第62話 「属性」
懐いた理由が回復魔法にあると言われ、僕は疑問符を浮かべる。
それを見たアメリアはごほんと咳払いを挟み、説明を始めてくれた。
「ドラゴンというのは本来、決まった性質を持たない『無』の属性で生まれてくる。しかし無属性のままでは生存できない環境もあるので、その場に適応するために卵の中で相応の成長をするのだ」
「……?」
まったくわからん。
せっかく説明してくれたところ悪いのだが、寝起きのせいもあってまるで理解ができなかった。
もうちょいわかりやすく頼みます。
「より簡単に説明するなら、火山で育った卵は”炎のドラゴン”に、海で育った卵は”水のドラゴン”になる。そして親のドラゴンはより強い子供を誕生させるために、あえて卵に炎を浴びせたり荒波の中に放り込んだりするのだ」
「えっ? それじゃあこいつは、僕の回復魔法を親からの洗礼だと思って、親だと勘違いしちゃったってことか?」
「まあおそらくな」
なんだそりゃ……
たったそれだけのことで完全に親だと勘違いされたのか。
信じがたい話ではあるが、このドラゴンの様子を見るにそれは事実なのだろう。
あれっ? てことは……
「もしかして、このドラゴンの属性って……」
ふとそんなことを疑問に思うと、まるでそれに応えるかのようにドラゴンが動いた。
「クゥ~」
プランの抱擁を解き、パタパタと僕の近くまで飛んでくる。
そして真横まで来ると、じっと僕の頬っぺに視線を送ってきた。
「さっきから気になってたんスけど、その頬っぺたの傷はどうしたんスかノンさん?」
「えっ? 頬っぺの傷? あっ、たぶんさっき、ベッドから落ちた時にできた傷だと……」
と説明している最中……
「クゥ~」
ドラゴンが、その傷を目掛けて”ふぅ~”と白い息を吹き掛けてきた。
より正確に表現するなら、凶暴なドラゴンが敵に向かって炎を吐くように、小さい口を精一杯開けてブレスを放出している。
しかし熱さや冷たさといった不快さは皆無であり、むしろ心地よいそよ風に近いと僕は感じた。
しばしその吐息に身を任せていると、心なしか頬の痛みが引いてきた気になってくる。
「ノ、ノンさん……」
「んっ?」
「頬っぺの傷、どんどん塞がってますッス……」
「えっ、マジ?」
プランに言われ、頬を確かめてみると、確かにそこにあったはずの傷がなくなっていた。
ドラゴンに息を掛けられていた箇所である。
僕は先ほどの自分の憶測が正しかったのだと再認識した。
「やっぱりこいつ、僕の回復魔法を受けて、”回復属性”のドラゴンになったんだ」
「か、回復属性ッスか? そんなドラゴン存在するんスか?」
「いや、普通の環境じゃそんなドラゴンは生まれないと思うけど、今回ばかりは特別ケースだからな」
回復魔法が使える人間と出会い、卵の状態で回復魔法を受ける。
そんな成長の仕方をしたドラゴンは、今までに一匹たりともいないだろう。
もしかしたら僕たちはまったく未知のドラゴンを生み出してしまったのかもしれない。
傷を癒すドラゴンなんて、勇者パーティーで回復役をしていた僕ですらまったく聞いたことがないからな。
加えて魔王軍の元四天王のアメリアも……
「私もこのようなドラゴンは見たことがない。こんなに小さい体をしていて、鋭い鱗ではなく柔らかい毛を纏うドラゴン。そして炎や水ではなく、回復効果のあるブレスを使うドラゴンなんてな。差し詰め、『ヒールドラゴン』と言ったところか」
「ヒールドラゴンか……」
僕は改めて目の前で飛んでいるドラゴンに視線を向けた。
対してドラゴンは嬉しそうに僕の前をパタパタと舞う。
変なドラゴンを生み出してしまったな。
「あっ、そうッスよノンさん!」
「んっ?」
「この子がいれば、ノンさんの治療のお手伝いができるんじゃないッスか!?」
……はいっ?
どゆこと? という意味で首を傾げると、プランは興奮気味に続けた。
「ほら、最近忙しいって言ってましたし、もしノンさんが疲れて治療ができなくなってしまっても、この子が代わりにお客さんの治療をすればいいじゃないッスか! それなら、ここで飼ってもいい理由にもなるんじゃないッスか?」
「……それが目的かお前」
飼うのはやっぱりダメと言われて、ずっと飼ってもいい理由を探していたのだろう。
それを見つけたプランはここぞとばかりに僕にプレゼンをしてきた。
まあ……
「確かに治療係が他に一人はいてほしいと思っていたし、特に害もなさそうだからな。別に飼ってもいいかもしれないな」
「ホ、ホントッスか!? ホントに飼ってもいいんスか!?」
「うんまあ、僕に懐きすぎてるのはやっぱり問題あるけど……」
いまだに僕の周りをパタパタと飛ぶドラゴンを見て、思わず眉を寄せる。
これさえなければ二つ返事で了承していたんだけれど。
「それなら安心してくださいッス。この子はアタシとノンさんの子供として、きっちり躾をしてみせますッスから。きっといい看板竜に育て上げて見せるッス!」
「う〜ん、そこを心配してるんだけどなぁ……」
僕は再びドラゴンについて考え込み、やがてプランに鈍い頷きを返した。
「まあ、うん、それなら宜しくたの……」
「だから人と人との子供がドラゴンのはずがないと言ったであろう! バカなことを抜かすな盗賊娘!」
渋々と承諾しようとすると、突如アメリアが横槍を入れてきた。
その後、プランとアメリアの恒例の言い争いが始まってしまう。
ぎゃーぎゃーとうるさい喧騒に顔をしかめながら、僕はちらりとドラゴンに目を向けた。
朝っぱらから治療院が騒がしくてしょうがない。
それもこれもすべてこのドラゴンが原因なのだ。
簡単に飼うことを許してしまったけれど、本当にこれで正解だったのだろうか?
その疑問の答えは、後々にならなければわからない。
どうかそれは吉でありますようにと、祈らずにはいられない僕なのだった。
とりあえずまあ、この治療院に新しい仲間が加わりました。
「あっ、そういえば、名前とかどうしますッスか? あった方が可愛いッスよね」
「あぁ名前か……。別になんでもいいんだけど」
僕は五秒ほど考えた後、テキトーな口ぶりで答えた。
「う~ん、ヒールっぽいことができるドラゴンだから…………略して『ヒルドラ』とか?」
「な、なんか、そこはかとなくドロドロしてそうな名前ッスね」
「まあ、それでいいのではないか」
というわけで、ドラゴンの名前も決まりました。
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