第59話 「卵」
「おぉ、おかえりプラン。って、何持ってんのお前?」
帰ってきたばかりのプランに目を向けると、奴の小脇には何やら大きな物が抱えられていた。
ツルツルとした表面にボールのような楕円形。
あれは……卵?
「よくぞ聞いてくれましたッス! これは”旅商人”さんから買ったものなんスよ!」
「旅商人?」
誰それ?
「村の中央広場にたま~に来るおじさんなんスけど、珍しい食材とか特産品をアタシたちに売ってくれて、ちょうど今日ノホホ村に来てたんスよ」
「へぇ、そんな人いたんだな。しばらく住んでたけどまったく知らなかった」
まあ、買い物は基本的にプランに任せてるからな。
僕が知らないのも不思議ではない。
むしろ広場に行く機会はプランのほうが多いし、下手をしたら村の事に関してはこいつのほうが詳しいかもしれないな。
という話しをしていると、傍らでそれを聞いていたアメリアがふと声を上げた。
「もしや、たまに食卓に出てくる珍品などは……」
「おっ、察しがいいッスね後輩君。面白そうなものがあるとついつい買っちゃって、よく料理に使わせてもらってたんスよ」
……マジか。
そんな怪しいものを料理に使ってたとか衝撃だ。
よくわからないものを僕たちの口に入れないでほしい。
今まで体調を崩さなくてよかった。
内心で深く安堵しつつ、僕は改めてプランの小脇に目を移す。
「で、今日はそれを見つけて買ってきたってわけか?」
「はいッス。ちょうどお買い得だったので」
プランは”それ”をお腹に抱え直し、僕に見せつけるように前に突き出してくる。
繰り返し言うようだが、どこからどう見てもそれは”大きな卵”だった。
おそらくプランは今までと同様、これも料理するために買ってきたのだろう。
しかし普段食用として買っている卵とは違って、これには明らかに怪しい部分がある。
それは、鋼のようにくすんでいる鈍色の殻だ。
白い卵を見慣れているせいで、まったく食指が動かない。これを食用として認めるのはさすがに無理がある。
ていうかこれって……
「今なら半額の1500ガルズで売ってやるって言われて、即決してやったッスよ!」
「……これ1500ガルズもしたんだ」
それで半額って、元は3000ガルズで売られてたのかこの卵。
値段不相応もいいところだ。
たぶんその旅商人のおじさんも、この卵についてよくわかっていなかったのだろう。
まあ普通の人では卵の見分けなんて付かないだろうしな。
それはともかくとして、その卵を食用として頂くわけにはいかないので、呆れながら断ろうとすると、不意にプランが静かな笑みを浮かべた。
「それに最近、ノンさん忙しそうにしているので、美味しいものでも作って元気になってもらおうと思ったんスよ」
「……」
そう言われてしまっては、無下にあしらうこともできない。
僕のためにわざわざ買ってきてくれたものを、無情にも突き返すのはさすがに気が引けた。
確かに最近忙しかったからな。そんな僕にいいものを食べさせてやりたいと思ったのだろう。
まあその忙しさも、お前の宣伝あってのものなんだけどな。
プランの厚意を改めて理解した僕は、考え直して丁重にお断りすることにした。
「うんまあ、その気持ちは素直に嬉しいよ。実際に最近大変で、何か力の付くものでも食べたいなって思ってたところだしな」
「そ、それじゃあ……!」
「でも、せっかく買ってきてくれたところ悪いんだけど、その卵さ……」
真実を突き付けようとしたところ、横で卵を見ていたアメリアが代わりに言葉を紡いだ。
「”ドラゴンの卵”ではないか、どこからどう見ても」
「えっ?」
あぁ、やっぱり。
僕の見立ては正しかったみたいだ。
魔族であるアメリアがそう言うのだから間違いあるまい。
これはドラゴンの卵だ。
そう聞かされたプランは、驚いた様子で腹に抱えた卵に目を落とした。
「ド、ドラゴンの卵……? これがッスか?」
「うん、たぶんな。勇者パーティーにいた頃に似たような卵を何回か見たことあるけど、その全部から凶暴なドラゴンの子供が生まれてきたぞ。だからマリンたちは、見つけたら問答無用でぶっ壊すようにしてたな」
「……マジッスか」
心なしかプランはお腹の卵を少しだけ抱き寄せたように見えた。
他にも色々な卵を見たことがあるけれど、この大きさと形はドラゴンで間違いないと思う。
ただ、今まで見てきたドラゴンの卵は、燃えるような赤や透き通った青といった鮮やかな色をしていた。
それに比べてこの卵は、色がすごく地味だ。
何か違いでもあるのだろうか?
と人知れず考え込んでいると、プランがいまだに信じられないと言いたげに卵をしげしげと眺めていた。
「そんなに信じられないなら『観察』スキルでも使ってみろよ、大盗賊のプランさん。つーか初めからそうしろよ」
「あっ、そうッスね。やってみるッス」
プランは瞬きをせずに卵をじっと見始めた。
やがて二十秒が経過し、プランは冷や汗を滲ませた顔を上げた。
「ド、ドラゴンの卵でした」
「だろ。ていうか買う前によく調べておけよ。僕たちの口に入るところだったんだぞ」
これから旅商人さんとやらから何かを買うときは、逐一観察スキルで見てもらうことにしよう。
そもそも旅商人のおじさんからもう何も買わないほうがいいだろうな。
「まあいいや、とりあえずその卵貸して」
「えっ、なんでッスか?」
「いやなんでって、ぶっ壊すからに決まってるだろ」
「……っ!?」
言うや、プランは咄嗟に卵を後ろへ隠した。
「ダ、ダメッスダメッス! それだけはダメッス!」
「いやダメって言われてもな、そいつドラゴンだし……」
「だからこそダメなんスよ! この卵の中にドラゴンちゃんがいるって聞いて、急に愛おしくなっちゃったッス! 食べるのはもちろん、壊すなんて以ての外ッスよ!」
またこいつは変なワガママを……
卵を大事そうに抱え始めたあたりから予想はしていたが、やっぱりろくでもない情が移ったみたいだな。
おそらく卵を孵してドラゴンを育てるつもりでいる腹づもりだろう。
それに対して僕だけではなく、アメリアも思うところがあるようだ。
「魔族にとってもドラゴンは厄介な存在だ。他の魔物と違って臆することなく我々魔族に立ち向かってくる。魅了魔法がほとんど効かないこともあり、ドラゴンに良い思い出は皆無だな。私もぶち壊すことに賛成だ」
「というわけで二対一だな。さっ、叩き割るからその卵をこっちに渡せ」
「いやッスいやッス! このドラゴンちゃんはきちんとアタシが面倒を見ますッス! ですから壊すなんて言わないでくださいッス! ていうか言い方が段々物騒になってるッスよ!」
一層ドラゴンの卵を抱き寄せ、僕たちから隠すように後ろに回した。
まったくこのおバカは……
「そんなこと言って、すぐに飽きちゃうんじゃないのか?」
「ペットねだる子供じゃないんスから! 甘く見ないでくださいッス! とにかく壊すのだけは勘弁してくださいッス! 何かあったらアタシの首を差し出すッスから!」
「いらねえよ」
むしろ罰ゲームじゃねえか。
しかしこれは、何を言っても無駄そうだな。
こうなったらテコでも動かない奴だ。
言い争うほうが疲れそうだし、ここは僕が折れたほうが話が早く片付くだろう。
忙しい今、プランにヘソを曲げられても困るし、仕方のない譲歩だ。
しかし、単に妥協するわけにはいかない。
「はぁ、わかったよ。仕方ないから許してやる」
「えっ? いいん……スか?」
「ただし、もしその卵が孵ってドラゴンが生まれたら、面倒は全部お前が見るんだぞ。あと、治療院に来るお客さんを驚かさないように最大限の配慮もしろ。それができるなら飼うことを許してやる。で、もしお前がそれらをできていないと思ったら、問答無用でドラゴンを追い出すからな」
「ま、任せてくださいッス! この子は立派に治療院の”看板竜”としてアタシが育ててみせるッス!」
看板竜って……
めちゃくちゃ響きはかっこいいけど、治療院には向いてないな。
条件付きで僕から許しを得たプランは、嬉しさのあまりか卵に頬擦りし始めた。
「よかったッスねドラゴンちゃん。これからは一緒にこの治療院で暮らしていけますッスよ。壊されずに済んで本当によかったッス」
「もとはお前が食べようとして買ってきたんだけどな」
など僕のツッコミを意に介さず、彼女は受付カウンターの方まで歩いていく。
そしてドラゴンの卵をゴトッとそこに置いた。
「とりあえずこの子は受付カウンターの端っこに置いておくッス。それでお客さんが来たらドラゴンの卵だって正直に伝えて、あらかじめドラゴンちゃんが生まれることをみんなに知っておいてもらうッスよ」
……なるほどな。
確かにそれなら、いきなり治療院にドラゴンが生まれるよりかは衝撃を抑えられると思う。
卵の状態でそう言っておくのもタイミング的にベストだ。
まあ、頻繁にここに来てくれるお客さんだけに限られるけど。
プランもそれなりに考えているみたいだな。
「それにしても……」
僕は改めて卵をペチペチと触りながら思った。
これ、お会計の時とかに邪魔だよな。
おまけにインテリアにしては地味な色してるし、お世辞にもいい景色とは言えない。
それに所々汚れてて、側面は少しだけヒビ割れているじゃないか。
お客さんたちを驚かすことはないだろうけど、治療院のイメージがダウンしてしまいそうで心配だ。
せめてもうちょっと綺麗な見た目をしてたらな……
「ヒール」
「えっ?」
僕の右手に癒しの光が灯り、卵の表面を僅かに照らし出した。
もちろんそれだけにとどまり、ヒールの光は静かに消えていく。
それを横で見ていたプランは、しばし言葉を失くして固まり、やがてハッとなって慌て始めた。
「ちょちょ! 何してるんスかノンさん!?」
「あっ、いや、ヒビ入ってたからなんとなく……」
そんなので治るはずもないんだけどさ。
ともあれ遊びはここまでにしておき、僕は定位置に戻ろうとする。
が、その瞬間ーー
ピカッ! と卵が発光した。
「「えっ……?」」
まるでランプに光を灯したように、卵から白い光が放たれている。
眩しさに思わず目を覆っていると、次第にその光が卵に収束していった。
やがて完全に光が収まると、その光を吸収したかのように、鈍色だった卵の色が”真っ白”に変貌していた。
先ほどまでの地味な卵とは違って、汚れもヒビ割れもなくなったピカピカな白卵。
よそを向いていたアメリアを除き、その卵を見た僕とプランは思わず呆然とした。
「な、何が起きたんだ?」
「さ、さあ……?」
確かに今、ドラゴンの卵が発光した。
まるで火を灯したランプのように。
どうして急に? 何の前触れもなく?
もしかして、僕の回復魔法に反応して……?
僕だけの知識ではわからないことだらけなので、魔物に関して博学そうなアメリアに聞いてみることにした。
「ア、アメリア、今のって……」
「こんにちは」
僕の声を遮るように不意にアメリアが言う。
なんだろうと思ってアメリアのほうを見てみると、彼女は治療院の扉に向かって丁寧に頭を下げていた。
お客さんが来たときに見せる接客モードのアメリアだ。
もしやと思って扉のほうに目を向けてみると、そこにはいつの間にかお客さんと思しき少女が立っていた。
どうやらアメリアは、接客担当としての仕事を全うしていたため、そっぽを向いていたらしい。
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