげにし、前髪で目を隠している細身の少女。
そのお客さんはできるだけ音を立てないように中に入ってくると、挙動不審な様子で辺りを見回した。
アメリアは現在休憩中なので、代わりに僕が応対することにする。
「あっ、いらっしゃいませ。治療の依頼でしょうか?」
「……は、はい」
とても小さな声で返事をする少女を、僕は奥へと案内する。
そしてお客さん用の席に座るように促すと、こちらも定位置の椅子に腰掛けた。
今はちょうどヒルドラも昼寝中なので、いつも通り僕が治療を行う。
「本日はどうなさいましたか?」
「……あ、あの、手を、怪我してしまって……」
恐る恐るといった感じで負傷している手を見せてくれる。
正確には前腕部分にある切り傷を、袖を捲って見せてくれて、僕はその傷にそっと右手をかざした。
「ヒール」
白い光が灯り、切り傷を瞬く間に治療する。
少女の代わりに袖を直してあげると、僕は顔を上げて笑みを浮かべた。
「はい、終わりましたよ。傷は完全に塞がりました」
「……あ、ありがとうございます」
先ほどから変わらない、小心な様子でお礼を口にする少女。
そんな彼女がしずしずと差し出してきた500ガルズを受け取り、入り口まで案内した。
扉を開けてあげて、最後はペコリと頭を下げる。
「お大事になさってください」
逃げるように帰って行った少女を見届けて、僕は定位置の席まで帰った。
その間、キッチンで何やら作業をしていたプランが、ひと段落した僕を見てお茶を持ってきてくれた。
テーブルに静かに置いてくれると、次いで彼女はちらりと入り口の方に目を向ける。
「あの方、昨日も来てましたッスよね?」
「うん、そうだな」
「あっ、やっぱりノンさんも気付いてたんスか」
それはまあもちろん。
だからこそ昨日の反省を生かし、少女と必要以上の会話を避けたのだ。
接客業を生業とする身として、今後は気を付けようと心に誓っていたからな。
でも昨日の今日で来てくれるとは思わなかったけど。
「もしかして、おっちょこちょいな人なんでしょうか?」
「さあ? たまたまかもしれないぞ」
僕はお茶を啜りながらテキトーな返事をし、対してプランもそこまで気に留める様子もなく頷いた。
「たまたま……。まあ、そうッスよね!」
そのあと僕たちは、それなりの人数のお客さんを相手にし、程よい忙しさに時間を忘れて仕事をした。
気が付けば日も落ち、本日の営業は終了となった。
翌日。
今日も空は晴れ、絶好の治療日和となった。
朝から絶えることなくお客さんを捌いていき、あっという間にお昼頃になる。
そしてちょうど昼食を食べようという時、『ガチャ』と治療院の扉が開けられた。
「あっ、いらっしゃいま……せ?」
入ってきたのは、橙色の髪をおさげにしている、くだんの弱気な少女だった。
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