第61話 「ドラゴンの親」
「うわあぁぁぁぁぁ!!!」
改めて現状を受け止めると、僕はかなり遅れて驚愕した。
その拍子に慌ててドラゴンを放り、ベッドから転げ落ちるように抜け出す。
そのまま床に手を付くつもりが、勢い余ったせいでずるっと滑ってしまった。
結果、地面に顔をこするという最悪の起床を迎えてしまう。
「いでっ!」
痛みに喘ぎ、間抜けな格好でしばらく悶える。
放ったドラゴンはと言うと、パタパタと宙にとどまりながらそんな僕のことをじっと見ていた。
やはりどこからどう見てもドラゴンだ。
少し僕の知っているドラゴンとは見た目が異なり、小さくて弱々しい印象を受けるけど。
なんて違和感を覚えながらぼんやりとドラゴンを見ていると、やがて扉の向こうからドタドタと激しい足音が聞こえてきた。
「ど、どうしたんスかノンさん!? 何かあったんスか!? ちょっと待っててくださいッス! 今すぐ助けに……!」
「おい! なにカチャカチャやってんだよ! そこまでしなくていいから!」
先ほどの僕の叫びを聞きつけたプランが、いったい何事かと強引にドアを突破しようとしてきた。
明らかに鍵穴に針金を入れてる音が聞こえる。
また五秒で解かれるところだった。
その音が止んでほっと一息ついた僕は、改めてドラゴンを見て思う。
扉には鍵が掛かっているのに、なぜドラゴンはこの部屋の中にいるのだろう。
プランじゃあるまいし、鍵を開けて中に入ってまた鍵を掛けるなんて真似はしないと思うんだけど。
そう疑問に思う最中……
「うっ、さぶっ!」
ひやりと冷たい風が肌を撫で、思わず僕はぶるっと身震いした。
ふと視線を部屋の端へやると、そこに僅かに開いている窓を発見した。
あそこから入ってきたのか。
そういえば昨日、扉の鍵は厳重に掛けておいたけど、窓は閉めていなかったな。
さすがに二階にある部屋なので、プランも手出しできないと思って油断していた。
よもやピッキング上手のコソドロではなく、翼を持ったドラゴンが侵入してくるなんて。
ひとまずの疑問を解消した僕は、ようやく重い腰を上げて扉を開ける。
その向こうにはナイトキャップを被ったままの寝起きプランが心配そうに待っていた。
「だ、大丈夫ッスかノンさん? 何か怖い夢でも……」
「見てないよ。子供か僕は。そうじゃなくてだな、え~と……」
ど、どう説明したものやら。
と悩んでいると、この騒動を引き起こした元凶が自ら前に出てきた。
パタパタと部屋の中を飛び、僕の頭にぽんと乗ってくる。
それを鬱陶しく払っても、奴は懐や腕にスリスリと寄ってきた。
「クルルゥ! クゥ~クゥ~!」
「お、おい! あんまりくっついて来るなよ! 暑苦しいっつーの!」
なんてやりとりをいきなり目の前で見せられて、プランはしばし放心状態に陥った。
それから彼女は半ば混乱した様子で素っ頓狂な発言をする。
「な、なんスかそのぬいぐるみ? それがないと眠れないんスか?」
「だから子供か僕は。そうじゃなくてこれは、たぶんプランが昨日持って帰ってきた卵から生まれたやつだよ」
「き、昨日持って帰ってきた卵……? それじゃあもしかしてその子、ひょっとしなくてもドラゴンちゃんッスか?」
「あ、あぁ、たぶんな」
シッシッとドラゴンを払いながら頷く。
きっと今ごろ下の階にあったはずの卵はバラバラに割れて、受付カウンターのところに飛び散っていることだろう。
その掃除のことを考えると憂鬱になるが、プランにすべて任せるので問題はない。
そしてそのプランはと言うと、ドラゴンの誕生を待ちわびていた様子からは一転して、反応に困っているのがわかる。
それもそのはずだろう。大事に卵を育てて誕生させるつもりが、昨日の今日でもう生まれてしまったのだから。
思い描いていただろう感動は皆無である。
「昨日買ってきたばかりなのに、もう生まれちゃったんスね。もしかしてちょうど孵化する直前の卵だったんでしょうか?」
「それはなんとも言えないけど、とりあえずこいつをなんとかしてくれないか? さっきからくっついて離れてくれないんだよ」
「あっ、はいッス」
頷いたプランは”よいしょ”とドラゴンを抱き寄せ、僕の体から離してくれた。
ようやくスッキリした。ドラゴンのくせにやけにモフモフしてるから若干暑苦しかったんだよな。
ところがドラゴンはその後も僕のところに戻ってこようとして、プランの腕の中でジタバタと暴れた。
「クゥ~クゥ~!」
「ど、どうどう、暴れちゃいけないッスよドラゴンちゃん。どうしてこの子はこんなにノンさんに懐いてるんスか?」
「そ、そんなの僕の方が聞きたいよ。懐かれるようなことなんて何もしてないはずなのに」
ぶっちゃけここまで懐かれてると恐怖すら感じる。
僕はいったいこのドラゴンに何をしたというのだろう?
文字通り頭を抱えながら悩んでいると、ふと廊下の方から少女の声がした。
「ふわぁ~……朝っぱらから何を騒ぎ立てているのだお前たち。最近忙しいというのに元気が有り余りすぎではないか?」
「あっ、アメリアも起こしちゃったか。うるさくして悪いな。で、起こしちゃったついでにさらに悪いんだけど、お前もちょっと手を貸してくれないか」
ようやく起きてきたアメリアに対し、手助けを要求する。
具体的には引っ付いてこようとするドラゴンを離してほしかったのだが、すぐに状況が飲み込めないアメリアは、寝ぼけた顔のまま疑問符を浮かべた。
「んっ? なんだそいつは? ノンのぬいぐるみか?」
「お前もかよ。んなわけねえだろ。そうじゃなくて、これは昨日の……」
呆れながら仕方なく説明しようとすると、それより早くプランがにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「これは、アタシとノンさんの愛の結晶ッスよ。だから後輩君には関係のないことッス。この子はアタシらの子供だと思って、二人で大切に育てましょうッスね、ノンさん」
「ちょ、ちょっと待て盗賊娘! 何を寝ぼけたことをぬかしている! 人と人との愛の結晶がそんなもののはずがないだろ。第一それは見紛うことなくドラゴンではないか。ドラゴンが子供だというのなら、魔族である私との子供というほうがまだ説得力があるのではないか?」
なんか意味のわからないやりとりが始まった。
これ以上事態をややこしくしないために、僕はすかさず口を挟んだ。
「くだらない言い争いしてる場合じゃないだろ。つーかまだこのドラゴンを育てるって決めたわけでもないのに、何の話をしてんだお前ら」
「あれっ? 飼っていいんじゃないんスか?」
きょとんと目を丸くするプランに、さすがに僕はかぶりを振る。
「全部世話するならいいとは言ったけど、ここまで僕にべったりされると仕事にだって差し支える。飼うのはやっぱりダメだ」
「えぇ!? 嫌ッス嫌ッス! そんなの話が違いますッスよ! 昨日は飼っていいって言ってたのに!」
話が違うって言われてもな。
確かに昨日は承諾したけれども、まさかここまで厄介なドラゴンが生まれるとは予想だにしていなかったのだ。
いくらなんでも僕にべったりすぎる。仕事に影響が出そうなのでできれば飼うのは遠慮したいんだけど……
「ていうか、そもそもどうしてこいつはこんなに僕に……」
必死にこちらに来ようとするドラゴンを見ながら、僕は今一度疑問に思う。
やっぱり懐きすぎてるよな。普通に生まれただけのドラゴンならこんな風にはならないはずなのに。
と頭を抱えていると、傍らのアメリアが声を上げた。
「これはおそらく、ノンのことを親だと思っているに違いないな」
「お、親? なんで僕が?」
「お前昨日、盗賊娘が持って帰ってきた卵に何かしなかったか?」
「な、何かって、僕は別に何も……」
していない気がするんだけど。
と言いかけた瞬間、『あっ!』と唐突に昨日のことを思い出す。
「そういえば昨日、卵にヒビが入ってたから、なんとなく回復魔法を使ってみたぞ。そしたら卵が光って、気づいたら真っ白に変わってて……」
そのことをアメリアに聞きたいと思っていたのだ。
しかしなんやかんやあったせいですっかり忘れてしまっていた。
喉に刺さっていた魚の小骨を取ったような気分に浸っていると、アメリアが呆れた様子で返してきた。
「何をしているのだお前は。ヒビが入っているからといって別に回復魔法を使う必要はないだろう」
「いやまあ、それもそうなんだけど、なんとなく効くかなって……」
「まあそれはいいとして、おそらく原因はその回復魔法だろうな」
「はっ? 回復魔法が?」
僕は素っ頓狂な声を上げて首を傾げた。
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