第52話 「王子様」

 

 金馬の馬車で森を進むことしばらく。

 度々キノコ型の魔物たち――コタンゴの集団に出くわしはしたが、そこはプランの卓越した馬術で難なく回避することができた。

 そんなこんなで順調に森を進む中、道案内を担当しているアメリアが突然馬車から身を乗り出し、森の彼方を睨みつけた。


「いたぞ。あそこだ」


「……?」


 その声に、僕のみならずリックとプランも首を傾げる。

 そしてプランが金馬を止めるのと同時に、全員アメリアの視線の先に目を向けた。

 木々に覆われている森の中で、特に目を引かれる拓けた広場。

 そこだけ明るく照らし出されるように日が差し込み、真ん中には大きな切り株ができている。

 その切り株に、足を組んで腰掛ける人影が一つあり、アメリアの視線はそいつに注がれていた。


「あれは……人なのか?」


 その者は頭が大きな傘のように膨らんでおり、赤色の地肌に白の斑点が特徴になっている。

 一見するとキノコのようにも思える容姿だが、下はしっかりと人の形をしている。

 性別はおそらく男。紳士服の上に赤マントを羽織り、下半身はブカブカのステテコパンツ一丁というなんとも奇抜な格好をしている。

『キノコ人間』……いや、この場合は『キノコ王子』と表現した方が的確だろうか。

 おまけにそいつは綺麗な薔薇を慈しむように、一本のキノコを摘まんでじっとりと見惚れている。

 時折カサの匂いを嗅いでは納得するようにこくこくと頷き、終始笑みを絶やさずキノコを鑑賞していた。


「な、なんだあれは?」


「さ、さあ?」


 思わず僕とアメリアはしかめた顔を見合わせる。

 どこからどう見てもあれは怪しい人物だ。

 おかしな服装もそうだが、何よりあのキノコのようなカサが普通の人間ではないと強く主張している。

 まあほぼ確実に魔族だろうな、あいつ。

 なんて思っていると、不意に隣のリックが震えた声を零し始めた。


「ま、間違いねえよ。あいつだ……」


「えっ?」


「あいつが母ちゃんを魔物に変えた、変な魔族だ」


 リックは怯えるように縮こまりながら、遠方のキノコ人間を見据えている。

 アメリアだけでなく彼女もこう言うのだから、犯人はあそこにいるキノコ王子で間違いないだろう。

 すると奴は、こちらの視線に気が付いたのか、俯けていた顔を僅かに持ち上げた。

 次いで僕たち四人に順番に視線を向けて、やがて切り株から腰を上げる。

 ゆっくりとこちらに近づいてきて、腕を広げて声を掛けてきた。


「おやおや、こんな場所に珍しい。まさか人間がやって来るなんてね」


 近くで見れば見るほど、まさにキノコ人間だった。

 容姿は至って普通の、青年ベースの人型魔族だが、やはり頭の真っ赤なカサに目が行ってしまう。

 カサと頭の間から覗く艶やかな金髪も鮮やかで、これさえなければ僕とは比べ物にならないくらいのイケメン魔族だったのになと思ってしまうくらいだ。

 そのギャップに多少困惑する中、彼はさらに言葉を続けた。


「ここに何の用かな、人間の諸君? もしかして僕ちんと同じように、キノコでも見に来たのかな?」


「……いや、違いますけど」


 わざわざキノコを見るためだけに、こんな森の奥底まで来るわけがない。

 ていうかこいつ、自分のこと『僕ちん』って呼んでんのか。なんかやだな。

 人知れず眉を寄せていると、キノコ王子は三度気取った様子で話を始めた。


「この森はいいよ。とても愛らしいキノコたちが揃っている。見た目だけじゃない、香りだって最高だ。一本一本の顔もまったく違うし、何日いたって飽きることはない。そうは思わないかい、そこの白衣の青年?」


「……いいや別に」


 キノコなんてどれも大差ないだろ。

 てかこいつはいきなり何の話をしてるんだ?

 キノコの先端を僕に向けて同意を求めないでくれ。


「お、おいノン、本当にこの変なのが事件の犯人なのか? 臭いを嗅ぎ当てた私が言うのもなんだが」


「リ、リックが間違いないって言ってんだから、こいつが犯人でいいんじゃないのか? たぶん」


 奴の不思議な言動を見たアメリアが、不安そうに僕に耳打ちをしてきた。

 確かにこんなヘンテコな奴が重大な事件を引き起こしたとは考えにくいけど、今までにも似たようなことが多々あったのでそこまで驚きはしない。

 それにリックが『あいつだ』と言ったのだ。これ以上の言葉はいらないだろう。

 改めて目の前のキノコ王子を敵だと認識した僕は、少しだけ前に出て警戒態勢に入った。

 すると奴はこちらの敵対心がまるで見えないのか、先刻と同じように話を続けた。


「まあ、キノコを鑑賞物ではなく食料として口に入れる人間には、僕ちんの考え方を理解できるはずもない。無理に理解してもらおうとも僕ちんは思ってないからね。それで、キノコを見に来たんじゃないなら、いったい君たちはここに何をしにやってきたのかな?」


「……え~とぉ」


 改めてそう問われて僕は言い淀む。

 なんかやりづらいなこいつ。もっと敵らしい感じを出してほしいんだけど。

 なんて躊躇っていても仕方がないので、僕は単刀直入に本題に切り出した。


「お前、この子のお母さんに変な魔法を使って、キノコ型の魔物に変身させたみたいだな。おまけにあちこちでキノコ型の魔物を大量発生させてるみたいだし、それを全部『元に戻せ』って言いに来たんだよ。ついでに事情も聞きたいって思ってな」


「お母さん?」


 キノコ王子はぱちくりと目を丸くする。

 次いで奴はリックに視線を移し、しばし顔を見つめた後、ハッと声を漏らした。


「あぁ、そういえばそうだったね。君の顔は少しだけ覚えているよ。あの時は驚かしてしまって申し訳なかったね」


「……」


 悪びれている様子だが、どこか真剣みに欠ける謝罪。

 そのせいか、ますますリックはキノコ王子に対する視線を鋭いものにした。

 対して奴はその視線に関心を寄せることはなく、顎に手を当てて独りごちる。


「ふむ、それでその子の母親と、それ以外の全部も元に戻せってことか。確かに人間からしたら見過ごせない案件だろうからね。そうだね。何から話した方がいいか……」


 やがて奴はこくりと一度頷き、僕たちに笑みを向けて言った。


「まず一つ言っておこう。人を魔物に変えたのは、そこにいる少女の母親たった一人だ。他に危害を加えた人間は誰一人としていない。その勘違いだけは訂正させてもらうよ」


「えっ、そうなのか?」


 思わぬ返答に僕は目を丸くする。

 他に危害を加えた人間は誰もいない。

 ならコタンゴにされた人間はリックのお母さん以外に誰もいないってことか?

 それならそれで僕はとても安心できるんだけど。

 僕は人を殺してしまったわけではないということだし、他の冒険者たちも人殺しになっている心配はないってことになるんだから。

 あれっ? でもそれじゃあ、あのキノコの魔物たちはいったいどうやって……?

 という心の声が聞こえたわけでもあるまいが、キノコ王子は余裕綽々に説明を続けた。


「僕ちんが大量に発生させている『コタンゴ』たち。あれは元々、他の種族の”魔物”たちだよ」


「ほ、他の種族の魔物?」


「そこにいる少女の母親と同じように、他の種族の”魔物”にも『変身魔法』――『トランス』を掛けて、コタンゴに変身させているんだ。だから人間を元にコタンゴを生成したのは少女の母親一回だけということだよ」


「……?」


 改めてそう言われて、つい僕は首を傾げる。

 なんでわざわざそんなことをしてるんだ?

 他の種族の魔物を『コタンゴ』に変身させているなんて。

 てかどうしてリックのお母さんにだけその『トランス』とかいう魔法を使ったんだろう?

 という疑念を顔から読み取ったのか、奴は三度説明を重ねた。


「なんでそんなことをしているのか、不思議に思っている顔だね。まあ無理もない。僕ちんの野望を他の誰かに理解してもらおうとは思っていないからね。そもそも僕ちんと君は魔族と人間。元からわかり合えるはずもないのだから」


「は、はぁ……」


 なんだろうなぁ、この喋り方。

 なんか一言多いというか、気取っている感じがする。

 と益体もないことを考えていると、キノコ王子はふっと微笑み、今の話に関係あるのかないのかよくわからない質問をしてきた。


「君、自分の子供を持ちたいって思ったことはないかな?」


「……はっ?」

 

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