第53話 「親心」

 

 あまりに唐突な問いを受けて、僕は口を開けて唖然とする。

 聞き間違い、じゃないよな?

 明らかに奴の口から、今の状況とまったく関係のない問いかけが出てきたぞ。

 思わず返答できずに立ち尽くしていると、キノコ王子は首を傾げながら再び続けた。

 

「あれっ? よく聞こえなかったのかな? 子供だよ子供。人ならその歳くらいになると意識することなんじゃないかな? 異性と交わり、自分の子孫を後世に残したいって思うのはさ」


「……」


 聞き間違いじゃなかった。

 本当に『子供を持ちたいと思ったことはないか』って聞いてきたのか。

 魔族のくせに、なんでいきなりそんなこと聞いてくるんだよ? 答えづらいなぁ。

 先ほどと同じく、じっと黙り込んでいると、キノコ王子は三度尋ねてきた。


「どうなんだい? そのような相手がすでにいて、子供を作る予定でもあるんじゃないのかい? 例えば後ろにいる白髪の少女とか。予定はなくても、君自身がほしいって思ってたりさ」


 なんでか知らないけど妙にぐいぐいと聞いてくる。

 子供を持ちたいかどうかって? そんなのまだ深く考えたこともないんだけど。

 ていうかそんな質問をされたせいで、後ろの女子の視線が気になってしまう。

 ここで変なことを言ったらどう思われてしまうだろうか。

 不安に思った僕は、しばし言い淀み、やがてキノコ王子に言葉を返した。


「……僕そういう話苦手なんで、その部分飛ばしてもらって構いませんよ」


「えっ? いやいやちょっと待って、そこが一番肝心で重要な部分なんだけれども……」


 話を省略するようにお願いすると、奴は初めて動揺を見せた。

 正直飛ばしてもらった方がこちらとしてはありがたいんだが。

 てかそこが一番肝心で重要って、こいつはどんな話をするつもりでいるんだ?

 訝しい目でキノコ王子を見据えていると、やがて奴は冷や汗を滲ませながら言ってきた。


「あっ、わかったわかった。今の質問はなかったことにするよ。確かに無粋な問いかけだったね。大変失礼した。だからそんな目で僕ちんのことを睨まないでくれ」


「いや、別に睨んでるつもりはないんだけど……」


 ただ少し軽蔑してるというか、女子の前で品のない話をするのはいかがなものかと思っただけだ。

 キノコ王子は一泊置くようにごほんと咳払いをし、改まった様子で話を再開した。


「子供の件を聞いたのは他でもない。魔族も人と同じように後世に子孫を残したいって思うんだよ。もちろん僕ちんにもその想いはあるのさ。そしてその本能こそが、今回の件を招いた”原因”さ」


「本能?」


 子供を持ちたいという気持ち。

 魔族にもそれがあること自体に驚きはない。

 しかしその本能が今回の件を招いた原因とはどういうことなのだろう?

 眉を寄せながら首を傾げていると、やがてキノコ王子は遅まきながらの台詞を口にした。


「そういえば申し遅れたね。僕ちんの名前はマッシュ。『マタンゴ』のマッシュだよ。聞いたことないかな? マタンゴという名の高貴で希少な魔族について」


「……いや、初耳だけど」


 勇者パーティー時代でも聞いたことがないな。

 ていうか自分で高貴な魔族とか言ってんじゃねえ。

 心中で密かにツッコミを入れていると、キノコ王子改めマッシュが気取った様子で続けた。


「マタンゴっていうのは、普通の魔族と違って”突然変異”で生まれる魔族なんだ。どのようにして生まれるのか、僕ちんですら真相はわかっていない。そしてそれ以外でマタンゴを誕生させることはできないみたいなんだよ」


「へぇ……」


 突然変異で生まれるねぇ。

 自分がどうやって生まれたかもわからないなんて、正直怖くはならないのだろうか?

 自分の存在が不安定に思えてくるだろうに。

 という質問は胸の内に引っ込めておき、続くマッシュの言葉に耳を傾けた。


「だからね、いくら僕ちんが後世に子孫を残したいって思っても、それはどうしてもできないことなんだよ。僕ちんは子供を持つことができない。ここまではいいかな?」


「あっ、はい」


 急に問われて、僕は軽く頷きを返す。

 僕があまりにテキトーな相槌を打っているだけなので、マッシュは話を聞いているのか不安に思ったのだろうか?

 まあそれはいいとして、マッシュは変わらず話を続けた。


「僕ちんは子供を持つことができない。しかし子供を残したいって本能が頭を揺さぶってくる。だから僕ちんはその方法を探すことにした。その結果として僕ちんは、ある一人の魔族に巡り合ったのさ」


「一人の魔族?」


 あれっ? どっかで似たような話を聞いた気が……


「不思議な魔法をたくさん知っている魔族がいるんだよ。その彼に相談をしたら、ちょうどいいものがあるって一つの魔法を教えてくれたのさ。それこそがそこにいる少女の母親にも使った、『トランス』と呼ばれる『変身魔法』さ」


「――っ!?」


 思わずといった様子でリックは息を呑んだ。

 そして彼女は当時の出来事を思い出すように険しい顔つきになる。

 奴の言う通り、リックのお母さんはトランスという変身魔法を使われたのだろう。

 そしてそれは他の魔物たちにも同様に使用された。


「自分の思い描いた通りの姿に相手を変身させる。それが『トランス』。僕ちんはその魔法を使って『子供コタンゴ』たちを誕生させたのさ。それならば子供を持てないマタンゴの僕ちんにだって、後世に子孫を残すことができる。どうだい? 素晴らしい方法だろ?」


「……え~とぉ」


 そ、そんな方法でいいのだろうか?

 それでちゃんと子孫を残せていると言えるのかな?

 だって他の魔物の姿を自分好みに変えただけだろ?

 まあ本人が満足してるならそれでいいとは思うけど。

 しかし人間の僕たちからすればいいことではない。

 あんな厄介な魔物を大量発生させられている事実に目を瞑るわけにはいかないのだ。


「力説してくれたところ悪いけど、今すぐにそれをやめろマッシュ」


「んっ? どうしてだい?」


「いやどうしてって、そんな方法見過ごせるわけないだろ。他の命を借りて子供を作るなんて。そんなの本当の自分の子供って言えるはずがない。新しい命を生むってのが子供作りの本質なんだから。第一お前が生み出してるあれはお前に似ても似つかないだろ。あんなんでいいのか?」


「……他人の子供を”あんな”呼ばわりとは、君も大概失礼な奴だな。まあそれはいい」


 少し僕の言葉が気に食わなかったのか、マッシュは僅かに眉を寄せる。

 しかしそれ以上の言及はしてこず、こちらの意見に対して返答してきた。


「確かに君の言う通り、他の生命を借りて子供を作ったところで、それが本物と呼べるかは怪しいと思うよ。しかしね、僕ちんにはこれしか方法が取れないんだよ。他の命を借りる以外に子供を持つことはできない。それにコタンゴたちが僕ちんに似てないことに関してもそれなりの努力はしている。だからこそ少女の母親に『トランス』を使ったんじゃないか」


「はっ? どういうことだ?」


 脈絡のない話に思わず素っ頓狂な声が漏れる。

 今の話とリックのお母さんは、いったいどういう風に繋がるのだろう?


「魔物に『トランス』を掛けて子供を生成しようとしても、マタンゴには似つかないコタンゴにしかならなかった。おそらく『変身魔法』にも限界があるんだろうね。魔物を完全な魔族に変えることは不可能だった。だから今度は人間で試してみることにしたんだよ」


「に、人間で?」


「そうさ。魔物では無理でも人間ならあるいは……。その第一被験者がそこにいる少女の母親だった、というわけだよ。理解してもらえたかな?」


「……」


 僕らは揃って黙り込んでしまう。

 マッシュがリックのお母さんを襲ったわけは理解できた。

 魔物に変身魔法を掛けても出来損ないのコタンゴにしかならなかった。

 だから今度は人間で試してみることにして、その実験相手がたまたまリックのお母さんに選ばれてしまったのだろう。

 やりきれない思いで立ち尽くしていると、マッシュが半分悪びれた様子で言った。


「少女には悪いことをしたと思っている。他の魔族に使うという手も考えたんだが、さすがに同族を子供に変えるのは抵抗があったからね。それに結果としては人間と魔物で大きな差はなかったわけだから、そもそもこの『変身魔法』では限界があったというわけだ。物事ってのはどうしても上手くいかないものだね」


 やれやれとかぶりを振るマッシュに、僕は強めに言う。


「なら今すぐにこの子のお母さんを元に戻せよ。コタンゴになったんならもう用はないはずだろ。話を聞く限りじゃその魔法をもう一度使えば元に戻せるだろうし。本当なら今まで変身させたすべての魔物も元に戻してほしいけど、今はそれだけで充分だ」


 一歩だけ譲歩して僕はお願いをする。

 本当なら全部のコタンゴを元に戻してほしい。

 けれどさすがにそれは手間が掛かりそうだし、何よりリックのお母さんを元に戻すことが最優先なので、今はそれだけで充分だ。

 そのように提案を出したはいいものの、マッシュは心なしか我が子を見守る父親のように、優しい眼になって答えた。


「悪いけど、それは聞けない相談だね」


「はっ?」


「一度コタンゴになった僕ちんの子を、また変身魔法で元の姿に戻すのは無理だと言ったんだ。それは自分の子供を殺すことと同義だからね。そんなことを親である僕ちんができるはずもないだろ?」


 だからその願いを聞くことはできない。

 と、奴は堂々と宣言してふっと微笑んだ。

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